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レヴィアタンの魔天使  作者: 姫野いつき
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act13. 其々の正義

 act13. 其々の正義



 シルフィの治癒魔法が発動。アシュリエルの肩の出血が次第に止まる。唇を噛んで悲鳴を飲み込む。

 ——魔神、とジャックは言った。

 アシュリエルは驚愕に瞳を見開く。吸い寄せられて捕らえられた様に、窓の中から目が離せない。

 あの銀髪の少女が、エーテルの檻を破ったと言うのか?


「鼠、か。いや、しかし良い。同じ魔界の眷属だろう」

「いいえお姉様、精霊の匂いがしますわ」

「……ほう」

 ジャックと白い少女が不気味な程急速に首を回し、こちらを見据える。

 アシュリエルとシルフィは慌てて壁の陰に背を寄せる。


『これ以上ここに居るのは危険だよ。一度逃げよう』

 音を立てる訳にはいかず、アシュリエルは魔法で空中に文字を滞空させた。

 シルフィが頷く。

 アシュリエルが空中に二人分の魔法円を描く。二人は各々の拠点へ撤退した。

 ジャックは、残された血の匂いを確かに嗅ぎ取っていた。




 魔導界一の巨大な首都、アルモニア。

 セフィロト大陸の端に位置し海に面しながら、調和の意味を持つ名の街だ。そこに拠点を置くのがヴァレンタイン姉弟や、モルガナ魔導学院。


 アンジェリカは屋敷の窓から都会の雑踏を見下ろす。

 中庭に面していない窓からは、その雑踏がよく見える。


 あの日ノワールと再会した街。

 様々な種族が入り乱れ、『マザーマーリンの守護』の元で暮らしている。


 その中でひとつ、気付いた事があった。

 ……人間の数が減少している……?

