第16話 システム上の密室
活動報告も合わせてお楽しみください!
サーシャはパーティ募集掲示板をチェックしていた。
掲示されるメッセージには、その掲示された時間が刻まれる。ひとつ、随分前から書き込まれたままのパーティ募集があった。
〈『ハマーの頼みごと』のクエストがソロ攻略できません。誰か助けてください!〉
『ハマーの頼みごと』のクエストというと、レベル60で出現する「洞窟の奥のイベントモンスターを倒す」という内容のものだったはず。随分昔に実装されたクエストの一つで、報酬のアイテムが今はNPCショップで購入できるとあって、誰も見向きもしなくなったクエストである。
今更そんなのやろうという奴がいたとは···。長時間募集しているのもうなずける。恐らく「自分も一緒にやります!」なんてプレイヤーは現れないのだろう。
仕方ないな···。サーシャはパーティ募集の応募ボタンを押した。
応募ボタンを押したが、しばらく応答がなかった。
なんだ···?中身がいないのか?
そう思っているうちに反応があり、募集していた相手、Maggが通話ウィンドウに現れた。
「サーシャちゃん!?うわぁ、本物!?」
私を『ちゃん』呼ばわりする奴に、初めて会った···。サーシャは固まってしまった。
Maggと合流するため、はじまりの街へリバーシするサーシャ。
「俺、こないだのPvP見たんですよ。それから超ファンっす!」
またこの手の奴か···。サーシャは思ったが顔には出さない。
「クエスト攻略だったな。現レベルはいくつか、聞いていいか?」
Maggは、サーシャにひっつくようにして答える。
「今75っす」
ふむ。ハマーの頼みごとのクエストは、攻略適正レベルが70だ。75あるならたとえソロでも余裕なハズなのだが···。
「何が問題なのか···。スキルとステータスはどうなっている?」
Maggはステータス画面を開く。
「こんな感じっすよ〜」
サーシャが覗くと、すぐ横にMaggの顔。サーシャを眺めニコニコしている。
なんだか変なのに突っ込んでしまったな···。サーシャはそう思いながらMaggのステータスを調べる。
「特に問題あるようには見えないな。ステもバランスよく振ってあるし、必須スキルは持っているし。これでクリアできないのは不思議だ」
それを聞いたMaggは絶望的な顔をする。
「でもこれでデッドしたんすよ〜。2%痛いっす···」
確かに。
「通信速度が遅かったりするのか···。念のため光防御のついた鎧に着替えるといい。くらうダメージが軽減する」
Maggはシレっと
「持ってないっす」
サーシャはため息をつく。必須防具であれば自分で作らせるが、今回は念のためってだけだしな···。
「仕方ない、私のを貸そう」
アイテムをトレードし、鎧を渡す。するとMaggは鎧に顔をうずめて
「う〜〜〜〜ん、サーシャちゃんのかほりがする···」
と嬉しそうにしている。が、残念ながらサーシャがその鎧を装備したことはない。
「その鎧を装備して、行くのか行かないのか?」
Maggは鎧から顔を上げてサーシャを上目遣いに見る。
「サーシャちゃん、一緒に来てくれる?」
男の哀願する顔ほど醜いものもない···。しかし乗りかかった船だ。降りるわけにもいかない。
サーシャは頷いた。
「あぁ、せっかくだ。最後まで見届けよう」
するとMaggは、顔を輝かせて
「やっぱり!サーシャちゃん優しいなぁ、俺惚れ直しちゃうよ···」
とウットリとした顔になった。
『ハマーの頼みごと』のクエストは、専用のダンジョンがある。クエストを受けた者と、その者とパーティを組んだ者しか、そのダンジョンには入場できない。
サーシャとMaggは、ひとけのないダンジョンに入っていった。
道中もモンスターは出現する。サーシャはMaggの動きを見ていたが、戦闘においては特に問題はなさそうだ。普通に敵を倒すし、ラグで動きが止まりモンスターにタコ殴りにされている、という事もない。
一体どうやってデッドしたんだか···。
イベントモンスターが設置されている一つ前の部屋で、2人は止まった。そこは準備部屋とでもいうのか、モンスターは進入してこない安全地帯だ。
「次の部屋だよね···。あぁ、俺緊張してきちゃったな···」
サーシャは、Maggを勇気づける為に力強く頷き、
「ここまでと同じようにやれば、なんの問題もない。クエストは達成できるだろう」
と励ましてやった。Maggはサーシャに、
「ボスどの辺にいるっすか?今やばい?」
と不安げに聞く。
仕方ない奴だな···。サーシャは安全地帯から少し顔を出し覗き込む。
「今はちょうどモンスターが後ろを向いている。突っ込むチャンスだな」
ピシ···!
