第1話 サーシャの日常
活動報告も合わせてお楽しみください!
細剣1本と防御機能のない鎧というラフな装いで、サーシャは芝生の上にちょこんと座っていた。
ここははじまりの街からほど近いロッソ草原。
モンスターポップはあるにはあるが、アクティブモンスターがまだいない初心者向けのマップである。
視線の先にはひとつのパーティがあり、剣士らしき男の子が僧侶らしき女の子を従えてモンスターと戦っていた。どちらもレベルが低いのだろう。攻撃も、回復も、動きはまだぎこちない。HP50ほどのモンスターをやっと倒し、女の子のレベルが上がった。
一桁のレベルの期間は短い。レベル20くらいまでは、相性のいいパーティさえ組めばあっという間に上がる。だがそこまでの経験は、リアルの世界では味わうことのない、深い、濃い思い出となり人々の胸に刻まれ、誰もがラーミャの世界にのめり込んでいく。
サーシャは立ち上がり、服についた芝生を払うと歩き出した。
ロッソ草原の隣に位置するロッソ林。その入り口にさしかかると奥から小さな悲鳴が上がった。サーシャは細剣を引き抜き、林の中へ駆け込んだ。
目の前に現れたのは、モンスター:ベア(Lv15/HP450)
カーソルが赤い。戦闘中だ。
目を向けるとそこには初心者装備の少女が一人。尻もちをついたまま震えていた。
ラーミャの世界では、各キャラクターそれぞれにMAPメモリが設置されており、街から街へ、一度通ると道が形成される。その道の上を移動する分にはモンスターに襲われなくなる。当然道から外れれば、即レベル上げ開始というわけだ。
他者が戦闘中のモンスターはアイテム占有権がその人にあるという印で、モンスターカーソルが赤くなる。それ以外のプレイヤーにもダメージを与えることは可能だが、ダメージ分の経験値は与えたキャラクターに入るため、横殴りと呼ばれ敬遠されていた。
サーシャは細剣を握る手に力を入れた。どうする?横殴りで助けるか様子を見るか···。
女の子と目が合い、彼女の1/5を切っているHPバーを見つつ、サーシャはベアに剣を振り下ろした。
ダメージはオーバーキルの3800。取得経験値はレベル差補正のため1。小さい吐息を吐くと、サーシャは少女を助け起こした。
「あ、あ、あの、危ないところを助けていただき···」
震えつつお礼を言う少女を手で制し、サーシャは言った。
「助けになったのなら良かった。まずは道の上へ移動しよう」
彼女では、次にポップするモンスターで死にかねない。
安全な道の上で、サーシャは『ヒール』をかけた。少女は名を、リリというらしい。
「本当にありがとうございました。あの、すごく強いんですね」
少女のように微笑むリリ。実のところ本当の性別などわかりはしないが···。
「少なくとも君よりはレベルが上のようだ。見た所まだ10台のレベルのようだが?」
『ヒール』は割合回復。最大HPの6割を回復する。先程かけた『ヒール』でだいたいのレベルの見当がつく。このロッソ林は適正レベルが20。この頃のレベル差は、たとえ1でも、大きい。適正レベルに満たないプレイヤーが一人で通り抜けられる場所ではない。
うつむくリリ。
「はい、あの、どうしてもこの先の街に行きたくて···」
聞けば、リリはリアルの友達とともにラームフルオンラインを始めたのだが、先週からその友達が自分と口をきかなくなってしまったというのだ。フレンド登録をしている為現在地はわかっている。それがこのロッソ林の先、アランシアの街なんだそうだ。
「えぇーと、つまり、君はそこに行って、なぜ彼女が口をきいてくれないのかを問いただそうというわけかな?」
道を歩くHPの減ったプレイヤーに『ヒール』をかけ、お礼を言われつつサーシャは聞いた。
「いいえいいえ!私はただ···」
そう言うと、リリは再びうつむき、そのまま黙ってしまった。
「···」
次の街まで連れて行くことはたやすい。が、自分の力で進むことそれこそが、人々がこの世界にダイブしてくる理由そのものであるとサーシャは考えている。誰かが話を進めて行くのなら映画を見ればいい。そうではなくて、他の人の動きではなくて···。
