第18話 換装
活動報告も合わせてお楽しみください!
サーシャは久しぶりにセラルを肩に乗せ、ナチュレルの氷穴へと向かっていた。
氷穴はマップの上でもかなり奥まった場所に位置していて、ひとけはほぼないと言っていい。この道を通るのは、この先の氷穴を狩場にしているサーシャくらいだ。
雪深い山道を、氷穴まで歩く。と、
突然、足元で円陣が光り、その場所だけ雪が瞬時に蒸発した。
「!!」
サーシャは驚く、が、飛び退く間もなく、転送されていく。
どうやらある場所へ導く転移装置が仕掛けてあったようだ。雪で見えなくなっていたらしい。
転送が終わると、周りは真っ黒だった。
とはいえ、暗闇なわけではなく、サーシャは自分の手や体を見ることができたし、セラルがそこにいるのも見えていた。
ぽっかりと、宇宙空間に浮かんでいるかのよう。が、足は確かに地面についている。
なんだ、ここは···。
サーシャはあたりを見渡す。
「この間は、世話になったな」
声がしたのでサーシャは振り返る。そして驚いて目を見開いた。
「貴様は···!」
そこに立っていたのは、先日サーシャがプリズンの中で消去した男。腕組みをして後ろに控えていた男、そのものだった。
「なんだよ、会いたかったのか?」
ニヤ、と笑う男。
「確かに消したはずだ。なぜここにいる」
サーシャは警戒し、剣を装備しようと背中に手をやる。
···が、そこに剣はなかった。3本とも。
「デリートしたキャラクター名は、1週間でまた使えるようになるんだぜ。あぁ、そうか。俺の名はグリード、だ。初めまして、サーシャちゃん」
つまり、また同じ名、同じグラフィックでキャラを作り直したということか?
それならば···。恐らくレベルは80にも届かない程度だろう。サーシャの敵ではない。
「オジョウサンがグリードのキャラ消しちゃうから、俺ら大変だったんだぜ?」
と、現れたのは、ギギンだった。
「···!!」
ギギンはサーシャを横目で見、クスと笑うと続ける。
「朝も夜もなく養殖だよ、まいっちゃうなホント」
サーシャは二人の目を盗みながらも太ももに手をやる。だが、そこにあるはずのナイフも、ない。
「どうせならボインのキャラで作り直せば良かったのにさぁー」
と呟きながらサーシャの、太ももに置いた手に自分の手を重ねたのは、あの変態、パクだ。
「ここはマスターがオトモダチに作らせた異空間。装備する剣が消滅する仕様になってんだ。当然ナイフも消える。服も消えればいいのにな」
パクから飛び退き、サーシャはもう、体中が怒りで震えていた。
「ちょっとまた震えちゃって、相変わらずかわいいなもう〜」
と言うと、パクはサーシャの腕を掴む。
サーシャは振り払おうとするが、ものすごい力だ。ギギンももう一方の腕を掴む。
そこに、新たな声がする。
「ここの奴らはまったく脳天気な奴が多くて困ると思わないか?」
サーシャはもう、感情が高ぶりすぎて息すらまともにできない。
コツコツ、とグリードの横に歩いてくる男。バッファだ。
「体術の『身躱し』ってスキルがあるんだ。それを覚えていると、同等のレベル相手なら、体術スキル効果がなくなる。体術コンテンツを死に追いやった張本人さ。それさえ覚えたら、あとのスキルは全部効かなくなるんだぜ?」
バッファはグリードの肩に手を乗せサーシャを見る。
「運営って、アホだよね。でも、身躱しも覚えないでノンビリ散歩しているお前のほうがよっぽどアホだから、バランス取れてていいのかな?」
サーシャの腕は少しも動かすことができない。『影踏み』は、修正が入り、プレイヤーへの使用が禁止された。恐らく他の体術スキルなのだろう。
私はなぜ身躱しを覚えておかなかったのか···!
激しく後悔したが、サーシャがそれを習得していないのも無理はない。LFOを深く知る者程、体術は考慮に入れなくなる。誰も使っていないのだ、モンスター相手にも使える場面がない。運営も、「もうなかったことにしよう」って感じで触れずにいる。わざわざスキルポイントを消費して習得する意味が、なかった。
が、今のサーシャは歯ぎしりして悔やんでいる。
バッファは相変わらず人懐っこい笑顔で話している。
「グリードは、俺の実の弟なんだ。お前がこいつをデリートしたときの暴れようったらなかったぜ。『女にやられた、女にやられた!』ってな」
くっくっく、と笑うバッファ。グリードは「やめろよアニキ···」と言っている。
「仕方ないから、クラン総出で養殖さ。お礼を言わなきゃな。おかげで我がクランが一層団結した気がするよ。ありがとう、えーと、サーミャちゃん」
サーシャは無言で睨む。
と、グリードがサーシャの元に歩いてきた。
「俺は今まで、もちろんリアル含めて、女にナメられた事はない」
そうして、サーシャの腹に深々と拳を突き刺した。
「ガバ···ッ!」
今は狩りに行く所だったので、この間のPvPの時のステータスとは違い攻撃力重視だ。当然必要のない体術防御は振っていない。
「ちょっと調子こいて有名になりすぎちゃったんじゃない?おかげでグリードに見つかるし、俺にも気づかれちゃったし、二人は兄弟だしさ。最悪だったね?」
のんびりと、バッファは言う。
サーシャは何度か咳をするも、呼吸を整えて、言った。
「そうだな。お前らが釣れるとわかっていたらもっと早くに有名になったのにな。さすがにそこまで浅はかではないと、買いかぶってしまったよ」
ドカッ!!!
