第8話 E.on
活動報告も合わせてお楽しみください!
LFOに結婚システムはない。しいて言えばペアを組むのが一番近い。
パーティは各目的に応じて2人以上複数人でその場で組むもの。ペアは特定の人と組み、どちらかが解消しなければ永続的に続くもの。とはいえ、LFOにおいてはペアもたいしたシステムではなく、オンライン·オフラインがわかる他、現在地がわかる。でもそれはフレンド登録で事足りるもので、違いはフレンド一覧のキャラクター名の横に、ペアを示すPの字が表示される程度のものだった。
2人は、その時点で作成できる装飾品として、腕輪を選び、お互いに作って交換しようと考えた。
『銀の腕輪』レベル7から装備可能で、装備時の効果は特にない。が、好きな宝石をひとつつけられる。
サーシャはそれから、暇な時間はずっと情報サイトのアイテムのページを眺め、シギアにどの石が合うか考えていた。そして、アクアマリンに決めた。あの日のあの海の色にとてもよく似ていたからだ。シギアがつけてくれたのはローズクォーツという石。薄いピンクで可愛らしい色合いの石だった。
サーシャがアクアマリンを「あの海の色」と説明すると、シギアは
「あぁぁ、俺は、俺がそれを選んだのは···」
と、なぜかとても照れながら
「いつも大福みたいなおまえのほっぺたが、あの日はそんな色だったんだ」
大福ですって?サーシャはぷくっと頬を膨らませたが、あまりにシギアが照れているので反論はしないでおいた。
「それでさ、サーシャ。俺思ったんだけどさ」
シギアは腕輪を左手に装備して、それを大切そうに撫でながら
「おまえ、俺がログインしてない時ってどうしてる?」
と聞いた。
サーシャも左手に腕輪を装備した。
「う〜ん、別に何もしてないな···。シギアがログインしてないってわかってたら、インしない時もあるし。でも、私がインできる時はたいていシギアもいるしね、問題ないよ。いないのはテスト期間の時くらいかなぁ?」
コクコク、と頷きシギアはアイテムインベントリを開いた。
「そうだ、そうなんだよな。あのさ、これ···」
シギアが手にしたのはログインキーだった。
「俺も、もうサーシャがいない時はここに来てないし、お互いのキーを交換しないか?ダメか?」
サーシャはキョトンとした顔をした。
「ダメかって···。それは私のセリフよ?ログインできない時間は私のほうが長いんだし···」
キーを交換すると、お互いに、お互いがいないとLFOに来れない。シギアはサーシャのひとつ上で大学生。サーシャは派遣社員なので帰宅時間は遅い。待ち時間が長いのは圧倒的にシギアだった。
「うん、俺決めたんだよ。サーシャが会社で頑張ってる間はゲームしないんだ。勉強してる」
「シギア···」
シギアは真面目な顔をしていた。
「俺はもう、サーシャがいればそれでいいんだ」
2人はそっと近づき、そのまま静かにキスをした。
それはこの世界で、2人が愛を確かめ合うためにできる唯一の行為だった。
「サーシャ!」
シギアが叫んでいる。サーシャはスキル欄をしまい、シギアの元に駆け寄った。
今日はメンテナンス明けの日。今回のメンテで、新スキルがいくつか実装されていて、2人もさっそく習得してみようとログインした所だった。
「見てろ、これ」
シギアは新しいスキルを発動した。剣を持ったまま、その場で回転する。バシュ!とすごい音がした。
「すごいだろ、これ範囲攻撃みたいだぜ。モンスターを周りに集めて、一気に···」
バシュ!シギアはまた回転した。
それを見て、サーシャはクスクス笑う。
「SPがもうなくなる。ずいぶん消費がはげしいのね」
クルクル回っていたシギアはSP切れ。
「あぁ、かなり食うね。サーシャは何覚えたんだ?」
ドヤ顔のサーシャ。
「私のは自動回復スキルの回復率向上スキルよ」
まず自動回復スキルを唱えてから、サーシャは新スキルを唱えた。シギアのSPが見る見る回復していく。
「すげぇ!これなら、スキル使い放題だな」
サーシャはスキル:ヒールを連打で唱えた。
「えぇ、これからはヒールでMPが底をつくこともなくなる!」
サーシャが、シギアに対し何度もヒールを唱えても、サーシャのMPバーが減っていくことはなかった。
