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レヴィアタンの魔天使  作者: 姫野いつき
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act23. 片翼

 act23. 片翼




「あたしが誰だか分かるか?」

 アンジェリカは呆気に取られた様にその人物を見つめる。

 キルケが描いた召喚魔法円から現れたのは、自分とよく似た顔の女性だった。

 その女は桜色の長髪を横に流し、額には宝玉を飾った鎖が垂れ下がっていた。瞳はヴァレンタイン姉弟と同じく紫水晶。種族はエルフらしいが、尖った耳が短い為魔力適正は然程高くない事が窺える。そして、その存在が冥界の者である事を示す様に、白いドレスから覗く足元は透けていた。

「紹介しようかね、この人は……」

 キルケの言葉を遮り、エルフの女が親指で自らを指し示す。

「あたしがお前さん達、アンジェリカとアシュリエルの婆ちゃんだよ!」

「お祖母様!?」「お婆ちゃん!?」

 ヴァレンタイン姉弟の声が重なる。

 確か、祖母は生まれた時に生きていたかどうだったか……。あの事件が起こり、物心ついた頃には既に亡くなっていた筈だった。

 通常死者は冥界へ魂を昇華させる。ならば冥界へ通じる魔法円だった事にも合点が行く。

「ああ、そうさ。で?二人共。元気にしてたかい?」

 霊体——アストラル体との接触が安易なこの多層宇宙では、死者と生者の隔たりを見失いそうになる。女は旧友と久方振りに会ったかの様な気軽さで手を振った。


 アンジェリカの脳内には多数の疑問が浮かび上がる。

 その肉体は何故若いの?——それは、若年化として時間逆行魔法を自分にかけているのだろう。

 冥界へ行った死者が召喚魔法なんかで気軽に現世に降りて来て許されるの?そもそも可能なの?


 いや、違う。

 今最も聞きたい事は——

「お、お母様は!」

 アンジェリカの口からは思考より早く言葉が疾駆していた。

「お母様は冥界に居るの!?」

 姉弟が縋る様な眼差しで女を凝視する。

 死んだなんて信じない。でも、もう魔導界には居ない。

 少なくとも、ノワールから聞かされていたのは、消息不明という情報。己で掴んだのは、魔導界ではもう母親——マリアの魔力を察知出来ないという事。アシュリエルも同じ様に精霊界で捜索を試みたが、結果は同じだったと言う。

 姉弟が祈る様に女の回答を待つが、女は困った様に眉尻を下げて首を振るだけだった。


「お前達、冥界がどれ程広いと思ってんのよ。ハイエルフでも魔導士でもないあたしが文字通り腐る程居る死者の中から一人を探し出すなんて無理、無理」

 アンジェリカは露骨に肩を落とした。もし死んでいるならばの話だが、見えかけた希望の光が潰えたのだ。

 だが、前向きに捉える事もできる。それは、何処かの宇宙階層での生存の確率。

「仮に、彼女—— ガブリエラさんが魔導士だったとしても、アンタのお母さんを探す為に魔法は使えない。冥界では死者が魔力を使う事が不可能だからね。生き返りの魔術でも覚えられたら冥王様が困っちまう。……それをやっちまったのが今アタシらを困らせてる魔神だがね」

 キルケの補足に、祖母ガブリエラは頷いた。

「そういう事。いやー、大魔女さんから召喚されて助かったよ。やっと若い姿で日を拝める。このくらいの歳が一番お気に入りだったんだ。なかなか綺麗だろう、あたし」

 快活に笑い飛ばすガブリエラを横目に、もう一つの質問を師匠へ投げ掛けた。

「死者の召喚は犯罪じゃないの?」

 そう、死者を現世に呼び戻す行為はネクロマンスと呼ばれ、術者はネクロマンサーという犯罪者の名義で呼ばれる筈だった。

「それがね、冥王様から直々に現世へ降りる許可が下ったんだってさ」

「魔導士でもないあたしが何でかは知らないけど……まぁ、お前達の成長した姿が見れて良かったよ。マリアにも見せてやりたかった」

 アンジェリカは目を逸らした。血縁もあって、ガブリエラにマリアが重なって見えてしまう。


 アシュリエルがアンジェリカの袖を掴み、寄り添う。弟は何も言わず俯いている。鼻をすする音だけが微かに聞こえた。



 母親が居ないということ。寂しい、悲しい、どうして。

 この幼い兄弟は果てない寂寞を抱えて成長してきた。寂しい、という心だけが成長出来ずに、足元の影と共に引き摺られる。


 寂しさや不安とは人を殺す最大の凶器だと思う。

 ノワールから事実を知った時は、完全に悲しみに手足を縛られて、一歩も動く事が出来なくなった。

 そして、負の感情は連鎖する。

 アンジェリカは激昂したジャックに顔の右半分を殴られ、凶器となった鋏によって右の眼球が破裂した。

 今では魔導義眼で視力を補っているが、プライドの高いアンジェリカは顔の裂傷を戦闘で負った傷だと勘違いされたくない為に、前髪で隠していた。


 アンジェリカはキルケに弟子入りした後も群を抜いた戦闘力で任務をこなすことで気を紛らわせてきた。

 民間で暴走した魔族の殲滅から、皇族、政治家の護衛まで。正義の定義が錯乱しつつも魔導士の需要が高い魔導界で、アンジェリカの戦績は突出していた。

 幼き天才は生き急いでいたのだ。動きを止めたら、己の背後で大口を広げて待つ寂しさと静寂に飲み込まれてしまいそうだった。


 街を歩けば、手を繋いで笑い合う母子に正直な羨望を覚えた。同時に嫉妬が誤った憎悪に変わりそうで、アンジェリカは必死に目を逸らし続けてきた。

 きっと何処かに母親は居る。こうして戦績と名誉を積み重ねていけば、きっと彼女の目にも止まる。

 そんな淡い希望だけを頼りに、体は気高く敵を蹴散らし前を向きつつも、幼い心は一歩遅れてついてきた。必死に地面を這って、その爪が剥がれようと、胸が血に染まろうと、張り裂けそうな心は前に進んだ。

 崩れそうな心は、唯一で絶対的な才能という鎧を纏ってここに居た。



 アシュリエルは事件のショックもあってか、幼き日の記憶を鮮明には思い出せないという。瀕死のノワールに守られ、反魔術派の一群が『ヴァレンタイン一家を滅ぼした』と判断した時には、既にマリアの姿は無かったそうだ。

 死体を持ち帰り見世物にでもしたのか?その謎は誰にも分からない。

 アンジェリカは勿論アシュリエルらを責める事などなかった。

 ただ、一言、理解を示した彼女の横顔は、あどけなさと諦観と達観が混じった様な複雑なものだったとノワールは思い返す。



「それで、アンジェリカの翼に潜在する魔力の話だったね。良いよ、話そうか」

 アンジェリカは我に返って目線を戻し、ガブリエラを見上げた。

「お前達ハイエルフは魔女と悪魔の間に生まれる、高い魔力適正を約束された稀な種族、だとは知っているね?」

 一同が頷く。アンジェリカはコンプレックスである黒い片翼を憂いながら、女の次の言葉を待つ。


「アンジェリカ、お前の父親アザゼルは、厳密には悪魔ではない。堕天使なんだよ」

お読み頂き大変有難く存じます。

暗い展開が続いていましたが、今回は次回が楽しみになるような書き方が出来たかなと思っています。

次回もお付き合い頂ければ幸いです。

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