う···っとサーシャはうめく。
「このままここで、俺の気が済むまで殴り続けようか」
冷たい視線のグリード。ニヤニヤ笑う他の3人。同じだ。こいつらはいつも同じだ。
相手の気持ちを汲み取ることができない。人を蔑むことでしか喜びを得られない。
死ねば、いい。全員、殺して、やる···!
サーシャから、湯気のような光が上がるように見えた。バッファは目をこする。
ピーィ!!!
···と、セラルが高く鳴いた。そしてサーシャの肩から飛び立ち、前に飛び上がった。
いつもは綺麗な翡翠色をしたセラルの瞳が、真っ赤に光り輝いている。その光の強さは凄まじく、サーシャはセラルの目の光しか見えなくなった。
な、なにが···?
「うわっ」「いてっ」という、ギギンとパクの声が聞こえ、二人はサーシャから手を離した。
いつもユラユラと揺らすだけの長い黒い尻尾が、今はピーンと真っ直ぐに伸びていて、ヒュッと動かすとギギンの手の甲がスパッと切れて血が流れ出てきた。
「なんだこれ?」
ギギンは自分の手の甲を見つめて信じられないといった風だ。
バッファは叫ぶ。
「おい、お前らその女を離すな。体術がなくてもやばいことには変わりねぇぞ!」
サーシャは自由になったその瞬間に大きく後ろに飛び退いていた。
さぁ、どうしてくれようか···!
とはいえ、武器を消された今の唯一の攻撃方法は魔法だが、今の魔法攻撃力では、モンスター相手なら充分でもプレイヤー相手だと物足りないだろう。ましてや多人数だ。剣を装備しなければ、はじまらない。
キラ、と頭上で光が見え、サーシャは顔を上に向ける。
そこにはセラルがいた。が、尻尾が、ジャキン···!と体から離れる。
「な···っ」
ヒュン、とサーシャの元に降り立ったセラルは、もうゴリニチの形を成していなかった。
体は盾に、尻尾は剣に。黒光りした一対の装備となっている。
「······」
セラルは、特技『武器換装』を発動している···。信じられない、特技が「武器になる事」だったとは···。今まで発生しなかったのは、武器を装備したままだったからのようだ。
「武器を装備しない状態で、体術ではなく通常攻撃をしようとする」と特技発生というから、ひどい話だ。こんな状況にならなければ一生発生しなかっただろう。
サーシャはセラルを装備し、ヒュンと振ってみた。とても軽い、が性能は半端ない。
そうだな、限界まで一緒に育成したのだものな···。サーシャは浅く笑い、そして4人に再び向き直った。
「おい、早くこの空間を解除しねぇと···」
ガ···ッ!!まずは一匹目。バッファ。
「あ、アニキ!くそ、てめえ···!」
ぎぃん!二匹目、グリード。
「ちっ···」
と舌打ちするギギン、三匹目。
最後にあわあわしているパク。四匹目。
体術メインでステータスを組んでいる4人は、剣を持つサーシャの敵ではなかった。
全員デッドでその場に横たわる。
さて、と。サーシャはアイテムインベントリを開いた。
セラルを装備から外し、遠く投げ捨てる。おまえはこの世界に残るんだ···。
バッファは、そのサーシャの動きを見て身をよじる。
「おい何してんだ、何するつもりだ···?この異空間の中で、更に空間を作成したらどんなシステムエラーが起きるか想像もつかねぇぞ!!」
サーシャはそんなバッファを横目で見つつ、わざとゆっくりとプリズンを取り出す。
「もとより貴様らと運命を共にしているつもりだ。仲良く一緒に天に登ろう。···実体ごと、な」
4人はうめいた。
「てめぇ、ふざけんな!や、やめろおおお!」
吹き出す黒煙。黒い空間に、バリア形成はその目に見えない。が、今ドーム状に空間が形成されているだろう。
チートアイテムにチートアイテムを重ねて使う。どう考えてもまともな考えではなかった。が、サーシャには後悔など爪の先ほどもない。
これで、終わるだろう。奴らは消え、私も消える。ラーミャは平和に、人々の楽しみを乗せ続けていくだろう。
目の前を、貧血を起こしたときのように光が広がっていく。
キラキラと。
サーシャは、あの日自分の左胸から流れ出る光の粒を、思い出していた。
次回2/21更新
ー用語解説
バッファ:クラン『ダークランス』のマスター。シギアを消去した犯人。
グリード:『ダークランス』のメンバーで、バッファの実の弟。一人目のキャラクターはサーシャにプリズンの中にて消去されている。
ギギン:『ダークランス』の初期メンバー。サーシャの持つ、シギアのキーを壊し、長期メンテナンスに繋がるバグを引き起こした張本人。
パク:『ダークランス』の初期メンバー。女好きの変態。サーシャに斧で斬りかかり、崖の下に落とした。パクの左頬には今も少し、サーシャに攻撃された焦げが残っている。
セラル:ペット。ずっと特技を発動せず沈黙していたが、『武器換装』という、自身のステータスによって性能の変わる装備になる特技を発動させた。