「あの、サーシャさん!」
リリは決心したかのように顔を上げた。
「もしご存知なら、これから3時間で私がこの林を通り抜けられるレベルになるような狩場を、教えていただけないでしょうか!?」
リリの現レベルは13。3時間で7レベルはかなりのスパルタだ。
加えて、サーシャはまだ、リリがなぜそうまで急いで次の街に行きたいのかを聞いていない。···が、サーシャは頷いた。
「わかった。狩場だけでなくすべて指南しよう。かなり強行になるが、かまわないかな?」
まさか、そこまで付き合ってもらえるとは思ってもいなかったようで、リリは一瞬キョトンとした顔になった。
「あっ、は、はいっ。あの、頑張りますっ!」
頭が地面につくくらいの深々なお辞儀。苦笑しつつサーシャはアイテムインベントリを開いた。
「おそらく君の今の装備では間に合わない。いくつか装備を渡すからトレードに応じてくれ。これで少しは戦闘が楽になるだろう」
リリはトレードに応じつつ戸惑った顔になった。
「こんなに高価な装備···。借りるだけといっても、使えば耐久は落ちますし···」
サーシャはニヤリと笑うと
「君の頑張り次第で使用時間は短縮できるだろう、ね」
リリは困った顔をしつつ、自分のアイテムインベントリを開いた。
「私、高価なアイテムも持っていませんし所持金も少ないんです。せめて私の『キー』を持っていてください」
『キー』は、ログアウトキーとも呼ばれ、LFOの世界にログインログアウトする際に使用するシステムロジック。鍵の形をしていて各キャラクターの固有IDが記憶されている。当然それがなければ通常のログアウトはできなくなるが、紛失の際はGMに連絡することで即座にその場所が調べられるため、高額なアイテムのトレード時に詐欺防止、アイテム担保として相手に預けることがある。『キー』を悪用すると即刻アカウント停止処置が取られるというが、実際に実行されたことはないようだ。
リリの『キー』を手に、今度はサーシャが困った顔をした。
「キーを担保にするほどの高額な装備ではないのだが···。とりあえずは預かろう」
2人は場所を変え、ロッソ平原の南に位置する丘に来ていた。
「ここのモンスター:フィッシュ(Lv10/HP220)を狙う。アクティブのモンスター:ロボップ(Lv13/HP380)との距離は常に注意して、見つからないように」
装備に半ば埋もれながらリリはフィッシュのポップした場所へ歩いていった。サーシャから借りた剣を振りかぶり一発。フィッシュのカーソルが赤くなりリリの方を向いた。
「そこで1歩下がって」
「は、はいっ」
リリが下がったそのマスをフィッシュが攻撃。空振りで自マスへ戻る。
「1歩前に出つつ攻撃、したら1歩下がる。これを繰り返して」
「は、はいぃ!」
サーシャは近くの岩に座り、時折近づいてきたアクティブのロボップにナイフを投げつけその度にオーバーキルで倒していた。
レベルアップの音。リリはすでに1時間以上狩り続け、レベルはすでに16まで上がっていたが、手を休めず次のフィッシュの元に走り寄っていた。
強く···ただ、強く···
あの頃の···私にもこんな手助けがあったなら···
サーシャは小さく笑い首を振り、立ち上がった。
「リリ、そろそろ狩場を変えよう」
そこからさらに1時間半。ひたすらに狩り続けたリリはレベル20になった。
「サーシャさん、ありがとうございましたっ!」
息をあげつつ、リリはその場で鎧を脱ごうとした。
「あの、これ、本当にありが···」
サーシャは焦ってそれを止める。
「リリ、ここでそれを脱いで、アランシアまでどうやって戦う?」
「あ···で、でも···」
装備を借りたまま隣街まで行くということは、そこまでサーシャについてきてもらうということ。リリは鎧を脱ごうとする途中で止まってしまった。
その格好のままにしておくのはしのびないので、サーシャは手短に
「せっかくだから最後まで付き合うよ」
