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レヴィアタンの魔天使  作者: 姫野いつき
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act15. 悲劇の摩擦

 act15. 悲劇の摩擦



 ハイエルフとはそもそも、通常のエルフよりも高い魔力を潜在的に授かっている。

 ジャックの妹ノエルが高い魔力を有している事は、必然ではあった。

 しかし、その格が違った。

 生前は魔力へ触れられず、それに目覚めていなかった為、無念にも死を経験した。

 ノエルは、死によって才能を開花させたのだ。


 通常、魔力適正のある者が死んだ時には、魂は死神の導きにより冥界へ、全ての魔力は精霊によって精霊界へと還る。

 しかしノエルの深い悲しみと愛が、死神と精霊を屠り、エーテルの檻にヒビを入れたのだ。


 ジャックは確信していた。

 勝利は我が手の内にある—— ノエルが、僕を愛する限り。


 ジャックとノエルが、荘厳な廃墟の教会の中心で、指を絡ませる。

「さぁ、行こうか——」

 その声は、魔導界へ昇華していった。





「アンジェリカ!勝負ですわ〜!今日は負けませんことよ!」

「やめておくわ、疲れてるの」

「またそう言って!何度お預けを食らわせるつもりですの!?」

「犬のようね、貴女」

 いつもと変わらないやり取り。

 アンジェリカはフィオナの綺麗な額を人差し指で小突いた。

 フィオナが喚くと、周りの生徒達の好奇の目線が集まる。またあの日のような決闘が見れるのか?という期待の篭った眼差しの様だが、生憎、もう決闘ごっこに使える余分な魔力は無い。


