第5話 運は天に
♡あけましておめでとうございます♡
そんな一般的行事関係なく、今年も続きます。
活動報告も合わせてお楽しみください!
サーシャはここ数日ずっとコルキスの洞穴に篭りきっていた。
ここはボスフィールド。2〜3時間ごとにボスが1体、取り巻きが8体ポップする。ラーミャの世界にボスは現在12体実装されており、ここのボスが最強と言われている。
この洞穴に来るためには、2週間ほどかかるフラグクエストをこなし、さらに非常にレアなアイテムを毎回消費しなければならないので、サーシャが篭っている間ここを訪れる者はほとんどいなかった。
サーシャは片膝を立てて目を閉じて座っている。狩りのときとは違い、背中には大剣が1本と大きな弓をしょっている。手元にあるアラームが鳴り響く。ボスは倒されてから2時間後〜3時間後の間にサーシャのいる大広間のどこかにリポップする。湧き時間と湧き場所は完全ランダムで、確実にF Aを取るためには最長1時間、集中していなければならない。
サーシャは目を開け立ち上がり、弓矢を構えて静止した。
右手のほうからモンスターポップ時のS Eが聞こえる。
サーシャは音のするほうに弓矢を放つ。赤いカーソルを掲げながら、ボス:アリエスがサーシャのほうへ走り寄ってきた。FA成功。あとは取り巻きを倒しボスを倒す。いつもの作業。
どのMMOでもそうだが、ここラーミャでもボスモンスターはパーティ攻略を想定して作られている。レベルが130に届きそうなサーシャでも、気を抜けば死ぬ場合もある。
最初に遠距離武器を使うのは確実にFAを取る常套手段であるが、サーシャは一般プレイヤーが来たら譲るつもりであった。警戒しているのはボス張り付き専門の悪徳プレイヤーで、チートで湧き時間と湧き場がわかるパルスレーダーを使い、湧きと同時に現れる。FAが他者に取られた場合、そのプレイヤーを攻撃して追い出してしまうという。奴らに横取りされるのだけは避けたかった。
もう30体目になろうかという、ラーミャ最強のモンスターを難なく倒したサーシャ。頭上に「Congratulations!!」の文字が現れたが、目もくれずドロップ品の確認をしている。
「く···」
サーシャはドロップ運が悪い。モンスターからのドロップは、各アイテムごとに出現する確率が設定されている。出やすいアイテムもあれば中々出ないアイテムも存在し、要はランダムなわけで、そこには運もなにもないはずだが、狙ったアイテムが簡単に手に入ったことのないサーシャには、運のなさを嘆く以外道はなかった。
今回はこの、最強と謳われるボス:アリエスから、非常に稀にドロップされるアイテム:オリハルコンを狙っている。新しい鎧の材料にするためだった。
アラームを2時間後にセットし、サーシャは寝転んだ。
漫画とか、テレビとか、実装すればいいのに···、2時間もこんな所で何しろってんだ。
思い出す···。第1のボス:ピーシーズ···。あそこは良かった。通常の狩りフィールドだったから、待ち時間は狩りや採集をして暇が潰せた。錬金に使う光輝石を集めるのに彼が夢中になって、気づいたらボスは誰かに倒されてた、なんてこともあったっけ···。
はっと気付くとアラームが鳴っていた。
サーシャは頭を振りつつ起き上がり、弓矢をかまえた。
ゲームの中で夢を見るなんて馬鹿げている
今いるここが夢の世界。
なにもかもが叶う世界、そうだろう?
