第2話 マッピング
活動報告も合わせてお楽しみください!
サーシャは走っていた。周りの景色がかすんでみえる。リアルでは考えられない程の速度が出ているのだろう。走ったまま、サーシャは背中の大剣を引き抜き、目の前に現れた崖を飛び降りた。
直後、後ろから巨大なドラゴンが現れ、サーシャをあと一歩の所で逃し空を噛んだ。
空中で体制を整え、サーシャはいくつかの補助スキルを唱える。物理攻撃力が上昇し、火属性防御がかかった。地面に着地すると同時に真横に飛ぶ。サーシャが着地したちょうどその場所に、ドラゴンは降り立った。大きな咆哮、口からは炎がくすぶって見える。ドラゴンのカーソルは赤。すでにターゲッティングされている。
サーシャは何かをつぶやきながら剣を構えた。途端に剣が氷の刃と化す。
ドシィーン···。
ひどい地響きとともにドラゴンを討伐。すると、ドラゴンの火を受け燃えていた木々や地面が、元通り静かに風にゆれ始めた。サーシャも頬にひどい火傷を負ったが、『ヒール』を唱えると跡形もなく消えた。
当然といえば当然。ここはラームフルオンラインの世界、ラーミャ。ゲームの世界に傷はつかない。
サーシャはマップを起動し、現在地を確認した。まったくとんだ災難だった。
ドラゴンは、レベルや倒しにくさの割に経験値が低く、育成には向いていない。稀にレアなアイテムがドロップされるが、たまたま出会ったモンスターからたまたまレア品がドロップされるなど、サーシャに限ってありえない話だ。
マップによると、どうやらここはイポルポリ街より北東30kmほど行った地点。ラーミャは広大だ。ここで何年も過ごすサーシャですら、まだマップ更新されていない場所は山ほどある。
まずは道を見つけなければならない。サーシャは剣をしまうと南の方向へ歩き出した。
目の前に現れる敵を倒しつつ2時間ほど歩くと、足元に道が出現した。道は東と西にほぼまっすぐ伸びている。サーシャは顔を上げると迷わず東へ進んだ。西に行けばイポルポリ街へ出るだろう。それはサーシャのよく知る場所で、マップにもすでに乗っている。
知らない場所のマッピングは、できる時にできるだけ進めておきたい。
道は多少上り調子に進み、3時間ほどで洞穴が出現した。周りのモンスターレベルのバランスから見るに、適正レベル70程度のダンジョンといった所か。サーシャは鎧の耐久を確認し、所持アイテムを調べた。回復薬は準備したまま残っている。いざというときの転移スフィアもある。余程の事がなければまず問題はなさそうだ。
だがサーシャは、洞穴から覗いている暗い入口を眺め、いい予感がしなかった。ラームフルオンラインで現在実装されているボスモンスターは12体。そのすべてをサーシャは討伐したことがある。つまりこの先にボスはいない。だがサーシャの研ぎ澄まされた感覚が警鐘を鳴らしている。何かが、ある。
···望むところさ。
サーシャは洞穴の中へ進入していった。
奥に進むにつれ、モンスターのレベルが上がっていくのはダンジョンの基本で、ここの洞穴も同じのようだった。とはいえ、レベル130に届きそうなサーシャの敵ではないが。
ほの暗い通路を1時間も進んでいくと大きな広場に出た。
「···」
サーシャは、マップ転送時のラグのような違和感を覚えた。洞穴の床は、見た目はつながっているが、この部屋だけ管理サーバーが違うのかもしれない。
部屋の中はひどく暗いが、何かがいるのは気配でわかる。
と、途端に明るくなりイベントバトルの開始ログが流れた。このバトルの勝利が何かのクエストのフラグになるようだ。
目の前に、体長5mにもなる巨大なヘビのモンスター:バジリスク(Lv80/HP56000)が出現。一口で、サーシャなど丸呑みにしてしまいそうな大きな口から鋭い牙が覗いている。カーソルは当然赤。鎌首をもたげ、サーシャを見つめている。
「ボスじゃなくイベントモンスターか···」
つぶやきながら背中の大剣を引き抜く。さっきの予感はこれか?ボス属性のないモンスターでひびるとは、私もまだまだだな。
いつものように補助スキルをかけ、戦闘準備をはじめようとするサーシャ。
「···っ!」
一瞬の隙をつき、バジリスクがサーシャに襲いかかる。間一髪で攻撃をかわし、サーシャは後ろに飛び退いた。
スキル無効空間···だと···。
さっきの違和感は、罠マップへの転送ラグだった。ここはスキル使用禁止マップ。自身の力のみで攻略しなげればならないようだ。
サーシャはバジリスクの攻撃をかわしつつ、『スコープ』を覗いた。表示されたバジリスクの情報はやはり、ボス属性がついていないことを表している。つまり、状態異常が通るのだ。が、今回は事前の情報不足、準備不足。有効なアイテムは何も持っていない。
せめて弱点属性が何かついていれば属性のついた剣に持ち替えることで火力の底上げになるが、残念。無属性のようだ。
ここは力でゴリ押しか···。
サーシャは大きく飛び上がり、剣を構えるとバジリスクを、頭と尻尾に大きく二つに割るように剣を振り下ろした。
ガキィーン···ッ!
