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レヴィアタンの魔天使  作者: 姫野いつき
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act2. 来客と悪事

act2. 来客と悪事



 ――やあやあ、初めまして。

 君が噂の人猫の化け物だね。噂の通り顔面すら形容出来ない肉塊のようだ。

 おや、僕に抵抗する力も残ってないかい。

 なら…ねぇ、僕に飼われなよ。

 僕は駒になってくれる弱者を探していたんだ。




「はぁ、とんだ一日だったわ」

「お帰りなさいませ、リカ様」

 アンジェリカが幼い頃から付き従って来た古株のメイド、ノワールに鞄を預けソファーに沈み込む。ノワールは切り揃えた長い黒髪を後頭部でひとつに結い上げ、ワービースト族の特徴である獣の耳と尻尾が覗いている。


 ノワールは狼の血族である。その勇ましい戦闘力でアンジェリカを反魔術勢力から守ってきた。しかし一度だけ科学に屈した事がある為、ノワールは戦闘補助としていくつかのヒューマノイドも製造した。


 この世界でヒューマノイドを動かすには、メカニックの知識、そして少量の魔力が動力となる。

化学だけでは世界を把握できず、魔法だけでも世界を掌握する事はできない。



 反魔術勢力とは、化学だけを是とし、魔術を手品、もしくは悪魔崇拝の延長だと主張する人々の事だ。

 しかし悪魔崇拝もこの世界では悪ではない。悪魔は現に魔族の頂点に君臨して実在しているし、魔女は悪魔とコンタクトを取る事もある。その強大な力に畏敬を抱くのも不思議ではない。



「忙しかったんですの?本日はご行事も無かった筈ですのに」

「いつも通り、途中までは退屈だったわ」

 事の成り行きを愚痴の様に零しながらアンジェリカがいつもの普段着へと着替える。それは黒を基調とし、白のフリルやレースがあしらわれたワンピース。年齢の割に発育の良い胸元は大きく開いているが、白地のギャザーに覆われ露出は少ない。ノワールの手によって腰にも大きなリボンが結ばれる。

