六話 平和な一日?
「ロクさんってSランク冒険者に見えませんね」
「Sランク冒険者じゃない」
またライが家にきた。
暇なのか、またギルドマスターに命令されてるのか知らないが毎日家にくる。
俺は暇だと予想。
「Sランク冒険者ってなんか強いオーラが感じられるんですよ。でもロクさんからはそういうオーラが微塵も感じられないっていうか」
「ばっかお前、俺はわざと隠してるんだよ。ほら、強いってことがばれると色々なところから声がかけられるだろ? それがめんどくさいんだよ」
その証拠にギルドから戻ってくれって声がかけられてるからな。
「本当ですかそれ。今なら私でも勝てそうな気がするんですけど」
「寝起きだからそう思うだけだ。覚醒するとお前なんかワンパンだ」
寝起きって力が入らないじゃん?
それと同じだ。
「流石にワンパンではやられませんよ。私はAランクですから」
ライが椅子の上に立ちボクシングを始める。
幻の敵でも想像しているのか顔を横にやったり、フェイントをかけたりと一人で盛り上がっている。
椅子壊したら弁償だからな。
「そうだ! ロクさん、勝負しませんか!」
「勝負?」
「そうです! 私と勝負です! ガチガチの勝負ではなくて、ゆるーい勝負ですけど。例えば何回腹筋できるかとかですね」
「えー、めんどくさい」
「何言ってるんですか! ロクさん最近体動かしてないでしょ!」
「なんで知ってんだ」
四か月ほど家から出てません。
「たまには体を動かしましょうよ!」
「だるいしー」
「もう!」
ライが椅子から飛び降り、俺の座っている椅子をぐらぐらと揺らす。
馬鹿! 椅子を揺らすな! 俺は酔いやすいんだよ!
「待て! 待て!」
「なんですか?」
「やってやるから椅子を揺らすな! 吐くわ!」
「おお!」
おお! じゃねえ。
こいつ確信犯だな。
「でも少しの間だけだぞ。十二時になったらやめるからな」
「えーと今は……十一時じゃないですか! 早く行きましょ!」
「はいはい」
こいつだんだんわがままになってきてないか?
「それでは第一回戦、懸垂勝負!」
「………」
「ロクさん! 拍手と歓声!」
「わー」
パチパチパチパチ。
「それではあの木で懸垂しましょう! 時間は一分、一分間の間にたくさん懸垂できた方が勝ちです」
「………」
「ロクさん!」
「わー」
パチパチパチパチ。
「違います! 誰がこの状況で拍手を求めるんですか! 準備してください!」
「……わかったよ」
こいつ俺が乗り気じゃないってこと気づかないのか。
これがケーワイってやつだな。ケーワイ。
「準備はできましたか?」
「ああ」
「それでは懸垂スタート!」
「はぁはぁ」
「ロクさん貴方って人は……」
死んだように寝転がる俺と、それを見下ろすライ。
この図わかるだろうか。
はい、俺が負けた図ですね。
「だ、だから乗り気じゃなかったんだ。こ、こういうことになるから」
「ロクさん絶望的に体力がないですね」
懸垂がスタートしてから十秒で地面に崩れ落ちる俺、しかも一回も懸垂が出来なかった俺。
傍から見たらどう見えるんだろ。
「ロクさん本当にSランク冒険者なんですか? Eランクにしか見えませんけど」
「え、Sランク冒険者じゃないって言ってるだろ。あと今話しかけるな。い、息が整えられない」
「貧弱ですね」
ライは倒れている俺の横に座り、呆れたような目で見つめてくる。
「な、なんだよ」
「いや、たるんでるなーと思いまして」
こ、この小娘……自分が勝ったからって調子に乗りやがって……。
次の勝負で泣かせてやる……と言いたいところだが、
「もう疲れたから家帰る」
また今度にしてやろう。
翌日。
昨日はライと勝負したこと以外特に何にもなかった。
いつものようにお茶飲んで、菓子食べてそれで帰った。
それで今日も皆さんお察しの通り、
「こんにちは」
ライが来た。
しかし今日のライは少しだけ違う。
なぜか黒装束を身にまとっている。
………………。
「トールの街で流行っているファッションか?」
「ち、違います!」
「じゃあなんでそんな陰キャみたいな格好してんだよ」
「陰キャにたいする偏見ですよそれは!」
めんご、めんご。
「それでその恰好はなんだよ」
「この格好は私が戦うときに着る服です」
戦闘服ってやつか。
ということは、
「なに? 今度は魔物を狩る勝負でもすんのか? 嫌だぞ、今日はだらだらしたい気分なんだ」
「勝負は勝負ですけど今日は違います」
ライは背を伸ばし、真剣な表情で叫ぶ。
「ロクさん! ガチで戦いましょう!」
ゆったりとした話が続くと言ったな、あれは嘘だ。
………すいません。1章は短くなりそうです。