第19話 座標Y879X667
活動報告も合わせてお楽しみください!
ふと気づくと、サーシャは真っ白い部屋に横たわっていた。
「ん···」
ついクセで鎧を確認する。そして周りを見て飛び起きた。
ここは···っ。
「お目覚めですか?田中さん」
研究員風の男が立っていた。手にはセラルを抱いている。サーシャは男を無言で睨みつけた。
「先日は、大変失礼致しました。過去ログの覗き見···。あれは新人の仕業でしてね。火の6日間に、異様に興味を持ってしまいまして。きつ〜く言っておきましたよ」
「なんの用だ」
間髪入れずサーシャは短く言う。たとえ新人の部下だろうが、こいつらが自分サイドの失態を詫びる為だけにサーシャをここに呼ぶはずがない。
ここは、運営直属の開発室。訪れるのは数年ぶりだ。
男は相変わらず浅い笑いのまま表情を変えず、続けた。
「ご迷惑をお詫びしようと思ったんですよ、本当です。あなたには感謝しているんです。数々の初心者への献身的な補佐行為。ゲームを盛り上げるイベント行為。この間の会議でも、あなたにGMの権限を渡したらどうかって話も出たくらいです」
サーシャは硬い表情のまま
「貴様らの狗になり、その膝下で尻尾を振るなどゴメンだ」
と言う。
「そうですか?色々と便利だと思いますが···。例えば···」
男は意味有りげに言葉を切ると
「狙った相手にログアウトさせないようにするシステムとか、睨むだけで動きを止めるスキルとか···?」
な···んだと···。
男は、片方の腕をふわ〜と広げるような動作をした。
すると、目の前にもう一人のサーシャが出現した。
「···!」
出現した、ホログラフィックのサーシャは、人目をはばかりながらクリップボードを操作している。
あの日、この男の目を盗んで、プリズンとなる大元のシステムをここから盗み取った···。
「こんなことする必要も、なくなるわけですし?プリズンでしたか。あれはちょっと使い勝手悪そうですしね」
サーシャはシュ!と背中の大剣を男の顔に突き刺した。
その昔、世界を創造した神は、人間が恐れおののくほどの強大な力を持っていたという。それもそのはず、造った本人ならどんなルールもお手の物だ。
サーシャの剣は、男の顔を素通りしていた。
そのまま男は続ける。
「我々運営は、異端者が現れても満足な対応ができません。せいぜい何日かのアカウント停止勧告くらいで、実際実行する事も難しいのが現状です。でも、考えてもみてください。あんな奴らが、このラーミャに必要ですかね?」
サーシャは全く同意見だ。が、こんな平和な真っ白い場所で言われると反吐が出る。
「先程の4人は無事、消去されましたよ。あんなやり方して。あれではあなたまでも消えてしまう。皆さんが悲しみますよ。今回はこの働きに対しての特別ボーナスです」
男はそう言い、サーシャにセラルを手渡す。
サーシャはセラルに手を伸ばす為、剣をしまった。セラルを受け取ると、装備せずインベントリにしまい込む。
「貴様と話していると胸糞が悪い。とっととここから出してくれ」
男はヤレヤレ、と首を振りクリップボードに目を移す。
「ではご自宅へ。あ、はじまりの街がいいんでしたっけ?」
サーシャは遠くを見つめる。
「いいや。アランシア平原、マップ座標Y879X667へ飛ばしてくれ」
サーシャは長い時間、ただ立っていた。
ここのマップはまだ低レベル向けなせいもあって、たまに人の声もする。
が、形成される道から少し奥まったサーシャの元まで来る者は、いない。
終わったんだ···。全部消した···。
マスターが消えればクランそのものも消滅する。
もうこの世界に『ダークランス』は存在しない。一部残っているだろうメンバーも、突然クランが解散されれば、まもなく霧散するだろう。
奴らは特に義務感などを持って行動しているわけではない。頭が消えれば勝手に死ぬ。
サーシャはただひたすら、飛んできたその場で遠い空を見つめていた。
「サーシャ」
何時間経っただろう、突然声をかけられた。サーシャは飛び上がる程驚いた。
シ···ギア···。
振り返る、が、そこに立っていたのは、クロトだった。
本当に、クロトか?