「これからは安心して、いくらでもモンスターに攻撃されていいわ♪」
目を見開くシギア。
「ひでぇオンナだなおい!」
2人は笑った。
「じゃ、インベントリを空にして、素材集めに行こう?」
サーシャはポン、と手を打った。
「素材?」
シギアはステータス画面を見ながら言った。
「えぇ、もうすぐバレンタインの季節イベントでしょ?今のうちにチョコレートを作るためのバターを集めるの!」
バレンタインイベントでは、イベント中のみの限定マップが出現する。そこに行く為のフラグアイテムがチョコレートなのだが、普通のでは駄目で、その時期だけ低確率で完成するハート型のチョコレートでなくてはいけないらしい。事前に情報サイトでそれを知ったサーシャは、絶対にシギアと一緒にそこに行くと決めていた。だが2人の生産スキルのレベルは、低い。そうそう出来上がらないだろう。バターは大量に必要だった。
「いーっぱい集めないといけないのよ。アイテムは持たずに行こう、ね!」
「あぁ、オッケ!」
シギアは再びバシュ!と回りながら答えた。左手首で、綺麗にアクアマリンが光る。
そうだ···
画面が揺れた。
あの時、私があんな事を言わなければ···
サーシャとシギアはバターを集めている。楽しそうに、笑いながら。が、もう音は聞こえない。
映像に靄がかかる。
2人の前に、黒ずくめの男が5人現れる。全員背中に銀色の槍をしょって···。
「いやだ!!やめてくれ、もうたくさんだ!!!!!」
サーシャの、絞り出すような悲痛な叫び。
途端、空間に亀裂が入り、周りの景色がまるでガラスかのように粉々に、割れた。
気づくとサーシャはギアロ山山頂、老婆の前に立っていた。
ハァハァと肩で息をして、震える両手で自身を抱きしめる。左手首でピンクの石がはまる腕輪が光る。
なんだ···なんだ今のは···?
「そうじゃ、お前のような若者をずっと待っておった。さぁ、進むがよい」
NPCの老婆は、サーシャの異変を気にせず話し続ける。
ゴリニチ孵化のイベントが続いている。時間は···さほど経っていないのか?
体の震えが止まらず、サーシャはその場にへたりこんだ。突然見せられた過去の記憶にあてられ、ひどく混乱する。
すると普段見慣れないウィンドウが現れた。
〘警告〙
システムへの不正アクセスを検知。
一部回路を遮断します。
念の為一度ログアウトし、
セキュリティスキャンを実施して下さい。
「なるほど···」
なんとか気を取り直す。震える指で、サーシャはシステムウィンドウを起動した。
サーシャは、運営が推奨するセキュリティ会社『E.on』とは違う、自分の信頼するセキュリティシステムを導入している。そのため、普段現れるシステムログとは別ウィンドウで出てきたのだ。
サーシャはその場でログアウトした。恐らく今更スキャンをしても、痕跡すら掴めないだろうが。
サーシャは真理子になり、スキャンが終わるまで、身じろぎもせず空を睨んでいた。
イベントに乗せて人の過去を見るなんて芸当が、そうそう誰にでもできるものではない。他社のセキュリティを入れておいて良かった。あれがE.onだったら、検知されずに全部抜き取られていただろう。恐らく過去ログを漁っていたのは運営の人間に間違いない。
いまだに『火の6日間』の調査をしている馬鹿がいるということだ。
「全部吐き出したのに、まだ終わらないんだな···」
真理子はつぶやいた。
次回1/17更新
ー用語解説
ログアウトキー:アイテム表示されているシステムロジック。ユーザーには『キー』と呼ばれることが多い。内蔵されたIDでゲームに接続している。
メンテナンス:毎週木曜日に行われる。普段はサーバー機器の再起動を行なうだけで2時間程度で終わる。3ヵ月に一度、大幅アップデートが行なわれ、システム、仕様等が追加、変更される。
セキュリティ:ゲームをインストールした際、自動で追加されるが任意で変更する事も可能。
『火の6日間』:数年前に起こった、超長期メンテナンス。事前通告なく突然のサーバーシャットダウンの後、6日間続いたメンテナンスはユーザーからの不興を買った。