act3. 魔導傭兵
act3. 魔導傭兵
立体魔法映像を映し出す。ノワールから送信された地形把握魔法図と照らし合わせ、辿り着いた先にはエダーニアの屋敷があった。
「ちょっと、何で!? 何でドラゴンがうちの上空に侵入出来たんですの!? 結界を突破したんですの!?」
人間であるフィオナは翼を持っておらず、箒に跨って上空を飛行しながら氷の法撃を放つ。
初実戦となったフィオナの氷はドラゴンの足元を凍らせるだけで精一杯で、ドラゴンの法撃は屋敷の屋根を無差別に吹き飛ばしていた。
「どーお? それがドラゴンよ、フィオナ!」
アンジェリカがフィオナの隣に合流する。
地上ではノワールがエダーニアの使用人と共にドラゴンの足止め及び攻撃にあたっていた。
「あ、アンジェリカ!? 何でここに!?ていうか、どうもこうもありませんわー!お家が滅茶苦茶になってしまいますわー!!」
「まぁ落ち着きなさいな。貴女のお父様から依頼が来たのよ。最上級魔導資格保持者へ、暴走ドラゴンの鎮圧任務が」
「魔導資格…… 貴女、既に魔導士だったんですの…!?」
気付くのが遅いわよ、本当に鈍いのね。という悪態は時間の無駄として飲み込み、改めてドラゴンへ飛翔する。
「本当に雌の子供なの?やけにでかいわね」
正面に猛進するなどという愚行はしないにしろ、アンジェリカからの敵意を察知したドラゴンはその長い首で法撃を放つ。
アンジェリカは防壁を張りながら高速飛行し、得意の火炎法撃を数発発動。アンジェリカの炎はドラゴンの甲冑の如き外皮を焦がし、確実に弱らせていたが、仕留めるにはまだ遠い。
「屋敷と住人を吹っ飛ばす訳にはいかないものね……」
アンジェリカは舌打ちしながら、屋敷の上空で大きく旋回する。地上の人間達に向けられつつあったドラゴンの魔法円はアンジェリカに照準を直し、追う様に法撃爆発が発生する。
思えば、アンジェリカは何かを庇いながら戦った事は一度も無かった。
一騎当千のアンジェリカの魔法も、お荷物がある状態では存分に戦闘力を発揮出来ない。
「アンジェリカ! 平気ですの!?」
「愚問よ、フィオナ! 貴女は従者の補助にシールドでも張ってなさいな!」
すれ違いざまにフィオナは如何にも悔しそうといった顔で頷く。この状況ではそれが最善である事は明白だった。
――お父様が依頼したハイエルフの傭兵。
フィオナにはアンジェリカを信じる事しか出来なかった。
「皆の者!持ち堪えなさい!」
フィオナが従者達に防壁を張りつつ、巨大な氷柱を地面から噴出させ、ドラゴンが足を踏み降ろす事を防ぐ。
「フィオナ様、お下がりください!危険で…… きゃあ!?」
メイドがドラゴンの尻尾に吹っ飛ばされる。
しかしその肢体が壁に打ち付けられる事はなく、植物の蔦で編み上げられた檻によって優しく受け止められた。それもフィオナの魔法である。
「ふふん、このフィオナが居なければ、貴女、死んでたかもしれませんわよ?」
フィオナはメイドの檻を消失させながら得意気に胸を張る。
「……中々やるじゃない」
アンジェリカはちらりと地上を見やり、感嘆の声を漏らした。
当のアンジェリカは苦戦していた。周りに護るべきものが無ければ巨大な隕石でも召喚して文字通り潰す事も出来た。しかし、少しでも規模の大きな炎を発生させれば屋敷の火事に繋がる。それは避けなければならない。
今の所、屋敷の被害は屋根が削れたり庭が荒れたり、そこかしこが凍り付いていただけだ。
「……厄介ね」
そこへ、アンジェリカが最も忌み嫌う声が降って湧いた。
「やぁ、楽しんでるかな?姉さん」
「――ジャック!!」
ハイエルフの特徴である両翼を頭部ではためかせ、燕尾服の少女は三又の槍に横座りに腰を落とし飛行していた。彼女の翼は蝙蝠のそれと似た形で、翼だけでも飛行は可能だが武器を箒に見立てるのは彼女の変わった癖だった。
「最悪よ。全部貴女のせいでね」