サーシャは首筋に針が刺さったように感じた。
「!?」
すると途端に全身の力が抜け、前のめりに倒れそうになった。
そのサーシャの体をMaggが抱き留める。
「おぉっと、サーシャちゃん。そっちに倒れたら危ないよ?」
Maggはサーシャの体を抱き上げ、部屋の壁に寄りかからせた。
サーシャはMaggを睨みつける。
Maggは変わらずヘラヘラ笑っている。
「もっと可愛い顔してよ。痛くなかったろ?運動機能の回路を遮断しただけだし」
Maggはダラン、と力なく壁に寄りかかっているサーシャの足元にしゃがみこむと、足首に触れる。
「サーシャちゃんが釣れるまで、何時間も募集出しっぱなしにして待ったかいがあるなぁ···。その間、何人もおせっかいな野郎が募集してきたんだぜ?」
Maggは足首からそのまま、太ももまでそっと撫でていく。
「まったく空気読めてないよね···。お呼びじゃないっての···」
そしてサーシャの太ももに装備してある3本のナイフをつまむように取り上げると、粗末に投げ捨てた。
物盗りではないようだな···。
サーシャのナイフは、それ1本で一財産になる。3本とも捨ててしまうということは金目の物には興味がないようだ。
Maggはもはや理性が飛んだように息を荒げ、サーシャに顔を近づけた。
「サーシャちゃん、可愛いね。ここなら誰も来ないし、ゆっくり遊べるね···」
そして、サーシャの鎧に手をかけ、留め金を外していった。サーシャは目をつぶる。
ゲームの中の何物も、汚すことはできない。だが、この男にすべてを露わにするのはごめんだ。
フルダイブ中のプレイヤーは、レム睡眠に似た意識レベルだという。夢を見ているとき、夢と同じように動いてしまったことはないだろうか?
言ってみればここは、明晰夢のような存在だ。不可能ということもない···。サーシャは意識を集中していた。
シップの右膝のあたりに主電源がある。蹴りを入れればゲームは終了するだろう。
オンラインゲームはオートセーブ。常に状態が保存されていき、リセットや後戻りはできない仕様になっている。とはいえ限界があり、突然手順を踏まずに終了させれば、セーブされない部分がでたり、大元のデータが破損したりする。フルダイブに至っては、データのみならず実体にも影響がでる可能性があり、ゲームの強制終了は禁止されている。
ゴト、と音がして鎧が脱がされる。下には白のボタンシャツが一枚。Maggはボタンに手をかけた。
サーシャは、この状況が続くくらいなら、強制終了のせいで死ぬほうがマシだった。
真理子に、戻れ···!
「ゴァフ···ッ!」
くぐもった声がして、思わずサーシャは目を開けた。
目の前いっぱいにMaggの顔。白目を剥いている。
「動けない女に何してんだよ、お前」
青年の声がした。下を見ると、Maggの股間から青年の靴先が覗いている。それはそのまま蹴り上げられ、Maggは反対の壁まですっ飛ぶ。無警戒の後ろからの急所攻撃。Maggはそのままノビてしまった。
「とぉーーーーう!!」
そのMaggに青年は飛びかかり
Maggのズボンを下げて先を結び、歩けないようにしたかと思うとアイテムインベントリから紐を取り出し、Maggを後ろ手に縛り上げた。
パン!パン!と手を叩くと
「これでいいか。あとは転移スフィアではじまりの街ど真ん中に飛ばそうぜ、これ」
と言う。青年はMaggを見てムフフと楽しそうに笑った。
Maggはうっすらニヤけた顔のまま白目を剥いていて意識がなく、がに股の足は、ズボンがさげられている為少し白い下着が覗いている。
確かにこのままで衆目晒せばひどい恥となるだろう。
しかしサーシャは、全く納得がいかない。
「それでは次の被害者が出るぞ。その前に···」
冷たく尖ったサーシャの目。それは慈悲の心なく洞窟の中でキラリと光る。
青年はサーシャを見、ひとつ息をつくと転移スフィアでMaggを飛ばしてしまった。
「男は少なからずあぁいう生き物なんだ。初犯なら許してやれよ。次は俺も容赦しないからさ」
と言いながらサーシャの傍に寄ってきて、サーシャの脱がしかけの胸元を見た。
「あ!あわわわわ!お、俺は違うぞ、誓って!違う!」
