第17話 人が歩くスピードとその差
活動報告も合わせてお楽しみください!
サーシャはクロトに、戦闘においての基本的な知識を、イチから叩き込まなければならなかった。
というのも、クロトは「楽しければそれでいい」という主義で、スキルもステータスも装備すらも、適当な事この上なかったからだ。
翌日からサーシャは、クロトにつきっきりで、色々と教えてやった。
今日は、攻撃職なら必須すぎるスキルを習得するフラグを得る為のクエストをやらせている。
サーシャ自身はやる事がないので、岩に座って通話をしている最中だ。
通話ウインドウにはモンジの顔。
「サーシャさんもマメですね。またしても新人補佐ですか」
サーシャはヤレヤレという顔。
「彼には借りがあるんだ。私はこういう事に運がなくてね。大抵高くつく」
と、意味有りげに片眉を上げてモンジを見る。モンジは素知らぬ顔だ。
「それはそうと、サーシャさん。次のPvPの日時が決まりました。3ヵ月後の◇月◇日に執り行います。くれぐれも他用を入れませぬようにお願いします」
サーシャは目を剥く。
「モンジ氏、私は目立つのは好きではないのだ。一度出れば充分ではないのか?」
モンジはすまし顔で、指を立てて言った。
「常勝となれば、オブザーバーの席もご用意できましょう。しかし、一回ポッキリで勝ち逃げ。では、皆が納得しないでしょう」
サーシャはぐったりと通話を切る。次こそヒーローっぽい奴が勝ち上がる事を期待するしかないな···。適当につまらなく負ければ、もう声はかかるまい。
それができない性分だから今のサーシャがここにいるのだが、自分で自分の事はわからない。
「さーーーしゃ!クエスト終わったぜ。あっちこっち行かされて疲れたよ」
クロトが駆けてきた。
「それをしなければ、補助スキルの重ねがけはできないんだ。必須なんだぞ、よく今まで取らずに来れたもんだ」
クロトは、攻撃力を上げるスキル、スピードを早めるスキル、を続けて唱える。
「へぇ〜、でも俺、狩りん時あんま魔法使わないしな···。いらなかったんだ」
補助を誰かに任せっきりなんて、誰かさんじゃあるまいし···。
サーシャは、ハッとして気を取り直す。
「これから、モンスターがどんどん多様化するんだ。補助スキルも使い慣れておいたほうがいい。さぁ、試しに狩場に行ってみよう」
クロトは舌を出す。
「うへぇ〜、今からかよ〜」
サーシャは、後ろでふてくされているクロトを振り返る。
「私を指南役に任命したのは自分だぞ。満足したならやめてもいいが?」
クロトはシャキーンと立ち上がり
「自分、まだまだいけるであります!!」
と敬礼した。
クロトは、モンスターが出ると真っ先に駆けていく。戦いに必死になり、自分のHPが残り少ない事に気づかない。放っておけば、そのままデッドだろう。
仕方なくサーシャはヒールをかけてやる。
駄目だ···。サーシャは首を振る。
過去の面影を、勝手に重ねるのは彼に失礼だ···。
次の日も、次の日も、クロトはログインとともにサーシャに通話を飛ばし、サーシャの現在地まで飛んできた。レベルも上がり、戦闘もだいぶサマになってきた。
「サーシャ、今日はどこで狩る?」
クロトは自分の剣を確認しながらサーシャに聞く。
「今日も、まだギアロ山だ。あと3レベル分くらいは、あそこが一番効率がいいだろう」
うへぇ、とクロトは舌を出す。
「またあそこかよ。もう飽きたぜ。他の、もっと楽しげなとこでやらね?」
サーシャはため息をつく。
「あそこが一番経験値効率がいいんだ。取得できるドロップ品も需要が高く、露店で売れてお金も稼げるしな。まぁ、ゆっくりやりたいならそれでいいと思うが···」
それなら私は必要ない、と言いかけた所でクロトが
「まぁいいさ。金も必要だもんな」
と言う。
「だけどさ、たまにはサーシャもモンスターに攻撃していいんだぜ?いつも補助スキル唱えるばっかじゃ飽きるんじゃね?俺はそれで助かるから全然いいんだけど、さ」
サーシャはクロトを見た。
こいつは···レベル差補正のシステムを知らないのか···?いや、そもそもパーティシステムすら理解していないようだ···。
LFOでは、パーティを組むとモンスター討伐時の経験値が分配されるシステムになっている。とはいえ、高レベル者が低レベル者とパーティを組み強いモンスターを倒せば、ゲームバランスが乱れるほどのたくさんの経験値を低レベル者が獲得してしまう。俗に『養殖』と呼ばれる行為だ。これを防ぐため、パーティ内のレベル差に応じて取得経験値が一部減衰する修正が入る。
パーティ内の一番高いレベルと低いレベルの差が80あると、取得経験値は何を倒そうが一律1。60以上の差で80%減衰し、50以上で50%···差が35以内でやっと修正がなくなる。
