act0. 人形の死
act0. 人形の死
人間の見る世界は、人間の社会。
猫が見る世界は、猫の社会。
では、人形は?機械は?
――世界は一つではない。
ワタシの名はアンジェマキナ。
ワタシは機械仕掛けのお人形デス。
ワタシは偉大なる魔導士、アンジェリカ様の為に作られました。
アンジェリカ様は魔法の力こそ優れど、物理戦を得意としません。彼女を守る為、ワタシは鋼鉄の体で生まれました。
アンジェリカ様には側近のメイド、ワービースト族で狼の血を引くノワール様がおりますが、戦力は多いに越した事はありません。
魔導士はその高い魔力ゆえ、嫉妬や陰謀から魔族に狙われる事も少なくありません。低級魔導士や王族を護る為、アンジェリカ様は傭兵として出陣しております。
そしてワタシは家事の補助も仕事の内です。今日の責務は街へ食糧の買い出しです。
街へ赴くと、そこは人間、エルフ族、ワービースト族、妖精、魔族など色とりどりの種族がそれぞれの生を全うしております。
ワタシはこの雑踏が大好きです。沢山の命が、争う事無く過ごす日常が一番です。
そしてワタシはロボット。通称ヒューマノイドと呼ばれております。
ヒューマノイドは鋼鉄の体ですが、鋼鉄を内部構造のみに留め、外皮を人工皮膚にしたドールロイドという種族も最近生まれたようです。
ドールロイドのマスターは、コスト面で妥協してヒューマノイドを購入したマスターを卑下している事も少なからずあります。人間の性格、個性とはなかなか理解に苦しみます。やはり、ワタシを見てくすくすと笑うドールロイドを連れたマスターさんもおられます。
でも!ワタシは愛玩用ではなく!大事な責務がありますからへっちゃらです。
ちなみにワタシにも、ドールロイドのお友達が――
「アッ。」
ふと見上げた先に、高い陸橋に立ち、呆然と虚空を見つめて肢体を風に弄ばせる少女がおりました。この後予想されるのは……。
案の定少女は此方へ落ちてきました。
この体でこそ出来る疾走。少女を抱き留めました。
ワタシは力持ちなヒューマノイドデス。これくらいは朝飯前ーーいえ、これが日常茶飯事なのです。
少女は頬に影を落とす程の長い睫毛を伏せておりましたが、やがて朝日を反射する浅瀬のような蒼い瞳でゆっくりとワタシを見上げました。
「…… 何故いつも止めるの」
「アナタこそ、何故いつも死にたがるデス?」
彼女は球体関節の指で軽く私の頬に触れると、降ろして、と短く促しました。
「随分昔に話したわ……」
縦に巻いたシルクの髪が黄金の煌めきを放ちます。フリルとギャザーがふんだんに施されたドレスを纏うその姿は正しくアンティークドールです。
彼女はドールロイド。ワタシのお友達、名をマリーベルマリスといいます。
マリーベルマリスの主人はジャック様という名で、女性ですが燕尾服を纏ったり、『僕』と自称したり、且つ嗜虐的な性格の方だと言います。そして、人間の罪人を買い取っては拷問の限りを尽くし愉しむのが趣味だと聞いております。
ワタシの立場からマスター方を善悪に分ける事など出来ませんが……、変わった方だと思います。
さて、そんなジャック様がマリーベルマリスを作り、彼女に下した命令は『僕以外の全てを殺せ』。
全て。機械には言葉足らずです。マリマリちゃんは、そこに自分も加えてしまったのです。それがこの人形の自殺志願という奇妙な日常になってしまったのです。
「マリマリちゃんは、毎日をどう思うデス?」
「憎くて堪らないわ。マリーは今すぐにでも死にたいのよ」
あれからワタシ達は落ち着くまで河原のベンチで何となく過ごす事にしました。
「マキナはこの体と命が誇りデス。マスターを守り通してみせるデス」
「………優等生ね。ヒューマノイドらしいわ」
ドールロイドは愛玩用に感情演算も発声装置さえもヒューマノイドの上級変換です。ちょっとだけ…… 羨ましかったりしますけど、彼女らの人工皮膚は戦闘には向きません。適材適所ですね。
