第6話 モンジ氏
活動報告も合わせてお楽しみください!
芝居がかった素振りに苦笑しながら、サーシャは聞いた。
「失礼した。それで、何か用が?」
モンジは確か、ラーミャきってのエンターテイナー。
運営の実装する季節イベントとは違い、ユーザー視点からの各人参加型イベントを周期的に執り行い、毎回大成功をおさめる、芸能人クラスに有名なプレイヤーだ。
「えぇ、まぁ。ただ、ここではナンです。少しお時間頂いてもよろしいでしょうか?」
モンジはサーシャを、はじまりの街ド真ん中に設けている自身の自宅に招いた。
「人が集まる場所の方が何かと便利なもので···」
ここは中心街の一等地。この場所に家を建てるのに必要な資金は、サーシャが使っているレアな高性能装備にかかるお金とそう変わらないだろう。お金の使い道は人それぞれ、全く違う。
モンジはサーシャに椅子を勧めると、自分も向かいに座り、さっそくですが、と紙を一枚取り出した。
「次に行うイベントの企画書です。見ていただけますか?」
サーシャは紙をとった。
時間、場所、ルールや進行役、想定規模など、いろいろ細かに計画されている。その内容は···。サーシャは顔を上げモンジを見る。
「PvPですか」
モンジは両手をあごの下で組み、サーシャを見つめて頷いた。
PvPとは、プレイヤーvsプレイヤーの、格闘技イベントである。
LFOでは毎週土曜日の夜に、クラン戦というイベントを開催する。クランに所属する15人対15人が、広いフィールドの中で、自クランの棒をかけて戦うという内容だ。毎週盛況だが、棒を守る、あるいは倒すだけどちらかになるので、純粋に戦闘が好きなユーザーには物足りないらしく、ユーザーイベントのPvPが好まれる傾向にある。
サーシャはクランに所属しておらず、当然クラン戦に出たことはない。
「満を持しての企画です。今回は気合いを入れております。サーシャさん、」
サーシャは嫌ぁな予感がしてきた。
「私は目立つのはお断りだ」
モンジはヤレヤレ、と俯いて首を振った。
「サーシャさん、貴方は勘違いしてらっしゃる」
モンジは続ける。
「貴方はすでに充分すぎるほど有名人です。そして、人々が嫉妬するほどに人気者でもあります」
うそだろ···そりゃありえん···。サーシャは思ったが、黙っていた。
「参加者はすべて希望者を募って執り行うつもりです。が、どうしてもどうしても」
モンジの顔がサーシャに近づいてきた。サーシャは目一杯後ろにのけぞる。
「華が!今回のイベントに華が、欲しいのです!」
「···」
プレイヤーを相手に戦うことを、サーシャは常に想定してスキル·ステータス構成、装備の準備をしている。が、別に見世物にするためにやっていることではない。
困ったな···。
どう切り抜けよう、と考え、ひとつひらめく。
「モンジ氏、私の現レベルを知っているか?私は今、レベル128だ。相手がもしレベル50以下なら、失礼ながら一撃で倒してしまうだろう。対等の戦いにはならないのではないだろうか?」
モンジは、この意見を予想していたようだ。
「もちろんそうでしょう。通常の参加者にまぎれ高レベル者が戦えば、そのような意見も出ましょう。ですから、サーシャさんにはゲストとして、参加していただきたいと考えております」
モンジは指を一本、サーシャの顔の前に立てた。
「1戦だけ。最後の最後に上り詰めた勝者と、華麗に戦ってください」
ため息をつくとサーシャは立ち上がり、言った。
「申し訳ないが、お断りする。他を当たってくれ」
普通に参加するのも気が引けるのに、ゲストなんて。これ以上目立ちようがない。
立ち去ろうとするサーシャ。モンジは落ち着いて座ったまま、
「まだすべてを説明し終えておりません。結論を出す前にもうひとつだけ話を聞いてください」
と言うと、別部屋へ案内するため立ち上がった。
豪華な廊下を歩き、モンジはドアを開けた。
部屋に入ると、そこは教室くらいの広さの部屋で、床には芝生。木々が茂り、天井に至っては綺麗な青空が広がっていた。
特に驚くこともない。設定しだいで常識を飛び越え、いろいろな部屋が作れる。
「···」
サーシャの目は、部屋の設定など見てはいなかった。
サーシャの目が捉えているのは、部屋の中央にいる生物。全身が綺麗なピンク色、人の半分くらいの大きさで、ドラゴンをかわいらしくしたかのような見た目をしている。背中の小さな羽をパタパタ動かして、モンジを見つけてピィーと小さく鳴いたが、動こうとはしない。
「この生物をご存知ですか?」
モンジは部屋に入り、生き物の傍に近づくと、優しく頭を撫でた。
「いや···」
「この子は、ゴリニチという生物。ペットです。個体により身体の色が違い、それぞれ色によって様々な特徴を持ちます。非常に入手困難なペットなので、ご存知ないのも無理はありませんね」
なるほど、ペットか。ペットは装備欄で装備することで戦闘に参加させることができる。街にはペットショップがあり、普通に購入できる種類のペットが多く実装されている。簡単な攻撃やスキルを覚えさせることができるが、ステータスが非常に低く、戦闘能力でプレイヤーの助けになるものではない。特にサーシャの狩りではなおさらだ。
「ショップで購入する以外にも種類があるのは知らなかった」
サーシャはゴリニチに近づき、そっと撫でた。ゴリニチは気持ち良さそうに目を細める。
「赤·青·緑·黄色、4属性それぞれの色のゴリニチは、それに対応する属性攻撃をするようになります。ショップに売っているペット達よりはステータスが高いですよ。この子を入手する事に、LFOでの時間のすべてをかけているプレイヤーもいるくらいです」
ベルベットのような手触りで、撫でているだけで心地よい。ゴリニチは、サーシャが自分に危害を加えないと判断したのだろう。そっと立ち上がった。
「ちなみにこの子、ピンク色のゴリニチは···」
モンジがゴリニチの腹のあたりを探った。
再びモンジが立ち上がると、手に卵を持っていた。
「卵を産み、繁殖します」
にっこり笑って、モンジは言った。
「貴方を見世物にする見返りに、この卵の中の子を差し上げる。という条件はいかがでしょう?きっとかわいい子が産まれますよ」
なるほど···。さてどうしよう···。悩むふりをしていても、サーシャの心はもう決まっていた。
ピンク色の母ゴリニチは、優しい目をサーシャに向けている。
「モンジ氏、その卵はいつ産まれる?」
モンジはそっと卵を母ゴリニチの元に戻すと、顔を渋らせ言った。
「ワタクシの名は、桜一文字、でございます」
次回1/10更新
ー用語解説
クラン戦:だいたい、運動会で行われる棒倒しみたいなものだと思ってください。
ペット:装備品扱い。AIで動き、行動により経験値加算。スキルやステータスをアップさせる。レベル表記はされないが、内蔵設定にて記録される。
ペットショップで購入可能な物の他に70種程実装されているが、詳細が不明なものが多く、それを研究する事を専門とし、楽しむユーザーもいるくらいである。