第22話 心に残る傷とその深さ
クロトはサーシャの家のソファに座って頭を抱えてうなだれていた。
クロトがLFOを始めたのはいつだったか。もう数ヶ月にはなると思うが、大抵の人がそうであるように、ログイン時間だけで計算すると数日分にしかならないであろう。
人生の中の余暇の部分、の、更に気が向いたときにフラッとログインする程度だ。
他にも3本ほどやっているゲームはあるし、オフラインの家庭用ゲーム機でもやることもある。
だから、今回のような強化重視の強行軍は極めて珍しい。
だが、最初に出会ったダンジョンでから、クロトはサーシャを放っておけない気持ちにかられていた。
サーシャのゲーム姿勢は物凄く偏っている。偏るどころか、レベルを上げる、それのみである。それが悪い事とは言わないが、クロトから見てサーシャは全く楽しそうには見えなかった。
「ったぁー。焦りすぎたかな···」
サーシャの自宅のソファに座って、クロトはそう呟いた。サーシャは奥の部屋から、まだ出てこない。
それでもがむしゃらに育成をして、サーシャとパーティを組めるようにまでレベルを上げたのは、彼女を理解したいが為だった。
レベル90を超えると、途端に経験値が貯まりにくくなる。目に見えて増えていく経験値バーが、その場に留まるようになる。
クロトはそれでも、サーシャの横に立ちたい、その気持ちで目の前にいるモンスターを捌き続けた。
やっと目標のレベルに達し、フレリスを確認してサーシャの元に、文字通り飛んで行った。
アランシア平原。はじまりの街からほど近い初心者向けのマップ。
あいつこんなとこで何してんだ?
クロトは不思議に思った。レベル上げの間はオフライン表示にして、他からの干渉を絶っていた。なのでここ最近サーシャが何をしていたのかさっぱりわからない。
その前は俺の子守をしていたな···。
あぁ、それならば、またしても誰かにつかまって、レベル上げの指南でもしているのか。
フレリスの現在地は、マップ名しか表示されず、そのマップのどこにいるのかは自分で探すしかない。
クロトは形成される道周辺を重点的に、探し始めたのだった。
あンの野朗、あんな端っこにいやがった···。
どこをどう考えてもユーザーがいるはずのない場所に、サーシャは立っていた。
心なし首を上に向けて、両手をだらんと下げ、ただ、立っていた。
クロトは周りを見回す。誰もいねぇじゃねーか。何もねぇし···。何してんだ?
そして話しかけたのだ。
「サーシャ」
振り返った時のサーシャは、今にも溶けて消えていきそうに儚く、その色すら薄く、見えた。
サーシャはずっとこのラーミャの中にいる。その内、自身の境界線を凌駕してこの世界に溶け込み、一体化したっておかしくない。
クロトは、自分の中に湧いた馬鹿な考えを、頭を振って消し去った。
墓参りだと言って座る彼女の後ろに立ち、ただ待った。
と言うより、クロトはサーシャから目を離せなかった。離せばきっと、サーシャはこの電子世界に溶け込み、もう戻って来ない。そんな馬鹿な考えに支配され、クロトはサーシャを見張るように、その場に佇んだ。
この世に留める為、クロトは強引にサーシャをパーティに誘う。
Maggと接していた時とはかけ離れた弱々しい彼女を、とにかく楽しませたくてクロトは色々考えた。
一緒にいると彼女は本当に普通の人だった。なんでもかんでも知り尽くして、説明口調ですべてを示してくる彼女はそこにはいない。どちらかというと不器用で、怖がりで、引っ込み思案な女性。
たぶん、彼女は元々はそんな人間なんだろう。
どこにでもいる、普通の女の子なんだ。
どんな理由があるかはわからないが、無理をして今の自分を形成しているんだ。
バーチャルな場で、自身のキャラクターを設定する人間はたくさんいる。大人ぶってみたり、ぶりっ子になってみたり、性別すら誤魔化すくらいだ。色々いる。