 魔導界で暮らす人間は元から少ないが、それでも尚減少している印象を受けた。

 気のせいなら良いんだけど……。

 アンジェリカは窓から目を離す。その時だった。


 部屋の床中心に魔法円が大きく浮かび上がり、裂け目が現れる。転がり込む様に、負傷したアシュリエルが転移してきた。

「リエル!?」

「僕は、だいじょぶ、だから」

 息を切らし、杖に手をかけたアンジェリカを制止する。

 シルフィの治癒魔法のお陰で、傷の止血は出来たが、まだ完全に塞がった訳ではなさそうだった。

「それより、大変だよ……」

 アシュリエルは切迫した表情で語り始める。



「ジャックが魔神を召喚……?」

 エーテルの檻から魔導士の喚起の手も借りず、己の意思で顕現するアストラル体など聞いた事もない。

 しかし、アシュリエルが嘘を言っているとは到底思えなかった。

「魔界の軍勢も気になるよ。あの子達は魔導界や人間界の境界を壊して攻撃を仕掛けるつもりなのかも」

 境界を操る存在が味方についているとは厄介だ。

 一時的にアンジェリカが上位魔導士を召集して境界をより強固に固めるという防衛も通用しない事になる。


 ——ジャックは、そこまでこの世界を憎んでいたのか。

 アンジェリカは何も出来なかった、気付けなかった己を悔やんだ。

 いよいよ世界と敵対したら、もう彼女は戻れない。


「——ジャックを、止めるわ」

「止められる謂れはないねぇ」


 声が重なる。アシュリエルが開いたままだった裂け目から、不気味なピエロのフェイスペイントが覗く。その手はアシュリエルの首を掴み、持ち上げていた。

「ジャック!!」

「ふん、君の弟はなかなか鋭い。殺してしまいそうだよ」

 ぎり、と音が鳴る程にアシュリエルの首へ力が加わる。アシュリエルの足が宙で揺れる。

「……まぁ、それは今じゃなくても良いさ」

 ジャックの手が離され、アシュリエルが床に崩れ落ちる。

 強制転移魔法を近距離発動。アンジェリカはアシュリエルをすぐさま己の背中へ庇った。アシュリエルは荒い息のまま、相手を見据える。

「その姿…… ああ、本当に君は不愉快だよ。アンジェリカ」

「そりゃどうも」

 ジャックはやはりアンジェリカに過去の己を重ねていた。そして、完全に逆転した立場に興奮を覚えていた。


「貴女の思い出鑑賞会に参加するつもりはないけど、虚しくならないわけ?」

 アンジェリカも過去が憎い。しかし、憎いからこそ極力思い出さないのも精神的防衛の術だと気付いた。

 アンジェリカはそうして、忘れられないものに蓋をする選択をして生きてきた。

「忘れるも何も——」

 ジャックの靴が音を立てて、裂け目から床へ着地する。

「ここにあるのが現実だ。現実は変わらない。変わらない時の中で、僕は過去を収集し構築されている」

 過去に——囚われている。

 ジャックは世界を憎み、同時に全てを羨望しているのだ。

 己には手の届かない幸福を。

 優しく笑顔を向けあう日常を。

 大切な、誰かを。

 ——だからと言って、それを復讐の為に奪う事など許されない。


「まぁ、私は正義なんて反吐が出るから関係する気は無いけど」

 アンジェリカは決して正義だとか博愛主義の為に戦う事はない。あくまで彼女は揺らがない利己主義を掲げる事で、己を保ってきた。それが唯一無二の、彼女の強さでもあった。

「霊体の境界を弄られるのは不愉快だわ」

「そう、やはり全て聞いたんだね」

 ジャックはアンジェリカの背後からこちらを睨むアシュリエルを見据える。


 霊体の境界を弄れると言うなら、自分だってマリアに会いたい。母親を失って、どれ程の寂寞の日々を過ごしたか。

 しかしここでジャックに嫉妬してしまえば、それは彼女と同じだ。

 ——そんなものには成り下がらない。

「アンジェリカ、君もこの世界に反逆しないか」

 ジャックから放たれたのは、予想外の誘い。

 しかしアンジェリカの答えは決まっていた。

「お断りよ」

「くっくっく…… そう言うと思ったよ。だが、僕等を敵に回した事を後悔すると良い」

 裂け目が再び広がる。

「それはこれから殺られる悪役の決まり台詞よ」

「さて……それはどうかな」

 ジャックが振り向きざまに不敵に笑い、暗黒の中へと吸い込まれていった。



「おねーちゃ、今、ジャックちゃは魔神を召喚出来なかったね」

「ええ、ジャックの背後で魔法円が構成しかけて、消失していたわ」

 二人は気付いていた。裂け目の消失した空間へ手を伸ばす。

「魔神はまだ、魔導界の、マザーマーリンの結界を破れる程の力はない……?」

 姉弟が頷き合う。

 そこに、遅れてやってきたノワールとマキナが合流する。

「この部屋に強力な魔術結界が張られて、私達魔術適正の無い者を退けていましたわ。何が起こっていたんですか?」

 ノワールは結界を解こうと試行錯誤していたのだろう。その腕は獣のそれで、限定的に戦闘力を解除していた事が窺える。しかし、屋敷を壊す事も出来ず、限られた力では魔術の前に屈したようだった。

 しかし、ノワールの双眸は真夜中の浅瀬の様に冷静だった。

 アンジェリカとアシュリエルが揃っているならば、何が起こっても勝てると確信しているようだった。


 ——その通り、アンジェリカはジャックに屈する気など毛頭無い。

「私が戦う理由なんてね、ひとつよ」

 アンジェリカが杖を床につく。低く魔法円が浮かぶ。それは木が枝葉を伸ばし有数の実をつけるように、次々と小さな魔法円を連ねて発動していく。


「気に入らないわ」


 それは上級魔導資格保持者への魔術情報伝達網。一斉送信で、アンジェリカからエマージェンシーコールが放たれた。

お読み頂き大変有難く存じます。

これから本格的に戦いが始まります。

次回もお付き合い頂ければ幸いです。

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