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レヴィアタンの魔天使  作者: 姫野いつき
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act24. 揺らがない決心

 act24. 揺らがない決心




 キルケ・アルスマグナは300年以上生きた中で、最もの驚愕に目を見開いた。

「あのぅ、誰か居ませんか」

 ここ数十年まともに門を叩くのは郵便屋くらいなものを、幼過ぎる声が訪れた。

 怪訝に思い、軋む玄関扉を開いてみると、そこには血塗れの少女が立っていたのだ。



 キルケは魔導界に名を馳せた大魔女だった。

 20歳でモルガナと共に当時最高偏差値を誇っていたアラディア魔導学園を卒業後、その高い魔導適応力と精密な魔術組成式で、魔導士の中でも群を抜いた戦闘力を誇っていた。

 同期のモルガナは占いや事象の確率を操作する数式魔術に強かった。戦場には赴かなかったものの、アラディア魔導学園を超える一貫教育制度の学院を単独で立ち上げてみせた。

 今思えば、この頃から魔導士の需要が高まり始めたようだった。

 キルケは戯れ遊ぶ様に華麗に敵を殲滅し、富と名誉を思いの儘に手に入れた。しかし300年もの間勇者として生きると、崇められる声にも倦怠感を覚える。

 また、知名度と流行というものは雪の様に儚い。一過性の頼りない名誉は徐々に衰退していく。

 高い魔術適応力を持つ魔導士が次々と名を挙げてくる中、キルケは若者にバトンを渡す様にそっと前線から去っていた。

 それからは、森の深くに小さな家を建て、飼い猫のアルシェを相手にタロットカードを捲ったり、ハーブを育てたり、穏やかに過ごしていた。

 血の流れない毎日というものも良いものだ、と思い始めたその矢先。

 あまりに突拍子も無い来訪に、キルケは久々に生の感覚を思い出した程だった。


 大魔女とはその身に余る魔力を備えている為、魔力が尽きて無に還るまでの時間——つまり生命力が比例して長くなった魔導士を指す。

 原因は未だ不明だが、その傾向は魔導士の中でも女性に発生する事が大半だった為、いつしか百年以上生きた女魔導士を大魔女と呼ぶ様になったのだ。

 因みに、大魔女でなくとも魔力適正が高い事に自覚を持てないまま数百年の生を重ねている人民は、魔導界では少なからず存在する。


 少女はアンジェリカ・ヴァレンタインと名乗った。片顔に大きく裂傷があるようで、出血の跡が赤黒く皮膚や衣服に張り付いていた。

 しかし、同時に驚いたのは、少女の手には短杖(ワンド)が握られ、初級の治癒魔法を自分に発動していた事だった。

 しかし宝玉も携わっていない初心者向けの木彫りの短杖で発動できる魔法では限界があり、傷は完治した訳ではなく、感染症にも掛かっている酷い有様だった。

 キルケは一先ず少女を家に入れ、ソファに座らせた。本棚の前へ急ぐ。物体干渉魔法で古びた魔導書を数冊同時に開き、管轄外であった治癒魔法を調べる。

 間も無くして情報を得た彼女は、立て掛けてあった宝玉付きの長杖を引っ掴み、慌てて少女の前で治癒魔法円を三つ同時に出現させた。それは精霊召喚式の魔法。時間操作に長けた精霊が三体現れる。


 魔法とは、詠唱または宝玉などの媒体に加え、魔法円による組成式によって操作、あるいは指示する。

 特に精霊が関与する魔法では制御が難しい。正直キルケには己の治療が成功するかは分からなかった。


 慌ててアンジェリカの傷口へ精霊を導こうとしたキルケを、彼女はまた驚かせた。

「お力添え、ありがとうございます」

 治療をそのまま受ける訳でなく、少女はキルケが持つ長杖をそっと受け取り、魔法円を引き継いで精霊の制御を始めたのだ。

 そして、幼き少女が紡いでいく組成式は正確だった。細胞が再構築され、傷が塞がっていく。しかし、片目は閉ざされたままだった。

「えっと…… もう良いのかい?アンタの魔法じゃ片目まで治せそうじゃないか」

「これは—— 魔導義眼に替えたいと思います。その方が応用して魔力も貯蓄出来る。良い機会だったんです」


 魔導義眼は本来の科学で義眼として視力補佐の働きを備えつつ、魔力を行使する事が可能である。

 例えば地図を眼前に出現させ、道から時空までを捻じ曲げながら歩く事も可能になるといった具合だ。仮に歪められた道や時空は魔法使いが通り過ぎ、魔術干渉が終了すれば元に戻る。