と言った。
レベル表記は15だが、この森にひそむモンスター:ベアは低レベルプレイヤーにとって強敵だ。アクティブで、移動速度が早い上に、物理防御であるDEFが高いせいである。
自分のHPを保持しつつ相手のHPを減らしていく。ここ、ラーミャでの戦闘の基本になる戦法は、フィッシュ相手で覚えるのが一番だと、サーシャは経験から考えている。
リリも、よほどの無理をしない限りいい使い手になるだろう。
やがて隣街の入口が見えてきた。
「私の友達、ラピスって言うんですけど、彼女、今は街の広場にいるみたいです」
フレンド一覧を開きながらリリが言った。
「広場なら、入口入って北のほうだな」
2人は大通りを歩き広場へ向かった。
「あ、あそこに!」
見ると、女性キャラクターが、横にいる男性キャラクターと話をしている。
ラピスと呼ばれたキャラクターは、派手好きなのだろう。実用性より見た目重視の装備で全身をかためており、髪の毛や目の色もきれいに染めていた。
「リリ···」
気まずそうな顔。口もきいてくれなかったというのだから、サーシャもだいたい予想はしていた。3時間近く共にいて、リリの性格はだいたい把握できている。共にここまで来たのも、フォローが必要だろうと考えてのことだった。
「ラピスっ!」
そんな空気を知ってか知らずか、ニコニコしながらリリはラピスの傍に駆け寄った。
「ラピス、あのね···」
「リリ、悪いけど私今この人とパーティ組んでるからさ、だから···」
にっこり笑って、リリは言った。
「うん、あのね、私引っ越すの!」
「え?」
怪訝そうなラピスの顔。リリは気にせず続ける。
「せっかくこんなに楽しい世界に誘ってもらったのにね、もう、ゲームできなくなっちゃうんだ···。どうしてもラピスに誘ってもらったこの世界で、あなたの顔見ながらお礼が言いたくて···」
ラピスはもうリリの顔を見ていなかった。
「あぁ、そうなんだ。残念。じゃぁ、ね」
「うん、本当に、ありがとう!」
ラピスと、傍にいた男性キャラクターは「狩りに行くから」と早々に立ち去った。
その姿を見えなくなるまで見送るリリ。
サーシャが横に立つと、彼女は静かに泣いていた。
「引っ越して、落ち着いたらまた遊びに来たらいいよ。私は待っているから」
リリはサーシャに向き直り
「サーシャさん、本当にありがとうございます。でも、ダメなんです。私、学校でいじめに合ってて、それがきっかけで親が離婚して。母親についていったら、ダイブシップの維持はとてもできませんし、そもそもゲームする時間は作れないと思うんです。」
リリは、パッと顔を上げる。
「でも私!皆が揃って無視する中、こっそり誘ってくれたラピスにくっついてここに来て、ラピスに会おうと無理をして死にそうに怖い目に合って」
リリはもうポロポロと涙を流しながら話していた。
「そして、サーシャさんに会えて、本当に良かった!ここに来て、良かった!」
サーシャはにっこり笑ってフレンドリーシステムを起動し、右手を差し出した。
「あぁ、私も今日はいい出会いをした。フレンドを結ぼう。またいつか、同じ出会いができるように」
次回12/20更新
ー用語解説
ラーミャ:ラームフルオンラインに広がる世界の名称
サーシャ:毎日レベル上げを繰り返す、少女タイプのキャラクター。肩までの黒髪、黒のハーフブーツに黒のショートパンツ、白のボタンシャツの上に簡素に見える鎧をつけ、背中に大剣2本細剣1本を背負い、太腿にナイフを3本装着しています。
装備武器は用途に応じてたまに変わりますが、鎧は必ず装着してます。
ヒール:スキル。対象の最大HPの6割を回復する。
ログアウトキー:アイテム表示されているシステムロジック。ユーザーには『キー』と呼ばれることが多い。内蔵されたIDでゲームに接続している。
ダイブシップ:フルダイブMMOにログインする為の装置。頭に装着するヘッドギアタイプや、ベッドヘッドから配線を伸ばすコードタイプ、そのものに入り込むフルシップタイプなど様々ある。