キャラのグラフィックなど、選択しだいでどうにもでもなる。見た目ではなく、そうではなく···本当に···?
サーシャはフラっとクロトに近づき
「紫の、車を知っているか···?」
と、聞いてしまった。クロトはその場を動かずにいる。
「紫?知らないな、ラーミャに車なんてあるんだっけか?」
そうだ、そうだ、そんなはずはないのだ。シギアが、例え名前も見た目も違ったとしても、サーシャに身分を明かさずにいるはずがないのだ···。
サーシャはその場に座り込む。
「一体なんだってんだ。ここに、何かあるのか?フレリスを見てこのマップのどこかにいるのはわかったけど、ずいぶん探したんだ。こんな何もない所に何の用があるんだ?」
そう、何もない。
ここはマップ座標Y879X667。その昔、シギアの自宅があった場所だ。
シギアが消えた当初は、家はまだあった。何度も訪れたものだ。が、度重なるアップデートに、いつしか「存在しないキャラの家」として、消されてしまっていた。
今はただの「雑草混じりの平原」という設定になっている。
何かしたい。目印に石を置いたり、記念に木を植えたり。が、ここはゲームの世界。自宅内以外のオブジェクトの変更は、プレイヤーにできるはずもない。
サーシャですら、マップ座標を調べなければ、次に訪れたとき場所もわからなくなる。そんな、場所。
「そうだな。墓参りみたいなモンかな···」
サーシャはつぶやく。クロトは、へぇ、と言って黙った。
それから数時間。サーシャは座って、クロトは立ったまま。一言も発せず時が過ぎた。
サーシャは遂に、フ···と笑うとクロトに向き直った。
「おまえも暇な奴だな、クロト。私に、何か用があったのではないのか?」
クロトは後ろポケットに両手を突っ込み
「用はあるが急ぎじゃない。そっちの用は、もういいのか?」
と聞いた。
驚いた。サーシャは、それは心の中では色々な考えが巡っていただろうが、見た目としては少しも動きもしていない。泣いていたとか、笑っていたとか、頷いていたとか。何もなかった。なのに、待っていたのか?見た目にはわからない用事が済むまで?
「変な奴だ···。もう終わった。待たせたな」
フフン、とクロトはおもむろに右手を差し出す。
サーシャのシステムウインドウが作動する。
クロトさんがパーティ申請をしています。
受けますか?
はい/いいえ
「?」
サーシャは意味がわからずクロトを見た。
「俺、レベル96になった。もうお前とパーティ組んでも減衰しないぜ」
サーシャは目を見開く。
「まぁ、まだまだお前に比べたら弱いだろうけどな。関係ないだろ?そんなの」
固まってしまったサーシャの右手を、クロトは強引に引っ張りパーティを作成した。
「一緒にやろう。きっと楽しめる」
サーシャは固まったままだ。
「わた···私は、もう、やり尽くした···。もう、いいんだ···」
クロトは右手を離さない。
「はぁ!?お前、やり尽くしただって?ラーミャの世界を、お前はナメすぎだ。お前程度の遊び方でやり尽くす程ここの世界は薄っぺらくないぞ」
サーシャはうなだれる。もう、何が何やら···。
「だが、もう、私にはやることがない。ないんだ、何も···」
クロトは片眉を上げてサーシャを見ていたが、離さずにいる右手をグイッと引っ張った。
サーシャが引っ張られ、クロトを見る。
「じゃ、俺のする事を一緒にすればいい。俺が、お前のする事を決める」
次回2/25更新
ー用語解説
開発室:キャラクターデータを検証できる場所。実際BOTを疑われると移動させられたりします。
プリズン:効果範囲内で攻撃を受けると、ダメージに応じてキャラクターデータが破損し、HPが0になるとキャラクターが消滅する。サーシャが開発室に呼び出されていた頃、クリップボードからシステムを盗み出し、それにサーシャが違法改造を加えたもの。
マップ座標は、普段は表示されていません。座標表示コマンドを入力することで調べることが可能ですが、普段それを気にするユーザーはあまりいません。