それ自体は別になんら珍しいことでもない。
そのままでいい、今のサーシャが、サーシャだから。そのままで、一緒にいたい。今日のように、楽しみたい。クロトはそう思った。
そしてペア申請を申し出たのだ。
クロトはLFOでペアを組んだことがない。申請を、した事もされた事も、ない。だから、相手にペアがいた場合、元のペアのキャラ名がシステムログに表示されるということを知らない。
サーシャがさっき、数年ぶりにシギアの名を見たということも知らないでいた。
メールも送れず、家も消去され、シギアがこの世界にいた証はすべて消え去ったと思っていた。
それでも自分の胸に刻みつけていこうと誓ったはずだった。
それが、こんなにも近くに、シギアはいた。
たった一つ残った証。
それを確認できるのは
他に気持ちが移った、時。
サーシャは、クロトのペア申請の後、ウンともスンとも言わなくなってしまった。
ただただ静かに泣くサーシャを、クロトはどうしようもできなくて
「とりあえず帰るか」
とサーシャの自宅にリバーシした。
すると
「鎧が濡れた」
と呟いて、サーシャは家の中へ入っていってしまった。
玄関のドアを開けたまま行ってしまったので、仕方なくクロトは中に入り、ソファに座ったのだ。
恋人岬のあの噴水で、装備が濡れることはない。
だからサーシャのあの呟きは「どっか行け」って意味だったのかもな···。
クロトはそう思ったが、それでも今のサーシャを放ってはおけない。
むぅ〜、と悩むクロト。
コト、と音がしてクロトは顔を上げた。
「サー···」
クロトは目を見開いたまま固まった。
奥の部屋から出てきたサーシャは、かろうじて両手で隠してはいるが、上半身裸だった。クロトは息を呑む。
サーシャは感情の乗らない言葉でとつとつと語りだした。
「私は、その昔まだこの世界のシステムが安定していない頃、PKの被害に合い相方を失った。それからは、そのPKの犯人をこの世界から抹消するためだけに生きてきた。新人を見張り、自身を強化し、チートツールを磨き···。そして先日、私はあいつらを、殺したいほどに憎みながら、消去した」
サーシャの顔は暗い。クロトはじっとサーシャの言葉を聞いている。
「私の中には復讐に燃えた鬼が住んでいる。一度生まれたそれは、もう消えることはないだろう。見ろ」
サーシャは腕をどけた。
そこには、パクから受けた斧の傷が、左肩から胸にかけてパックリと、開いていた。
現実の傷とは違い、中は真っ暗闇。所々に緑色の数字が見える。
「私が受けたキャラクターデータの損傷は、運営でも修復不可能だった。キャラの作り変えを勧められたが、私は断固拒否した。見た目だけ消してどうなる?」
サーシャは前を睨んでいる。
「奴らは消した。が、私の火は消えない。一度住み着いた鬼は、永遠に私の中に生き続けるだろう。このまま共にいけば、私はいつかおまえに迷惑をかけ、結果、悲しませることになるだろう。おまえはいい奴だ、クロト。苦しませたくは、ない」
クロトはじーっとサーシャを見つめていたが、すっと立ち上がると自分のパーカーをサーシャの肩にかけた。
そしてそのままサーシャを抱きしめる。
「おまえは本当に大馬鹿だな、サーシャ。その鬼は独りでは消せないぞ。全部吐き出せ。何度も何度でも、だ。いつか浄化される。その時まで隣で聞いててやる」
そしてサーシャを引き離すと、その顔を見つめる。
「おまえが俺に迷惑をかけるだと?上等だ、俺の迷惑ぶりにかなうものか」
クロトは右手を出し小指を立てた。
「見た目などどうでもいい、システムもクソくらえだ。小指を出せサーシャ。今日からおまえは俺の相方だ」
サーシャは泣いている。その涙は、まるで海の水のように、透明で純粋だった。
サーシャは右手を出す、そして小指を立てた。
「覚悟しろ。他人の事などかまってられないほど忙しく遊ぶぞ」
次回3/7更新にて、本編完結します。