「まぁ、リカ様にお友達が?大変、お赤飯を炊かなくては!」

「ちょっと、やめてよノワ。そんなんじゃないのよ。全部只の暇潰しよ」

「リカ様がそうお思いでも、フィオナさんはもう既にリカ様に絶対の信頼を寄せているかもしれませんよ」

「ないない。対抗心で私に近付いてきただけよ」

 アンジェマキナ―― ノワールが作った第1号のヒューマノイドがアンジェリカの好物であるチョコレートケーキと紅茶を運んで来る。


 現在アンジェリカが住んでいるのは庭に噴水のそびえる絢爛豪華な屋敷……ではない。

 アンジェリカの魔導士としての稼ぎによってやっと得た小さな屋敷である。



 ――レヴィアタン魔導傭兵事務所。

 アンジェリカが設立したばかりの、所謂何でも屋である。


 レヴィアタンとは聖書に記述された、最強の幻獣である。

 魔導界では未だその姿を見た者は存在しないが、真に魔法を極めた者の前にのみ姿を現すと言い伝えられている。

 魔導士の召喚魔術は、幻獣や精霊を使役し、自分を補助させる事が核である。レヴィアタンの召喚に成功した者は、世界最強の魔導士であると言えよう。

 アンジェリカは、いつかレヴィアタンを召喚してみせると豪語していた。そんな由来で、この事務所の名前が決定されたのだった。


 実はアンジェリカの通学も、キルケからの依頼という形で請け負ったのだ。

 彼女はアンジェリカの天才故の退屈と、生徒達の繰り返す毎日の退屈へ良い刺激になると言っていた。

 結果はこの通り、良くも悪くも日常に変化をもたらした。


 紅茶の芳醇な香りが鼻腔に届き、アンジェリカは満足そうに魔導書を広げてそれを受け取る。

「リカ様は本当に勤勉ですね」

「足りないのよ、この程度の知識じゃ。マーリンには届かない。」

「神を越えるおつもりですか?」

「うんにゃ、馬鹿馬鹿しい。神に喧嘩なんて売らないわよ。私は最強の魔導士になるの。まずは、モルガナ先生を越えてみせるわ」

 最大規模の魔導学院の校長の名を軽々と出すアンジェリカに、しかし達成しかねないとノワールは頷いた。



 すると突然、玄関の呼び鈴の澄んだ音色が響き渡った。

「誰かしら」

 アンジェリカが傍らに置かれた水晶に軽く手を翳すと、玄関前に佇む人影が浮かび上がる。

「アッ、マリマリちゃんデス」

「マリーベルマリス?あの腐れ南瓜の下っ端が何故?まぁ良いわ、通したげて頂戴」

 マキナがリカに一礼し、ぱたぱたと小走りに玄関へ向かう。



「マリーは警告しに来たの……」

 応接室に入るなり、マリーベルマリスは椅子にも座らず呟いた。

「警告?」

「明日…… エダーニア家が襲われる。ドラゴンが暴走するの…… マスターのせいで」

「はぁ?ジャックが?」

 アンジェリカには余りにも予想外であった。ドラゴンを暴走させようと企むマスターと、その敵に塩を送りに来た愛玩用ドールロイド。

「貴女が私にわざわざ犯行声明を送って、あいつの利益は何なの?」

「これは、マリーの独断による行動よ……」

 マリーベルマリスは鬱々としたいつもの調子で伏し目がちに続ける。

「マリーね…… 死体が好きなの…… 貴女達が明日ドラゴンに負ければ、貴女達を切り刻むのはマリーの役目…… マリーにそのパーツ、頂戴な……」


 マリーベルマリスはネクロフィリア、死体愛好家であった。ジャックのせいで植え付けられた嗜好ではあるが、マリー自身は満更でも無かったようだ。


 マリーはこの場の面子を死体に変換して想像しているのだろう。やがて表情は恍惚とし、頬に片手が添えられる。


「悪趣味ね…… 緊急任務の予告をどうも。生憎、私は勝利を譲らないわよ」

 アンジェリカが椅子から立ち上がる。

「そう…… マリー、楽しみにしてる……」

 マリーベルマリスがドールらしいフリルの豪華なドレスの裾を摘み一礼する。部屋の扉を開け、案内役のマキナが後に続く。



「ジャックさんの突拍子も無い奇行は昔から相変わらずですけど…… 何故エダーニア家に狙いを絞ったのでしょう?」

「ジャック…… あの腐れ南瓜、未だに情報屋を続けているのね」

「リカ様の学園生活まで監視を?」

「あいつを誰だと思ってるの? その辺の蝙蝠はあいつの使い魔と考えて良いわ」

 アンジェリカは目線で窓を追う。そこには言った通りに、蝙蝠が飛び立つ姿があった。

「でも、ドラゴンね…… 気になるわ。適正エレメントまで情報を置いていけば良いのに」