「……命、ね」
ふと、黄金の巻毛を弄びながら彼女は呟きました。
「あなたは、マリー達に生死があると前提しているのね」
「エッ」
「機械。道具。マリー達は壊れたらお終い。マスター達は壊れた玩具を捨てて買い換えるわ」
「そんな!きっと…… 直してくれマス。マキナのマスターも、マリマリちゃんのマスターも……」
「確証はないでしょ……」
「ア……」
ワタシは言葉に詰まりました。ワタシ達は壊れたら、死なのか、終わりなのか。
マスターと共に過ごした長い時間は、壊れたら0になってしまうのか。あの幸せな時間を確かにワタシは記憶として覚えているのに。
「ドールロイドもヒューマノイドも、壊れたらゴミになるのよ」
「そんな悲しいコト、言わないでクダサイ」
マリマリちゃんは遠くの空を見つめたまま。風が彼女のドレスをふわりと撫でます。ワタシの鋼鉄の体には弾かれるように、それは仲良くしてくれそうにはありません。
「………長話したわ。マリーはまだ…… 仕事が残ってる。あなたもでしょ……」
「ハイ。買い出しに……」
「せいぜい壊れるまでマスターに尽くしましょ……お互い」
彼女の残った仕事というのは予想ができるので追及しない事にしました。
ワタシは機械仕掛けのお友達と別れた後も、もやもやと思考を続けながら責務を果たしました。
――アンジェリカ様はマキナを道具としか思ってないのでしょうか?
「マキナ?どうしたの?」
棚の埃を拭う手が止まっていました。
「アッ、ごめんなさい、アンジェリカ様」
「……マキナ。貴女は家族よ」
「…ェ」
そうでした。アンジェリカ様は読心の魔法も使えるのです。予想外の答えが斜め上から降ってきたようで、ワタシは素っ頓狂な発声をしてしまいました。
「このアンジェリカを守護するメイドの一人。そして屋敷で毎日を共にする、欠けてはならない存在。だって貴女はヒューマノイド、アンジェ型一号。私の妹ですもの」
ああ、これまでの不安が全て吹き飛びました。ワタシはアンジェリカ様の妹。なんて有難いお言葉…。
「アンジェリカ様……」
「マキナ」
ワタシの名を呼び、ふわりと微笑むアンジェリカ様。長い前髪で片目は隠れておりますが、紫水晶の瞳が細められ、薄桜色のツインテールがふわりと揺れます。その姿はまるで無垢な天使の様です。
「さて、マキナ。私、チョコミントアイスが食べたくなってきたわ。買いに行ってくれるかしら?今。」
「ハ、ハイ!!……… ハイ?」
ああ…… いつものアンジェリカ様です。我儘で傲慢、だけど気高く、13歳、最年少にして最高級の魔導資格保持者………
「聞こえてるわよ、誰が我儘ですって?」
アンジェリカ様は手元の魔導書に目を落としたまま、わざとらしくエルフの長い耳をぴくぴくと揺らしてみせました。
「聞、聞かないでクダサイィ!」
ワタシは逃げるように部屋を後にしました。
アンジェリカ様の高飛車な性格にはメイドの皆様もちょっと手を焼かれておられるようですが、あの誰よりも可憐な御尊顔で上目遣いに微笑まれたら、誰だって如何様にも御奉仕してさしあげたくなってしまいます。
「……フフッ」
自然と笑みが零れます。何だか、こんな日常が幸せなのです。
ワタシはワタシのこの命が誇りデス。
家族でも、例え道具でも、良いのです。
必要としてくれる。居場所がある。それだけでワタシ達人形は生まれてきた意味を持つ事ができます。
壊れるまではどうか、アナタ様のお側に……。
お読み頂き大変有難く存じます。
この世界のキャラクター達は私が中学生の頃から温め続けてきました。
序章であるこのお話はアンジェリカに仕える人形のお話。次からはアンジェリカ達がようやく重い扉を開き、私と、読者様の前へその生き様を紡いでくれます。
あなた様を日常から全く離れた魔法の世界へ誘う物語になれば幸いです。