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レヴィアタンの魔天使  作者: 姫野いつき
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act14. レギオン ・レヴィアタン

 act14. レギオン ・レヴィアタン



 ——血を流せ。涙を流せ。音を流し時を流せ。

 輪廻を呪い、隣人を憎め。

 縛られていたものを捨て、束縛を望むものに縋れ。

 我と共に来るがいい。

 森羅万象を紡ぎ、辿る果ては死という秩序に収束する——




 大円卓に、上級魔導資格保持者の立体魔術映像が整然と浮かぶ。

 全員の眼差しが奇異を孕みアンジェリカに向けられていた。

 ——魔界で霊体と物質の境界が壊された。

 アンジェリカが語った内容は、俄かには信じがたい大事態だったからだ。


「ひとつ、質問を良いかな」

 声を上げたのは、鷲の嘴の様な鼻を持ち、嗄れた声で鎮座する老人だった。

「人間界への境界を守って、我らに何の得がある?」

 魔導士達は口々に賛同や否定を騒めく。

「魔導界には、限られた魔術適正を持つ人間が生息している」

 アンジェリカは幼い可憐な声で、返答を紡ぐ。

「家族や仲間が殺されれば、どうかしら。彼等の故郷である人間界が潰されれば、魔導界で各結界を守る魔導士へのクーデターが起きかねないわ。そこには反魔術派も付け入りやすくなる」

 魔術と科学の全面戦争。そんなものを起こしたら、マザーマーリンの許容量を超えて魔力が暴走しかねない。

 許容を超えた魔力が境界を越え魔界へでも流れれば、魔族達がさらに力を得て次なる階層へ進軍し易くなるだけだ。

 そもそも、魔導界に居を構えながら魔導を否定する団体というものこそが理に適っていないのだが、彼等への批判はさて置く。


 アンジェリカは端麗な横顔で、魔導界の未来を見据えていた。

「魔導資格保持者の中には善良な魔族も居る。私は種族間の差別を肯定する訳ではない。ただ、提唱する」

 アンジェリカは両手で杖をつく。鈍い音に、全員が目を向ける。

「この戦いでは、人間を護る必要がある」


 魔術映像集会として召集された魔導士の中には、キルケやモルガナの姿もあった。

「いつか言ったろう、私の娘は強いんだ」

 傍らに立つモルガナへ、キルケは片目を閉じて悪戯っぽく笑ってみせる。

 彼女の魔力適正を一目で見抜いたキルケは、誇らしかった。

 あの歳で、ここまでの事を成し遂げ、また見据えている。流石のモルガナも絶句していた。

「そこで、私は全魔導界の魔導士達へ、協力を要請したい」

 声変わりも目立たないような幼い少女。しかし天才と銘打たれた眼前の魔導士は、揺らがない眼差しで全員を見渡した。


 しかし、キルケには見えていた。アンジェリカの足が僅かに震えている事に。

 彼女にここまでの所業は荷が重過ぎる。

 しかし、アンジェリカは気丈に佇み続ける。


 ——もう二度と、己の過去のような悲劇を他者に起こさない為に。

「全面戦争なんか、止めてやる」


 魔導士達から、一斉に賛同の声が上がった。


「私達の名は——、レギオン・レヴィアタン」






 仇なす深淵の夜空。

 ジャックの演説を聞いた長達は、各々の種族へ反撃への助力を説き始めていた。そして、魔界の住人の殆どは賛同していた。

 ——皆、秘められた悲しい過去がある。

 魔界は、虐げられ、奪われ、殺され、排他された者共が集う絶望の果てだった。

 そこに、反撃という希望が僅かな黒き炎となって、燻り始めていた。

 魔族として長く生きてきた中で、絶望は味わい尽くした。ならば、最期に足掻いてみるのもまた一興。魔族達の結束は悲劇の末の捨て身でもあった。

 それらが全て—— ハイエルフ一人の為の捨て駒となるとも知らずに。


「魔導界が動き始めたね」

 噴水の淵に腰掛けたジャックは、魔法で水面にアンジェリカを映していた。

「関係ないわ」

 背後から、白い二本の腕がその首にまとわりつく。

「私はお姉様だけの私。お姉様は私だけのお姉様ですもの。世界は二人の為だけにあれば良い」

 首筋に擦り寄る冷たい頬に、ジャックはほくそ笑んだ。


 ——この世界に復讐する為なら、僕は妹だって利用してみせる。

 ジャックの憎悪は最早混沌として、無差別だった。そこに道理など存在しない。

 己の成すべき事を自らに問いかける時、そこには決まってジャンヌが現れる。

 ジャンヌ—— 無知と無力、そして不条理に殺された過去の自分。

 今、君に救いを与えよう。無力な君へ、赤黒く澱んだ鎮魂歌を捧げよう。

 そこに居ない筈のジャンヌは、ただ、ジャックを見つめている気がした。






「魔神の出現、じゃと?」

 事の噂は冥界まで届いていた。

 十王の長、現閻魔王の輪道(りんどう) (じゅん)は溜息をつく。漆黒の髪を左右で輪の形に結い上げた幼い容姿の女王は、現世を憂う。

「そうなれば亡者が三途の川を渡れなくなりますね」

 傍らの鬼神族の従者が片膝をついたまま閻魔を見上げる。

 質量を持つ者は生者と判断され、冥府に辿り着く前に川へ沈んでしまう。

 沈んだ先は、現世。そうなれば死者の復活が成り立ってしまう。

「それ程の力を持つ者は妾と契約を結んだマザー・マーリンのみの筈。現世で何が起こっておるのじゃ」


 閻魔が水面を覗き込むと、三途の川は一人の魔導傭兵を映す。

「彼女が、亡者復活を阻止すべく魔導士へ呼びかけたようです。彼女がこの争いを鎮める鍵となるやもしれません」

「ふむ…… 魔導界で争いを留め、境界を守りさえしてくれれば良いのじゃが……」


 巡が本日何度目かの重い溜息を吐いた時、新たな幼い声が訪れる。

「——妾を呼んだかえ?巡よ」

 背後から現れたのは閻魔十王姉妹の末妹、五道転輪王の輪道 (たまき)

 環は亡者の最後の審判を担当する冥王である。それは慈悲とも、断罪者とも言える。巡の審判に次いで亡者との接点が多かった。

「魔導界と魔界が騒がしい。亡者が増えるやもしれぬ」

「ふむ…話は聞いたぞ。しかし何故、我ら十王が亡者たった一人を見落としたのじゃ?」

 環が扇を広げ、煉獄の炎の如く赤い双眸で三途の川を見据える。

「かの者は、冥界へ辿り着く前に死神を打ち倒しておる」

 何と言う事だ。死神が亡者に敗れる?

「余程の魔力があるようじゃの。——しかし、妾が居る限り下界の境界は破らせんよ」

 環は扇を閉じ、微笑む。切り揃えた短い漆黒の髪がさらりと揺れ、可憐な顔に影を落とした。

「……しかし、事は急を要するようじゃの。守護者を増やし備えておこうかの。規模によっては、妾の使いを派遣しても良い」

「頼んだぞ」

 冥王達が背を向け、下界を護る為に歩き出した。

お読み頂き有難く存じます。

新キャラも密かに動き始めましたね。

次回もお付き合い頂ければ幸いです。

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