「あくまでマリーさんの目的は死体収集なのでしょう」

「どいつもこいつも……」

 アンジェリカは未だ手をつけていなかったケーキに手を伸ばし、溜息をついた。




 翌朝。アンジェリカは早朝から学院の図書室に赴いた。

「ふぁーあ…… おや、アンジェリカ。こんなこっ早くから調べ物かい?」

「キルケ師匠」

 欠伸を隠しもせず現れたのは大魔女キルケ。

 寝惚け眼を擦り、何ともだらしなく着崩れした本来はマーメイドラインであろうドレス姿で窓枠に寄りかかる。三角帽の広い鍔が押し潰されるが、それも気にしていないようだ。

「こら、学院内では先生とお呼び」

「失礼…… で、先生、質問の答えはイエスよ。ドラゴンの適正エレメントを復習しているの」

「ドラゴンの?また何で」

「今日、戦闘予定だからよ」

 アンジェリカが調べ物を終えたというように、ぱたりと魔導書を閉じる。

 最上段から拝借したのか、小柄なアンジェリカは魔法で背中に小さな翼を顕現させ、軽く飛び立ち魔導書を戻した。



 ――悪魔と魔女が交わると、稀に高い魔力を備えた子供が生まれる事がある。それらはエルフの中でもハイエルフと呼ばれ、証拠として体のどこかに翼がある。

 アンジェリカもハイエルフに属する。普段は邪魔だからと魔法で隠しているが、アンジェリカは翼を背中に顕現させて生まれた。

 しかし、アンジェリカは悪魔の魔力が僅かに優ったため、片翼ずつ白と黒に染まっていた。

 アンジェリカはこのアシンメトリーな翼がコンプレックスであると感じている。完璧なハイエルフではない、と……。



「ははぁ、さてはジャックちゃんがまーた何かやらかしたんだね?」

「御名答よ、先生。襲撃先はエダーニア。財産目的か、私の顔が見たいか、どちらかでしょうね」

 キルケが即座に窓枠から体を起こし、驚愕する。

「エダーニア!? アンタ昨日友達になったばかりだろう。守っておやり」

「友達って言うか…… まぁ、良いわ。元よりそのつもりよ。……あら?」

 図書室の上空を揺蕩うアンジェリカが、本の陰に隠れた何かを見つけた。



「キルケ先生、この人形は?」

 それは今時珍しい、機械機構も人知能も入っていない、只の球体関節人形だった。

 金色の髪に翡翠色の硝子の瞳を持つ、少年型の人形。しかし最早濃厚に濁った埃や蜘蛛の巣を被り、長年放置されていた事が想像に容易い。

「ああ、その子はこの学院が出来た頃に飾っていた只の置物さ。その子が皆の前に居た頃はヒューマノイドだのドールロイドだのは出回ってなかったからねぇ。昔は綺麗綺麗ーってちやほやされてたのに、今じゃスペースを埋める為に棚に詰め込まれてるだけだよ」

 可哀想にねぇ…… と腕を組み、窓枠に寄りかかり直す。

「ふぅん……アンティークドールなんて久々に見たわ。こんなに綺麗なのにね」

 アンジェリカは人形にふっと息を吹きかける。

 それは魔法で、人形に掛かっていた蜘蛛の巣も埃も儚い光の粒子に変換され、全てが消失した。

 小さな人形を抱きながら降り立つと、アンジェリカは翼を畳みながらそれを窓枠に座らせた。

「ここに居たら、また誰かに見てもらえるでしょ。人形が居場所を失うのは悲しい事だもの」

「そうだねぇ……」

 キルケは人形を見やり、微笑む。この不思議な人形との出会いを、アンジェリカは忘れないだろう。




「リカ様!」

 突如、アンジェリカが制服のポケットにしまっていた魔導通信受信機を通じ、ノワールの切迫した声が届く。

「ドラゴン、現れましたわ!雌の子供のようです!属性は、氷!」

「成る程、フィオナの氷の魔力に影響されたのね」


 アンジェリカは図書室の窓を開けると、再び背中に大翼を顕現させた。

 翼の大きさは魔法で自在に操る事が出来、その大きさで飛行速度も変わる。

「ごめんあそばせ、先生。今日の午前授業、フケるわ」

「あー、はいはい。行ってらっしゃい。午後からはフィオナちゃんも連れといで」


 ひらひらと手を振るキルケに苦笑し、アンジェリカは大空へ飛び立った。

お読み頂き大変有難く存じます。

次からはアンジェリカとドラゴンの戦闘が始まります。フィオナも大暴れ…?また、今回登場した意味深な人形は…?

次回もお読み頂ければ幸甚に存じます。

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