「それはそれは、嬉しいなぁ!」
16歳であるジャックが歳下のアンジェリカを姉さんと呼ぶのは嫌味を込めての事である。つくづく二人は犬猿の仲であった。
「情報屋としてここはひとつ、姉さんに助言を与えてあげるよ」
「要らないわ」
その後要求されるであろうコストと生理的嫌悪感を考え、アンジェリカは言い放つ。しかし、ジャックの芝居掛かった語りは止まらない。
「まぁまぁ。このドラゴンは僕が強制急速成長させた。データベースと現実の違いはそこだ。そして、まだこのドラゴンは僕の支配下だ。」
「相変わらず非道な事をするわね」
アンジェリカは法撃爆発を避けながらジャックと並走する。その間にもドラゴンの口へ狙いを定め火炎弾を撃ち放つ。
ドラゴンの魔法円は口から吐き出される様に形成される。溶接させでもすれば、魔法円が吐き出される事は無くなるとの見立てだ。非道さではアンジェリカも劣ってはいないが、自分の思考は棚に上げるのが流儀だ。
「僕からのヒントはここまでさ。さぁさぁ、僕の玩具で楽しんでくれたまえよ!…… まぁ、姉さんも僕の玩具の一部だけどねぇ。くっくっく…… 哀れだねぇ!」
それはジャックの口癖。幾度と無く聞いた天敵の嘲笑を聞き、眉間に皺を寄せながら、アンジェリカはジャックを追い抜く。
「……良いわ。たまには貴女の手の平で踊ったげる。曲目は私好みのワルツが良いわね!」
叫び返し、上空からドラゴンの正面に回り込む。
ドラゴンが配下にされていると言うなら、何処かに呪縛を示す魔法円が刻まれている筈だ。ならば、戦略を修正。浄化する。
「…… あった」
ドラゴンの多数の角の中でも最も大きな右角に小さな紋が見えた。
「悪く思わないでよね!」
アンジェリカは人差し指で頭上を指し示す。その場に巨大な魔法円が浮かび上がり、雷撃で形成された無数の槍がその矛先を覗かせた。
人差し指を振り下ろす。無数の槍は一点――右角を目掛けて集中的に降り注ぐ。捕縛紋に命中。角ごと砕け散る。
さらに、ドラゴンの巻いた氷がアンジェリカの火炎によって溶け始めていた事も相俟って、雷の槍が突き刺さる頭からドラゴンの全身が感電し痙攣する。
感電の瞬間、地上のノワールは見慣れたアンジェリカの法撃を察し、フィオナと使用人達に防壁を張っていた。
ドラゴンの悲痛な咆哮と、その巨躯が倒れる轟音。
煙を上げて倒れた瞬間呪縛の解けたドラゴンは、元の幼い姿へ戻っていった。
「ふん、一昨日来やがれってのよ」
「アンジェリカー!やりましたわね!私が見込んだだけの事はありましてよ!」
「貴女のお父様でしょうが」
地上に降り立つなり、フィオナが駆け寄って抱きついてきた。昨日とは打って変わった心の開き様だ。
アンジェリカが身を強張らせていると、フィオナが我に帰り飛び退く。こほんと咳払いして、メイドに片付けの指示を出す。
「リカ様、このドラゴン、どうしますか?」
ノワールが軽く屈み、ドラゴンを見下ろす。
「そんなもん勿論腐れ南瓜に…… って居ないし」
「彼女は先程魔界の裂け目へ帰りましたわ」
「巣に戻ったなら二度と来るな!来世まで絶滅しておきなさい!塩でも撒きたいところだけど…… そうね、ねぇ」
アンジェリカがドラゴンの額に軽く触れると、ドラゴンは弱々しく視線だけでアンジェリカを追った。
「貴女、うちのペットになってみる?半分操られていたとはいえ、反乱起こした時点でどの道、巣には帰れないでしょう?」
右角の折れたドラゴンは力なく鳴いた。
「……了承ととるわよ。まずは治療ね。任せなさい、うちには治癒特化の魔法使いが居るわ」
ドラゴンが立ち上がる。その全長はとても小柄で、アンジェリカ二人分程であった。
「名前はそうね…… アピティ」
ドラゴンは忠誠を誓う様にアンジェリカへ頭を垂れた。
お読み頂き大変有難く存じます。
今回は戦闘シーンとなりました。書いていて楽しかったです笑
次回もお読み頂ければ幸いです。