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レヴィアタンの魔天使  作者: 姫野いつき
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act11. 赤い訪れ

 act11. 赤い訪れ



 魔界の赤い月夜の中心で、天を仰ぐ。

 手に持つカップに注いだ珈琲から湯気が立ち、冷たい夜風に攫われる。

 あの日から決して晴れる事はない心情のように、魔界に朝は無い。

 開け放った窓枠に背を預け、両肘で軽く支える。

 宿敵となった者同士、嵌めては、嵌め返される。遊戯の様に攻防を繰り返し10年以上が経った。

 初めは幼かった手法も、徐々に成長を見せた。今回は軽く感心した程だった。


「さて、次はどうしてやろうか……」

 呟くジャックの肩に、背後から冷たい指先が触れた。

「何故殺してしまわないの?」

 背後とは、屋敷の外。

 即座に武器召喚魔法を発動。三又の槍を握り締め振り返ったジャックの瞳はそれ以上の驚愕に見開かれる。

「あの日みたいに」

 赤い月明かりに、妖艶に囁く白い影が浮かんでいた。

 幼い影はジャックが知る最期よりも髪が伸び、体も年月の通りに成長していた。

「君は——!!」




 魔術適正はあれど法撃は好まず、占星術や薬草学を中心に研究しているというティファレトへ、アンジェリカは単刀直入に切り出した。

「私を占ってほしいんだけど」

「おや、アンジェリカ…… 唐突だね。良いけど…… どうしたの?」

「うちで飼ってるワービーストが最近落ち着かないのよ。ついでにドラゴンも。何か起こるのかと思って」

「ふむ……」

 ティファレトは鞄からカードの束を取り出すと、占い始める。

 卓上に広げられたオーソドックスなタロットカードは図書室所有のもののようで、一枚一枚に貸し出しを示す魔法円が小さく刻まれていた。窃盗など不測の事態には、それを頼りに居場所を突き止める事が出来る。

 ティファレトも図書室が好きな様で、アンジェリカは少しだけ親近感を覚えていた。

 アンジェリカが学院内で最も好む場所は、図書室。

 図書室とは知の博物館。魔導士にとって最も重要な知識を養うには絶好の場所だった。モルガナ魔導学院の広大な図書室の無償利用を目的にここに留まっていると言っても過言ではない。

「スプレッドはホロスコープで良いかな」

「任せるわ」


 未来予知の魔法は存在しているものの、アンティークな占いを未だ嗜好する魔導士は少なくない。また、魔法が加わる事により、只の占いも運より信憑性を帯びる。

 アンジェリカの師匠である大魔女キルケも、曰く若い頃は血の気の多く好戦的な性格だったが、320歳となった現在の趣味は飼い猫相手にタロットを捲る事だと言う。


 少年は規則的にカードを並べ、一枚ずつ捲っていく。

「…… 近々、君の近辺で何かを変える程大きな何かが起こるかも。それは、善では無いかもしれない」

「何でそんなに抽象的なのよ」

「タロットから読み取れる情報なんてその程度だよ。しかもこれは大アルカナしかない」

「占い研究してるとか言って、自分のフルデッキは持ってないの?」

 その問いに、ティファレトは一拍置いて寂寥を帯びた眼差しで答える。

「…… うん。図書室から借りてるだけだよ。フルデッキは貸し出し中だったんだ。でも、信憑性は彼女のお墨付きだよ。おいで——、エウレシス」

 デッキの中から透ける様に現れたのは、妖精エウレシス。知性に関する魔法に長けた妖精である。

「…… ふぅん。獣の勘も強ち間違いではなさそうね」


 自信過剰気味の少女は伸びをする。

「ま、何が来ようと今のアンジェリカ様の敵ではないわ。返り討ちにしたげる」

「経験と無謀を混合させないようにね」

 幼子に言い聞かせる様に丁寧に言うと、心配そうにアンジェリカの顔を覗き込む。

「なーんで貴方に説教されなきゃなんないのよ」

「……君を失いたくないから、かな」

 真摯に見つめてくる翡翠の双眸に、アンジェリカは無意識に頰を紅潮させていた。

「そんな小っ恥ずかしい事をよく言えるわね」

「だって、僕は君が好きだから」

「はいはい…… はい?」

 突然の告白に、周りのクラスメイトもぎょっとして視線を送る。「あのアンジェリカに?」「あの編入生…」等、ひそひそと小声が飛び交う。アンジェリカも、信じられない未知を見る目で見つめ返す。

「ね、アンジェリカ」

「えっ、と。か、感謝はしといたげるわ」

 騒めきの中、辿々しく視線を泳がせる。異性から『そういう』類の事を言われたのは初めてだった。

「うん。それで良いよ」

 ティファレトは微笑む。タロットから読み取ったそれ以外の情報は伝えないまま——




「何故、君が…… ノエル……!?」

 カップが滑り落ちる。砕け散ったカップから漏れ出た珈琲は流れ続け、戻る事はない。

 体現した白い影は、紛れもなくノエルであると悟った。

「ずっとお姉様を見ていましたわ」

 確信。ノエル・グリムテイル。何故?死んだ筈では?

 ノエルが降り立つ。足元から影が伸び、実体である事を明証している。

「ねぇ、お姉様。また二人で一緒に居ましょう。今度は一緒に…… 殺しましょう」

 月を映した髪色の少女は、鮮血の様な赤い瞳を煌々と輝かせていた。

「君は一体…… 何なんだ……?」

 心拍が跳ね上がる。それは、歓喜なのか、恐怖なのか。

「どうしてそんな悲しい顔をするの?私はノエルよ。貴女の妹……」

 ノエルは言うなり歩み寄り、その存在を確かめさせる様にジャックを優しく包む。

「ねぇ…… エーテルとアストラルは私の愛に味方してくれたわ」

 回した手で背に触れる。冷たい背中だった。やはり、彼女の拍動は感じない。

「もう暖かくはないけど、触れられるでしょう?今の私は魔力のみで構成される精神体」

「そうか…… 君も壊れてしまったのか」

 それは物質と霊体の境を歪めた虚ろな人形。ジャックが体を離し、くつくつと笑う。


「そうだね…… 一緒に殺そう。僕等を歓迎しなかったこの世界を」


 ノエルは尚も背後からジャックの首に腕を回し、口角を釣り上げた。


 憎悪に猛り狂ったジャンヌが、蘇った。

お読み頂き、大変有難く存じます。

次回もお付き合い頂ければ幸甚です。

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