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レヴィアタンの魔天使  作者: 姫野いつき
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act8-1. アンジェリカ・ヴァレンタイン

 act8-1. アンジェリカ・ヴァレンタイン



 氷の蝶が無数に生まれては羽ばたいていく。

「お母様!さっきの魔法、もう一回見せて!」

「いいわよ、ほら」

「綺麗!綺麗ね!」

 桜色の長髪に紫水晶の瞳を持つエルフの女が杖を振ると、また無数の蝶が生まれては、空中を舞い遊び、やがて光の粒子となって渦を巻き消失する。


 幻想的な蝶に手を伸ばす幼子は、左右で色と大きさがアンバランスな鳥の翼を背中に持つ不完全なハイエルフと、妖精の羽のような翼を腰に持つハイエルフ。


「私にも出来る?」

「やってごらんなさい」

 優しく見守る母から杖を借り、娘は辿々しく杖を振った。

 そこから生まれたのは炎の蝶。

「わぁっ!」

 歓喜の声を上げた娘の前で、蝶はぱたりと床に落ち、何も焦がす事はなく消失した。それは線香花火のようだった。

「あれっ……」

「ふふ、アンジェリカは炎の魔法が得意なのね」

 蝶の呆気ない最期に落胆する娘の頭を撫でると、今度は弟が試したいと泣き出す。弟へ予備の杖を渡しながら、母親は二人を柔らかく見守った。



 ――ヴァレンタイン家は各魔術学会へ権力のある魔導士の一家だった。

 父は悪魔のアザゼル、母はエルフのマリア。

 生まれた子供は二人。姉のアンジェリカと弟のアシュリエルと名付けられた。


 マリアは奇跡の大魔女と言われ、その天才的な魔術であらゆる事業へ大きく貢献と革命を成した。


 しかしマリアが有名になればなるほど、反魔術勢力の目もマリアへ向けられた。マリアの賄賂やら裏工作やらを疑われたが、そんなものは圧倒的な魔力の前では無力。マリアは反魔術派からの抗議の度に、その目の前で華麗に実証してみせていた。



 姉弟は何不自由無く育った。しかし、その平穏も長くは続かなかった。

 アンジェリカが5歳になった時、反魔術派の軍団が屋敷を強襲してきたのだ。


 アンジェリカには何が起こったのか理解不能だった。ただ、燃え盛る屋敷と、両手を広げた父が母の前で首を刎ねられた。

「行きなさい!早く!」

 マリアが治癒魔法、防壁魔法、攻撃魔法、あらゆる魔法を同時発動し疲弊しながらも古株のメイドに叫ぶ。


 防御に徹していたメイドの一人―― ノワールは、ワービーストの特徴である獣の腕を解放し迫る敵を打ち倒しながらも、強力な科学の前に膝をついた。

 しかし、目の前で老いたメイドの長が背後から槍に貫かれて絶命すると、幼子二人を守るのは自分しか居ないと確信した。瀕死の状態で二人を抱き上げ、屋敷から逃げようと走り出す。

 その瞬間背後から無数の銃弾を受け、倒れ込む。


 見上げると、反魔術派の数人に囲まれていた。片手で奪われたアンジェリカが、泣き叫びながら弟に手を伸ばす。自分もアンジェリカに手を伸ばすが、その腕も数弾の鉛玉によって地に沈められた。

「女は売れるが、そのメイドは放っておけば死ぬだろう。行くぞ」

 そんな声を受けながら、アシュリエルだけを抱き締めて庇うのが精一杯だった――




 奴隷売買を目的に誘拐されたアンジェリカは、数日は怯えてただ泣くばかりだったが、魔法の素質は勿論生まれ持っていた。

 ある時、アンジェリカは冷静になった。

 父を殺し、屋敷の皆を苦しめた奴らの手中で何故大人しく縮こまっているのか?

 しかしアンジェリカは賢明だった。ここで彼らを殺せば、自分は彼らと同じ事をする事になると悟っていた。

 アンジェリカは荷馬車に乗せられて輸送される中で、魔法で大気を密やかに集め、圧縮していった。そして、自分を攫った人間達が揃った時、それを一瞬で爆発させた。


 轟音。人間達が吹き飛び、遥か彼方へ飛んで行く。視界の端で直撃を受けた数人の手足が吹き飛んだ様に見えたが、アンジェリカは振り返らない。

 逃走経路を思案する事すら出来ず、ひたすらに駆けた。


 見知らぬ森の中、家族の安否も分からぬまま、走り続け――



 死神と、出会った。

アンジェリカ過去編、前編です。

お読み頂き大変有難く存じます。

次回もお付き合い頂ければ幸いです。

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