第3話 プリズン
活動報告も合わせてお楽しみください!
アリフィスは立ちすくんでいた。
元々血なまぐさいのは好まない。ここLFOに来たのも、現実世界では実現不可能な鍛冶屋が体験できるからで、事実この世界に来てアリフィスが倒したモンスターは、戦闘システムを説明するチュートリアルのねずみ1匹だけである。そんなアリフィスを理解し、現在のレベルまで連れてきてくれたのは、仲間のガンとジープだ。いつも剣やスキルを駆使し、たくさんのモンスターを狩ってくれてきた。彼らがいたから、今やアリフィスは各種生産スキルをMAXまで上げ、思う存分武器やアイテムが作り出せるのだ。
そんな彼らが、ロクな反撃もできずに負け、死亡した。すでにHPは0。相手はモンスターではなく、アリフィスらと同じ、プレイヤーだった。闘技場ではなく普通のフィールドで、プレイヤー相手に攻撃をして、最悪倒してしまうPKを楽しむ奴らがいるという事は、話で聞いて知っていた。アリフィスは、そんな奴らが到底理解できないが、こいつらがそうなのだろう。
デッドといっても、帰還コマンドを選択しなければ30分間そこに横たわったまま、会話は普通にできる。ジープは動けない体をなんとかよじり、アリフィスに言った。
「無理だ、意地を張る必要はない。渡してしまえ。また来ればいいから」
グリリ···と、そのジープの顔を踏み潰す男。
「おいおい、死者は語らないのが原則だぜ。黙ってなよニーチャン」
死んでるんだから、なぁ?と下卑た笑いの全身黒づくめの男が3人。全員背中に銀色に光る槍をしょっている。1人は少し下がった場所で両腕を組んでいる。2人はそれぞれガンとジープの傍に立ち、剣をいじりながらアリフィスの方を向いていた。
腕を組んだ男が口を開いた。
「この辺りに希少な素材を発掘できる採掘場が存在するって噂を聞いたんだ」
アリフィスは思わず手にしたバックを握りしめた。
その動きを見ながら腕組みの男は微笑を浮かべ、ゆっくりと言う。
「君のようなNPCまがいの生産君なら、何か心当たりがあるんじゃないかと思ってね」
男らは、最初からわかっていたのだろう。アリフィスが生産スキルしか持っておらず、採掘のためにここまで足を伸ばしていたことも、採掘で得たアイテムを、彼が持っていることも。だからこそ、アリフィスを残し、先に攻撃タイプの邪魔者を倒したのだろう。
アリフィスは震える膝になんとか力を入れながら言った。
「俺たちはここの林でレベル上げをしていただけだ。取得したのは果物くらいで、お前たちに渡すものなんか何もない」
ガンの傍にいた男が一歩前に出た。
「生産君。あまり調子に乗らないほうがいいぜ。これがなんだか、知ってるか?」
男が手にするのはチートアイテム:トレース。元々マッピングのお助けアイテムとして存在したレーダーに、違法改造を加えた物である。
「いい子にしないならお前にこれをつけてやろう。どこにログインしても、すぐに張り付いてやるよ。もうデートもアイテム採集も、クソもできねぇ」
ぎゃはははは、と笑う男。
アリフィスは唇を噛んだ。くそ···くそ···っ。
ジープとガン、2人の手前口には出せないが、バジリスクに勝てたのはたまたま運が良かっただけだ。もちろんアリフィスは見ていただけだが、だからこそよくわる。
スキルが使えない罠場での超高DEFのへび。今回勝てたことのほうが奇跡だった。
次に行って、勝てる可能性は、低い。
絶対に作ってやるんだ、約束したんだから。2人に、現存する最高の装備を持たせることが、俺がLFOに接続する理由なんだ。
アリフィスは固く目をつぶり叫んだ。
「トレースでも何でもつければいい。お前に、俺のクソを拝ませてやるっ!!」
ガンとジープは身をよじった。
「ばっ···馬鹿っ!」
「だめだ···っ!」
2人の傍にいた黒づくめの男が動いた。
ギィィィィン···っ!
あれ···痛くない···。ゲームだから死んでも何も感じないのかな?
アリフィスは固く閉じていた目をうっすら開けた。途端、目の前に薄く笑う少女の顔があった。
大男2人の剣を、大剣一本で止めている。剣からは火花が飛んでいた。
「おもしろそうなことをしているな。私も遊びに加えてもらおう」
キィンっ!と2人の剣をはじき男たちに向き直り、サーシャはアリフィスの前に立ちはだかって、
「もう少し後ろに離れて」
と小声で囁いた。
後ろに控えていた男が腕組みを解く。
「横殴りは晒し対象だぜ。何のマネだ、ヒーローごっこか?」
フンと鼻で笑いサーシャはアイテムを取り出した。
「ヒーローだと?そんなつまらない真似はしない、安心しろ」
サーシャの取り出したアイテム:プリズンは20cm程の長方形の形をした石で、中は黒い煙が渦を巻いている。
「これがなんだか、知ってるか?」
意図的に先ほどの男の口真似をしつつ、サーシャは禍々しく光るスフィアを頭上に掲げた。
「なんだ···それは···チートじゃねぇのか!?」
中から黒い煙が外に吹き出し、そのままドーム状に煙が降りてくる。サーシャを中心に20m四方が、煙からできたバリア圏内に入った。
「さて、行くぞ」
サーシャはいつもは使わない方の大剣を横に構え補助スキルを唱えた。
「おいおい待てよ、なんだこれっ!?」
シュ···ッ!