硬質な金属音が広場中に鳴り響く。恐ろしく硬い。もう一度スコープを覗くと、バジリスクの体の部分の物理防御力は97と出た。体中を鋼のような鱗が覆っている。
「おいおいおい···こんなの、1ヵ月間殴ってても無理だぞ」
すんでの所で攻撃をかわし、広場を見回していたサーシャの頬を、バジリスクの尾がヒットした。鋭い棘が無数に伸びた尾の攻撃は、一撃でサーシャを部屋の隅までふっ飛ばす勢いだった。
「まずいな···」
イベントマップで転移スフィアは使えない。ここから移動するには、バジリスクを倒してイベントを終了させるか、死ぬ事で家に帰還するか、どちらかしかない。
ラーミャの世界では、死んだときのペナルティ·デスペナが存在する。それは現在たまった経験値の2%を失うというものだった。サーシャは今、レベル127の60%。つまり今死ぬと、レベル128になるまでに必要な経験値の1%強を失うこととなる。
経験値を1%ためるのにかかる時間を考えると···何が何でも攻略するしかなかった。
ふーぅ、と息を吐くとサーシャはつぶやいた。
「まったく今日は運が悪い」
流れ出る血を拭い、サーシャはそこからしばらくバジリスクの攻撃を避けるのに徹した。
攻撃は4パターン。
1,牙で噛み付く。2,首で押し潰す。3,首でなぎ払う4,尾でなぎ払う
尾に状態異常がセッティングされていなくて助かった。麻痺でもくらえばそこで終わっていた可能性もある。バジリスクと言うからには、牙には毒がついてるかしれない。毒消しは持っているが、噛みつかれたいとは思わない。
2,首で押し潰す。の攻撃の後は必ず大口開けて牙で来る。
このパターンを読んだサーシャは、剣を細剣に持ち替え、タイミングを待った。
今だ···っ!
大きな鎌首がサーシャを潰そうと狙う、それをかわし、バジリスクが口を開けるのを見る。そこでサーシャは真上に飛び上がる。思惑通り。バジリスクの牙は硬い床に深々と突き刺さった。
真上に飛んだサーシャは細剣をかまえ、落ちていくスピードに自身の力を乗せ、そのままバジリスクの眉間に剣を突き刺した。
吹き出す血しぶき。暴れる尾にいくらか攻撃をくらうが、サーシャは頭に突き刺した剣を離さない。バジリスクのHPバーはどんどん減り、ついに討伐成功。
どうやら1%の経験値は失わずに済んだようだ。
「ふぅっ」
短く息を吐き、サーシャは剣を収めた。
ドロップは『バジリスクの卵』と『夕日の水晶』
卵はアイテム合成の素材か何かだろう。水晶のほうは···。
サーシャは夕日の水晶を手に取った。菱形のガラスのような石の中に、ほのかにオレンジに光る石が浮いている。
「綺麗だな···」
水晶をよく見ようと掲げると、そこでシステムログが流れた。
〈フラグ回収〉
下部ダンジョンへの道を開きます
次の瞬間、広場の床が消滅し、ぽっかりと穴があいた。
あ、と思う間もなくサーシャは、深い闇へと吸い込まれていった。
「ん···」
サーシャは目を開け、まず鎧を見た。次に剣が手にあることを確認し、上を見上げた。
真上にバジリスクマップの床があるのだろうが、今は漆黒の闇に沈んでいる。次に罠にかかるプレイヤーを、すでに復活したバジリスクが待ち構えているのだろう。
サーシャは立ち上がり、無駄とは思いつつマップを起動した。もちろん、一面灰色。マッピングしていかなければ進む道はわからない。
ここは自然にできた横道をイメージしているようだ。人一人がやっと歩ける程度の高さの横道が蛇行しながら続いている。照明はなく、ひどく暗いが完全な闇ではない。周りを囲む岩そのものがほの暗く発光している。岩に触れるとその部分だけ強く光った。
「へぇ···」
気軽に来れるならいいデートコースになりそうだ。バジリスクに睨まれた後でロマンティックな気持ちになれるなら、だが。
横穴はやがて、たくさんの分かれ道となり広がっていった。気を抜くと本道から逸れて迷い込んでしまうだろう。サーシャは生産系のスキルを持っていないので推測でしかないが、もしかしたらここは採掘場なのかもしれない。いい素材は、入手するのも命懸けだ。
つくづく運営は、「協力」を推しているんだな···。サーシャは苦笑した。
先ほどのバジリスクを倒し、ここに来るフラグを立てるには、戦闘に特化したスキル·ステータス構成でなければ難しいだろう。それでは採掘スキルを上げる余地などありはしない。戦闘役と採掘役、どちらもそれぞれに精通したプレイヤーがいなければここのダンジョンは意味がない。
やがてマップは、この先に出口があることを示し始めた。サーシャが洞穴から出ると、出口は消滅。一方通行、毎度あのバジリスクと遊ばなければならないようだ。
サーシャは伸びをした。現実なら、目が光に慣れるまでしばらくかかるだろうが、ここではそんなこともない。
10時間で得たものはバジリスクの卵とやらひとつか。
現在地がすでにマッピングされている場所であることを確認して、サーシャは『リバーシ』を唱えようとした。
ギィィィィン···
この音は···っ!
サーシャは全身粟立った。剣を抜き、探索レベルをMAXまで上げて周りを見回す。聞いたことがある、この音は。一度だけだが···。
かすかだが、聞こえる不快な不協和音。この音はプレイヤーがプレイヤーを攻撃する時に鳴り響くS E。
「忘れるはずもない···っ!」
10km離れた場所にプレイヤー数人がいるのを発見し、次の瞬間にはサーシャは走り出していた。
次回12/24更新
ー用語解説
転移スフィア:アイテム リバーシと同等の効果(キメラのつばさ)
スコープ:アイテム モンスターのステータスを調べる。一部見破れないモンスターも存在する。
DEF100で、物理攻撃は一切通用しなくなります。
M.DEF(魔法防御力)100は、現状到達できない仕様になっています。