と、両手を体の前でブンブン振っている。サーシャは
「わかった、信じよう。とりあえず首筋に何か刺さっているから抜いてくれ」
と言った。
青年は針を抜き「ナンダコレ」と言う顔で針を見つめている。
サーシャは動けるようになるとすぐに、ボタンを閉め鎧を着ながら
「それはチートアイテムだ。相手の運動回路を遮断するそうだ。欲しいのか?」
と聞く。青年は「へぇ」と言うと、針をぽっきり折って破壊した。
「まぐろに興味ないなぁ···っと、こっちの話。あんたサーシャだろ?」
サーシャは頷く。
「俺はクロトだ。PvP見たよ。すげぇー強いのは知ってるけど、女ならちったぁ警戒しないとな。有名人なら尚更だぜ」
サーシャは素直に頷くしかない。
「そうだな···。助かった。密室だと思って絶望していた。どうしてここに?」
クロトはヤレヤレ、と肩をすくめた。
「ここはクエスト用のダンジョンだぜ?もちろんクエスト攻略のためにだよ」
そう言うと、「とぉーーーーぉう!」と隣のボス部屋に突入し、イベントモンスター相手に戦闘開始。ほどなく、
「うわぁ、無理か無理なのかぁぁぁ」
と叫びつつ、デッドした。
「······」
サーシャは唖然とする。
こ、こいつは···弱い···のか···。
クロトはサーシャの方を向き
「お、起こしてくれ、生き返らせてくれぇぇぇ」
と弱々しくうめく。
サーシャが部屋に侵入すると、当然サーシャがイベントモンスターにターゲッティングされる。サーシャはイベントモンスターに殴られながらもクロトを蘇生した。サーシャの防御力なら、このモンスターの攻撃は顔の前をハエが飛ぶ程度。うざったいが、実害はほぼない。
「よっし!」
と、クロトは起き上がると、そのままスタタターっと隣の安全地帯へ駆けていった。
「······これはどうするんだ。倒してクエスト達成するのではないのか?」
サーシャは、モンスターに殴られながらもクロトを見る。
クロトは出入り口の壁から顔半分出すとガッツポーズを見せた。
「今の俺には無理みたいだ。倒していいぞ!ファイト♪」
サーシャはため息をつき、クロトが倒すかもしれないと思い手を付けなかったイベントモンスターを一撃で倒した。
そして安全地帯に戻るとクロトに向き直った。
「今のレベルはいくつなんだ?ずいぶん無謀な戦いに見えたが」
クロトはサーシャの攻撃力に圧倒されながらも答えた。
「あぁ、昨日60になった。それでこのクエストが出現したんだ」
なるほど。サーシャは腰に手を当てると
「すでに知っているかもしれないが、このクエストの報酬はNPCショップで買える。無理に攻略する必要はないんだぞ」
と言った。
クロトは、はぁーーーと大袈裟にため息をつくと、呆れながら言った。
「おまえアホか?ゲームすんなら全部やり尽くしたほうがお得に決まってんだろ?」
ふむ、とサーシャは思う。そういう考え方もあるにはある。が···
「『ハマーの頼みごと』の攻略適正レベルは70だ。パーティを組んだとしても、少なくともレベル65は必要だろう。ゲームを楽しみたいのなら力量に合った場所に行くことだな」
クロトはカラカラと笑った。
「あぁ、そうだな。でもいいんだよ。おまえに会えたしな」
サーシャは動きを止める。
「そうか···そうだな、クロトは私の命の恩人だ。ありがとう」
クロトは、あっはっはーと大袈裟に胸を反らせていたが、次の瞬間ガバーと土下座し
「たのーーーむ、俺にレベル上げの指南をしてくれーい!」
と、両手を拝むように掲げた。
サーシャは、「あ、あぁ、もちろん構わん」と返事をしながら、頭では全く別のことを考えていた。
次回2/14更新
ー用語解説
募集掲示板:ゲーム内で掲示、閲覧できる板。パーティ、アイテム、身内用·私用等の種類分けがされており、ゲーム中いつでも確認できる。
属性:攻撃属性(剣付与)と防御属性(鎧付与)がある。敵も同様。敵の攻撃属性と逆の属性を鎧に付与することで、ダメージ軽減ができる。最初から鎧に属性を付加する場合と、スキルで一時的に付加する場合とがある。
クロト:楽しければそれでいい主義の青年グラフィックのキャラクター。サーシャの窮地を救い、その見返りに育成指南を願い出る。