サーシャはそう説明すると、続けた。
「今、我々がパーティを組めば、取得経験値は双方無いと言っていいだろう。そして、パーティを組まない今の状態で、仮に私がモンスターを倒しても、クロトに経験値は入らないぞ」
クロトは
「······そうか」
とつぶやいたかと思うと、そのまま立ち去ってしまった。
怒らせてしまったのか···。しかし、サーシャはシステムの説明をしただけだ。例え、何も言わずにパーティを組んだ所で、目に見えて取得経験値が減り、今と同じ会話になっただろう。
仕方のない奴だな。サーシャはそう思い、家に入る。何かをする気には、なれそうになかった。
その日から、クロトはサーシャの元に来なくなった。
サーシャは何かと自分に言い訳をしつつ、ラーミャにある自分の家に引きこもっていた。たいてい倉庫整理をして時間をつぶす。
フレンドリストを開くと、クロトはずっとオフラインのままだった。が、ログイン状態の表示は自分で設定できるので、あまりアテにならない。サーシャに隠れてログインし、他で楽しんでいるのかもしれない。
···それならそれで仕方ない。私にそれを止める権利などない···。
そうは思っても、やはり寂しかったし、物足りなかった。
ふ、と家の外で声が聞こえた気がした。サーシャは外に出る。が、それは遠くから聞こえる鐘の音だった。
そういえば···。
と、サーシャは思い当たる。今は6月。毎月各季節にちなんだ期間限定イベントが実装されるが、今月はジューンブライドにちなんで『絆』がテーマらしい。それと共に新マップも実装されたと、何かで読んだ気がする。
ちょっとしたイベントをこなし、「共に協力しあい困難を乗り越えていく」相手と並び絆を結ぶと、二人の頭上に巨大な鐘が出現し、それはそれは荘厳な音色を響かせるという。
今まさに、遠くの何処かで、幸せの絶頂にいる二人が鐘を鳴らしているのだろう。ガランゴロンと、聞こえるあの音の下で。
サーシャは遠くの空を見つめる。
「サーシャ」
名前を呼ばれて顔を向ける。
そこに立っているのは、日焼けした精悍な顔に微笑みを浮かべた、ライトだった。
なんて顔してんだ···。ライトはそう思うが顔には出さず
「今ちょっと時間いいか?」
と聞いた。
サーシャは気持ちを落ち着かせ、ライトに向き直った。
「あぁ、大丈夫だ。どうかしたのか?」
ライトは
「こいつを返しに来たんだ」
と言った。見るとライトの背中からセラルが顔を覗かせている。
「大きなことを言って預かったがな、結局特技は発生しなかったんた。ブリーダーの友人も色々試してみたらしいんだが、音を上げたよ」
セラルはサーシャに近づき、サーシャの差し出した手に顔を乗せた。
「何日も寂しい思いをさせた上に、役に立たなかったな。すまなかった」
実を言うとライトは、まだ試したい事が山ほどあるというブリーダーの友人から、なかば強引にセラルを連れ帰った。サーシャがここ数日家に篭っているのは、フレンドリストを見れば一目瞭然だ。そんな事は今までなかった。
サーシャはセラルを受け取ると、肩に乗せて背を撫でた。
「いいや。その友人にもよく礼を言っておいてくれ。ありがとう」
ライトはそんなサーシャを見ながら
「こうなると、特技を持たない新しいペット。いや、ペットですらない、という可能性も考えないといけないかもな」
と、セラルの鼻を指でつんつん突っついた。セラルは目を細めている。
「そうだな。だが私は、セラルが戻ってきただけで満足だ。傍に置いておくよ」
サーシャが目を伏せてそう言う。それをライトは見つめる。
「サーシャ、何か、俺にできることはあるか?」
サーシャはライトを見た。が、すぐに目を伏せ
「いいや、大丈夫だ。何も問題ない」
と答える。
ライトは息をつく。
「そうか。何かあったら、すぐに呼べ。駆けつける。と言っても、ナチュレルの氷穴はやめてくれよ。生きてたどり着けないからな」
ライトは笑ってそう言うと、拳を握り前に出した。
ナチュレルの氷穴は、サーシャがいつも狩りに使う場所で、モンスターの設置数が多く、そのどれもが強い。ソロでそこに滞在できるのはサーシャくらいなものだ。
サーシャも笑い、自分の拳をライトの拳に当てる。
「私を蘇生する為、蘇生アイテムは常備しておいてくれよ。一番奥地で、呼ぶことにしよう」
ライトは手を上げ、リバーシで去っていった。サーシャは息をつく。
さて、いつまでも腐っていても仕方がないな。
両手を上げ伸びをして、サーシャは狩りの準備をするため家の中へ入っていった。
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