 これは勿論法撃にも転用できる。アンジェリカはそれを見据えているようだった。


 この知識量と技術。この少女は、只者では無い。キルケにはそれが知らしめられた。

「アンタ、若い子によくある家出とは訳が違うようだね?何があったんだい。安心しな、アタシは怪しいもんじゃない。ちょっとした大魔女のキルケってもんだ」

「大魔女……!」

 少女の顔がぱっと明るくなった。

「大魔女なら、あの、マリアという大魔女を知りませんか?…… 私のお母様なの。居なくなって、しまって……」

 少女は落ち着かない様子で両手を弄ぶ。

「名前なら聞いたことがあるね」

 記憶を手繰り寄せる。確か、実績では自分やモルガナと並ぶ大手の大魔女だった。

「何処にいるか、ご存知ありませんか!?」

 興奮した少女が身を乗り出す。

「悪いが、そこまでは知らんねぇ。アタシは数百年前に前線から身を引いたんだ」

 気の毒だが、キルケは正直に否定した。

「そう、ですか……」

 アンジェリカは治癒魔法を完了させ、精霊の追儺、つまり還元まで終わらせた。それだけでこの歳では大いに褒められる事だ。キルケはただ驚かされていた。

「私は、家を襲われたんです」


 やがて己の経緯を語り終えると、アンジェリカはキルケに頼み込んだ。

「私を弟子にしてくれませんか?」

「悪いが、弟子はとらない主義なんだ」

 即刻断られ、右目を閉ざした少女が俯く。

「——普段はね」

 付け足された一声に、アンジェリカが片目を上げる。

「アンタ、面白いから。アタシが育ててやるよ」

 こうして二人の生活が始まった。キルケはアンジェリカの育ての親とも言える存在となった。


 アンジェリカの魔導適性はそれはもう、稀に見る好成績だった。

 初級として火を出現させる—— 料理にも使えるような魔法を教えようとしたところ、それは既に母親の教えで習得済みだと言って、代わりに中級の小さな炎竜を出現させて見せた。

 ついでに、出会った時に握っていた短杖も母親が作成したものだという。

 アンジェリカはこの短杖を最も大切な宝物として、並行する時空の層—— エーテル次元に保管し、いつでも取り出せる状態に携帯している。魔導士は愛用の魔導書や杖をエーテルに携帯する事が多い。


 大魔女の娘とはこれ程の実力を携えているのか?否、彼女はそれ以上に魔法への潜在能力があるのだろう。

 数週間後には、実戦で使えるレベルの炎弾を放てるまでに成長していた。

 試験的にキルケの魔法によって再現した魔法氷竜と戦わせてみると、炎の法撃だけで易々と討伐してみせた。

 しかし、アンジェリカにはひとつ弱点があった。

 それはハイエルフの特徴でもある、体力の無さ。

 また、アンジェリカは同年代の中でも特に小柄だった為、肉弾戦への耐性は低かった。

 肉弾戦を得意としないのは魔法だけを選別して学び続けてきたキルケも同じ。

 この弱点だけは補えなかった。


 そして、キルケが思いついた措置は、アンジェリカの魔導義眼へ、普段なら脳神経を焼き切りかねない領域の魔術演算のリミッターを瞬間的に全開放する組成式を組み込む事だった。

 非常に危険な提案だったが、アンジェリカは喜んだ。

 この少女は生き急いでいる。そんな印象さえ受けた。

「私は最強の法撃使い—— 魔導士になりたい。その果てに、この体が燃え尽きて灰が風になっても。私がこの世界に残せる爪痕は全て遺したいの。それが私である証。私が生きた証。」

 そう語ったあどけなさの残る横顔は、確かに凛とした意思を感じさせた。

 生き急いでいる、確かにその通りかもしれないが、彼女はこの歳で—— 否、若いからこそ生きる指標を見失わない強さを持っているのだ。



 ひとつだけ、キルケが本人と共に懸念していたのは、アンジェリカのアシンメトリーな片翼。

 それはハイエルフの突然変異、あるいは不治の病という訳ではなさそうだった。負の枷として黒い翼が有るなら、魔力適正は低くなる筈だ。

 それ故にキルケは日を重ねる毎にアンジェリカの将来を親の様に楽しみにしていた。

 この少女はその黒と白の翼で自分の幾百年の色褪せた日常を塗り替えてくれる。そんな可能性を確信していた。




 ——アンジェリカの父親が堕天使?

 追憶から意識を引き戻す。

 アンジェリカの祖母から語られた衝撃の真実に、しかし、キルケはひとり納得していた。

お読み頂き大変有難く存じます。

今回はキルケの回顧録も含めてみました。

次回もお付き合い頂ければ幸いです。

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