先ほどジープの顔を踏みつけた男が、サーシャの一撃でクリティカルヒット。HPはほぼなくなった。
「···!」
残りの2人は、それに反応することすらできない。
「ぐわぁ···っ!なんだこれ···、おい!」
倒れる男、全身がデータ化し、崩れていく。
サーシャはその男の顔を踏みつけた。
「説明が必要か?お前は消えるんだよ、この世界から。この空間内はダメージに応じてキャラクターデータが破損する。お前たちではたどり着けない場所にあるアイテムを入手し、それを元に私が改造した。死=消滅だ。わかりやすくていいだろう」
パキィーンという音と共に、男は消えた。
腕組みしていた男は、今は手に転移スフィアを持っている。サーシャはそれを横目で見て、言った。
「移動はできない。せっかくのお遊戯だぞ。ゆっくりしていってくれ」
ログアウトはできるが、彼らに教える義務はない。サーシャがそのままプリズンを発動しておけば、次にログインしたときはまた捕まる。背に銀の槍をしょった男らを、サーシャは逃すつもりがなかった。奴らのクラン名は『ダークランス』。バッファというマスターの元、チート行為をものともせずPKを繰り返す一団だ。
再び剣を横に構え、サーシャは不敵な笑みを浮かべた。
「私を殺せば私が消える。やってみるといい」
舌打ちして男は転移スフィアを投げ捨て、剣を持った。
アリフィスは腰が抜けてその場に座り込んでいた。ありえない、なんて強いんだ···。
最後の男もなぎ払われ、光となって消えていった。サーシャは再びアイテムを頭上にかかげ、バリア空間を消去し、息をついた。奴らの顔は見たことがない。これで終わったわけではない···。
サーシャは大剣を背にしまい、そっと左手首を抑えた。が、すぐに気を取り直し顔を上げた。
アリフィスはまだ座り込み、ボーっとしている。ガンとジープは帰還期限の30分が過ぎ、すでに各家に戻っていた。
アリフィスの傍まで歩み寄ると、サーシャは手を差し伸べた。
「立てるか?」
アリフィスはこわごわ手を出す。温かい。つい、先ほど、現実世界で言う殺人を犯した人の手とは、思えない。
「ありがとう···助かったよ。運営の人···じゃないよね。チートアイテムだものね···」
アリフィスはサーシャが手にするスフィアを盗み見た。
サーシャはふっと笑うと、手にしたスフィアをポンと投げ上げインベントリにしまった。
「ヒーローになる気はないんでね。礼を言う必要はない。状況を見極めるまで隠れて見ていた。おかげで怖い思いをさせてしまったようだな」
ふるふる、とアリフィスは首を振る。
「俺が一つでも攻撃スキルを習得してれば、もっと違ったかもしれない。いつでも2人に任せっきりにした報いかな。バジリスクだって···。俺も強くならなきゃ···」
アリフィスは遠くを見つめながら、最後の方は独り言のようにつぶやいた。
サーシャはアリフィスを見つめた。
「人の強さは攻撃力だけでは決まらない。特定の人間と長く共にいれる、これは君の利点だ。君たちはとてもいいパーティだと思うよ。あの洞穴は、君たち3人のためにあると言っても過言ではないと思うけどな」
アリフィスは怪訝な顔をしている。
「俺たちの?」
「あぁ。ナイトの彼がバジリスクの攻撃を受ける。その隙に剣士の彼がバジリスクの弱点の頭を攻撃する。そして最後に、君が彼らをまた強くする」
アリフィスは、ハッとした顔になった。
「君がいなければ進まない。そしてまた、彼らがいなくても進まない世界、なんじゃないかな?」
ちょっとヒーロー臭いか···、とサーシャは照れくさそうに笑った。
次回12/27更新
ー用語解説
LFOの仕様上、どのフィールドであってもモンスターのみならずプレイヤーにも攻撃が可能です。パーティを組んでいるものには攻撃が干渉しない為、複数でモンスターを狩る場合必ずパーティを組む必要があります。
同パーティではこの他に、フラグが共用される。経験値がレベルと与ダメージに応じ配分される。死亡帰還時はリーダーの自宅になる。などの効果が付随されています。
クラン:人々の集まり。離れていてもチャット可能。マスターの招集により瞬時に一箇所に集合可能。
パーティ:上記の通り
フレンド:オンオフラインがわかる。居場所がわかる。1:1チャットができる。
ペア:効果はフレンドとほぼ同じだが、1プレイヤーにつき1人のみ。プレイヤーには結婚システムと呼ばれている。
プリズン:アイテム。どこからかサーシャが入手してきたシステムに、違法改造を加えたチートアイテム。その効果範囲内で攻撃を受けると、ダメージに応じてキャラクターデータが破損し、HPが0になるとキャラクターが消滅する。
ダークランス:クラン名。マスターはバッファ。黒ずくめの装備を着、背中に銀色の槍をしょった、プレイヤーを狩って楽しむ異端集団。