 魔力は無限ではない。

 魔力は精霊から継続的に供給されるものではあるが、その精霊もこれから減るかもしれないと言うなら、魔力は温存しておくに限る。


「アンジェリカ、何かあったんだね?」

「……え」

 こちらを見透かす翡翠の瞳が眼前に迫っていた。

「僕に協力出来る事なら、話してよ。力になりたいんだ」

「……いいえ。貴方じゃ無理よ」

 アンジェリカは先の質問を否定はしなかった。そういう事なのだろうと、フィオナとティファレトは顔を見合わせた。

「なら……せめて、護らせてほしい」

 ティファレトは卓上で揃えられたアンジェリカの手の甲に、自らの手を重ねた。

「……それも無理ね、貴方達じゃ及ばないわ」

 ぽつりと呟いたアンジェリカに、ティファレトは寂しげに眼差しを伏せる。長い睫毛から美しい頬に影が落ちた。



 その時だった。

『緊急警報!強力な魔術干渉が学院結界を突破!』

 けたたましいサイレンの音と、校内放送。

 各教室の放送音声出力装置が一斉に魔法円を描き、只事ではない切迫した声を室内に叩き付ける。

 アンジェリカは即座に愛用の長杖(ロッド)を召喚。3階の窓から飛び降り、翼を広げ着地。中庭に出る。

「フィオナは下がってなさい!」

「何ですって!?一体何が……」

 窓から見下ろすフィオナを遮る様に、地面に巨大な魔法円が浮かび上がり、轟く呻き声を上げながら魔族共が魔導界の地を踏みしめた。


 不覚だった。

 魔導界に人間が迷い込むのは、魔力適正のある者のみ。魔力適正のある者なら、この学園に集まるとジャックにも読めていたのだ。

 魔術戦闘経験のある生徒や教師が窓から飛び出す。各々の能力で着地し、アンジェリカを中心に並び魔物共を見据えた。



 毛皮のストールを巻き、マーメイドラインのドレスに三角帽、一本に纏めたシルバーグリーンの長い三つ編みに琥珀の瞳。

 大魔女キルケ・アルスマグナはその白く染色した長い爪を噛み、舌打ちした。中庭へ歩を進める。

 大魔女として、予測できなかった。敵の軍勢を見上げる。

 ——生徒達を護らなくては。

 しかし、その望みは目の前で絶える。

「学院の緊急事態に、黙って見てるなんて出来る訳ないですわ!」

 鞄から短杖(ワンド)を引っ掴み、眼前を駆け抜ける元トップの生徒が居た。



 現れた魔族共の中に、ジャックと魔神らしき姿は無かった。

 予測できるのは—— 彼女らは、魔導界で各階層の境界を護る為にマザーマーリンの魂が眠るという『マザー・マーリンの御影』へ向かっている。


 ——一刻も速くこの捨て駒を一掃する。

 アンジェリカは眼前を睨み付けた。


 魔族が魔法円を次々と描き、矢や弾頭、あらゆる兵器が飛ぶ。魔導学院生達は防御しようとするが、何人かは魔術弾の炸裂により防壁を破られ吹き飛ばされた。

「チッ、場所を変えられれば——」

 アンジェリカはまたも護るべきものを背負って戦う事を強いられていた。


 そこに、巨大な氷柱が降って来る。何発かは魔族に直撃し、悲鳴の様な唸り声が轟く。アンジェリカはこの魔術組成式に見覚えがあった。

「——フィオナ!?」

「アンジェリカ!わたくし、あれから特訓したんですのよ!わたくしには氷が適正——」

「馬鹿!奴等の狙いは人間なのよ!」

 箒で滑空するフィオナに気を取られてアンジェリカの防壁が間に合わず、魔力弾が二人を吹き飛ばす。アンジェリカは咄嗟に翼で体を覆い、緩衝材として壁に叩きつけられたダメージを軽減させた。

 魔力弾は炸裂後二次的に矢を放つもののようで、アンジェリカの翼に矢が突き刺さる。

 アンジェリカは翼を広げ、矢を振り払う。即座に治癒魔法を発動する。

「ッ……フィオナ!」

 口の中を切ったようで、アンジェリカは地に血痰を吐き捨てながら叫ぶ。

「フィオナ……?」


 隣で吹き飛ばされたフィオナは、目を見開きこちらを向いていた。


 こちらを向いた状態で、魔力弾から噴出した矢に肢体を無数に貫かれていた。

 矢はフィオナを貫通し、鮮血と漏れ出た臓物を絡ませ地面に突き刺さっていた。フィオナの持つ短杖が手から鮮血と共に滑り落ちる。干渉が終了した矢が消失し、フィオナが地面に叩きつけられる。

「フィオナ!」

 アンジェリカが駆け寄って抱き上げる。力無く垂れる腕。フィオナの首には大穴が穿たれていた。

 即死だった。

「——ッ!!」

 さっきまで、話していたのに。

 さっきまで、魔法で応戦していたのに。


 アンジェリカがフィオナを砕けた柱の陰に横たえ、周りを見渡すと他にも負傷した生徒を抱えて悲痛に叫ぶ姿があった。

 人間の死は、あまりにも呆気なくアンジェリカへ突き付けられた。



 マザーマーリンの守護を突き破った法撃。

 そこには魔族達の憎悪と決心が精神力としてそのまま反映されていた。

「アンジェリカ、もう少し持ち堪えな!」

 キルケが箒に乗って滑空していた。負傷した生徒に防壁を張りつつ、アンジェリカと背中合わせに降り立つ。

「今ここでまともに戦えるのはアタシとアンタぐらいだよ」


 大魔女モルガナは学園の防壁修復と生徒達を護衛しながらの避難誘導にあたっていた。元々、モルガナの魔法はティファレトと同じ系統で、戦闘には向いていなかった。

 大魔女とは、魔力の高さから何百年と生き永らえた者にのみ与えられる称号でしかない。


「師匠——、フィオナが……」

 アンジェリカには言葉が出てこない。

 護れなかった。ただその現実がアンジェリカを押し潰さんとしていた。

 アンジェリカの目蓋には、無念に見開かれた栗色に翳った瞳と滴る鮮血が焼き付いていた。

「わかってる」

 キルケは短く応えた。

「アンジェリカ、目の前に集中しな」

「でも……!」

「覚悟はしてたんじゃなかったのかい」

 アンジェリカははっと我に帰る。

 そうだ。これは絶望と絶望の戦い。

 護るべき者を亡くした者達の、虚しい戦いだった。


「キルケ師匠…… この中庭からどこかの平地まで、強制転移魔法を使うわ。これ以上被害を増やす訳にはいかない」

「わかった」

 中庭に広大な魔法円が徐々に描かれていく。キルケはアンジェリカが詠唱を唱え終えるまで、防壁を張り続けた。

 大魔女の防壁にヒビが入り、敵の魔力が相当上昇している事が窺える。

 防壁が粉砕されるのと同時に、アンジェリカの詠唱が完了した。

お読み頂き大変有難く存じます。

次回もお付き合い頂ければ幸いです。

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