チッと舌打ちをしてサーシャは雑念を取り払うかのようにスキル:チャージで力を貯めた。サーシャの攻撃力が劇的に上がっていく。
それは一発で世界そのものを壊してしまうかのような勢いだった。
やっと手に入れたオリハルコンを手に、サーシャは街に来ていた。
ここははじまりの街。ラーミャの中心に位置する街で、クエストも集中していることもあり、プレイヤー露店はたいていここに設置されている、人の行き来の多い場所だった。
自力で進むのがMMO。というのがモットーのサーシャでも、モンスタードロップに引き続き苦手なモノがある。それが精錬だった。
その昔は下手な鉄砲数撃ちゃなんたらで、いくつものレアな素材をゴミ屑に変えてきたが、今はもう観念して友人に一任している。
「ギミク!」
サーシャが手を上げると、ギミクと呼ばれた大男がこちらを向いた。
「よう、サーシャ。今回は何体逝った?」
片方の口角をクイっと上げて笑い、ギミクは指を3本立てた。
サーシャはフンと鼻を鳴らし、悔しそうに指を5本立てた。
「ぶわっはっはっは!50体!?お前それ絶対途中でドロップ見落としてるよ!」
どっか、と机の上にオリハルコンを乗せると、自分も机に腰掛けサーシャはギミクの鼻に指を突き立てた。
「神は耐えられない試練をお与えにはならない。私に50連勝する力があるとお見通しだったのさ」
「確かに。ラーミャ広しといえど、あのアリエスを50体倒し続けるのはサーシャ、お前だけだぜ」
オリハルコンをポンポン叩いてギミクは言った。
「お前は神を超えたんだ、50体···くっくっく···」
ふう、と息をつくとサーシャはもう一つアイテムを取り出した。先日、アリフィスからもらった素材だった。アイテム名は『バジリスクの鱗』サーシャの言った戦法で、無事に再び、採掘場へたどり着けたのだろう。お返しに、サーシャは倉庫で腐っているいくつもの合成素材をアリフィスに押し付けた。サーシャの生産レベルではどれも扱えないレア物ばかりだ。
「今回はこれも混ぜたい」
バジリスクの鱗は、かすかに仄めいている。
「こいつは···」
ギミクは目を丸めた。
「こいつを入手するとは···。いい研削スキルを持ってる奴がいるな。で?剣か、鎧か?」
手のひらほどもある鱗を、ギミクは器用に手の上でクルクル回した。
「鎧を頼む。いい数値が出れば、これで魔法防御が目標値に達するはずなんだ」
ギミクは、精錬のためのスキルを準備しつつ首を振った。
「お前に攻撃スキル当てられる奴が、一体この世のどこにいるってんだよ···」
サーシャは薄く笑うと部屋の隅に移動した。
何度見てもギミクの精錬スキルは、派手だ。赤や青や緑の光が部屋いっぱいに広がり、大きなギミクの体をさらに大きくしたギミクの影が、部屋の中で踊る。
「ホレ、今日もいいできだ。お前によく似合う色合いになったぜ」
ひょい、と無造作に投げられた鎧は、なるほどいい数値をたたき出している。
「毎度思うが、最後のおたけびは何のスキルなんだ?数値上昇スキルの重ねがけかなんかか?」
鎧をよく眺めながらサーシャは聞いた。
「阿呆」
ギミクはひと仕事後の一服をきめながら目を細めて窓の外を見ている。
「あれは気合だ。あぁしないといい数値はでねぇ」
職人の思い入れは、サーシャには理解しがたい。
ギミクにお礼を支払い、サーシャは賑やかな街を歩いていた。
人々を見ていると、人種が増えたな、と思う。
昔は皆がレベル上げに明け暮れていた。当然身につけるものは無骨で、実用性重視。
プレイヤー外見も屈強そうなグラフィックが多かったが、今は多種多様になってきた。
今すれ違った者など、耳が伸びていたような···うさぎ?
後ろを振り返り、プリプリとしたおしりと丸い尻尾を眺めていると
「もし、そこの方」
と声をかけられ、サーシャは顔を向けた。
「ワタクシの目が正しければ、人々に『白い閃光の騎士』と謳われる英雄。サーシャさんではないでしょうか?」
白い閃光?騎士!?なんだそれは···。
「確かに私はサーシャだ。あなたは確か···」
黒に見えるほど濃い紫の燕尾服。腰に届かない短いマント、服と同色のシルクハット。ニッコリ笑って右手を胸に置き腰を曲げているその姿はまさしく
「モンジ氏、ですか」
ふーぅ、と残念そうに息を吐き、モンジは言う。
「ワタクシの名は桜一文字。よろしければそう、お呼びくださいませ」
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ー用語解説
FA:ファーストアタック。戦闘モードになってないモンスターに最初に攻撃を与えたキャラクターは、倒した場合のアイテム優先所有権が付与される。優先効果時間は討伐から40秒。経験値は、それに関わらず与えたダメージ分で配分される。
精錬:素材をかけ合わせ、装備品を作成することが出来る。各種精錬スキル所持により、同じ装備品でも性能が上下する。いい数値の物を売りに出し生計を立てるユーザーもいる。