第13話 サーシャの真実
活動報告も合わせてお楽しみください!
ここは現実世界のとある部屋の中。
「間違いねぇよ。俺はあいつの顔を忘れねぇ。確かに、あの女だ」
部屋にはタバコの煙が充満している。
「あれはやっかいだ。対策を立ててからじゃないと、こっちが食われてしまう」
灰皿には吸い殻の山。そこに更にタバコを押し付けると男が立ち上がる。
「アニキ、でも···」
アニキと呼ばれた男は携帯を取り出した。
「勘違いすんな。俺らをナメた事は必ず後悔させてやる。それに、このキャラ名には覚えがあるしな」
2人のパソコンディスプレイに先日のPvPイベントのポスターが映っている。
「生き残っていたとはな。懐かしい限りだぜ、サーシャちゃん」
真理子は夢を見ていた。普段、真理子は睡眠をほぼ取らない。1日に30分程度深く眠り、そのままゲームに接続する。LFOにログインしている間はレム睡眠と同等になるので、慣れてしまえば問題はない。
先日、過去を強制的に再生されたせいだろう。もうずっと心の奥にしまってきた、過去。出したくはなかった。取り出せば必ず立ち止まってしまうとわかっていたからだ。
からかい合いながら、サーシャとシギアは道を歩いていた。持てる限りギリギリまでバターを集めた。これだけあればきっとハートのチョコレートができる、そしたらシギアと一緒にイベントマップに行こう!かわいい洋服を、また探さなくちゃ···。
周りから見たら、さぞ仲睦まじく見えただろう。
ヒュ〜♪と、からかうような口笛が聞こえて2人は立ち止まった。
「お熱いねぇ。キミら何?リアルでもそんな感じ?」
道を塞ぐように黒ずくめの装備の男が2人、現れた。
「気にすんな、行こうぜ」
シギアは2人を避けるように進もうとした。
「つれないジャン、俺らも混ぜてよン」
と後から、更に黒ずくめの2人が。
サーシャはシギアに寄り添って震えている。
「えぇぇぇ、あれ何?震えてる?かわいぃぃぃ!」
やだ、何この人たち···気持ち悪い···。サーシャは心底怖かった。
「目、合わすなよ。いいから帰ろう」
シギアはそう言うが、先に進むことができない。
「お前らその辺にしとけよ」
と、同じく黒ずくめの男がもう1人現れた。
「バッファさん、お疲れっす」
「おはよー、ますたぁー」
と、既に周りを囲っていた4人が声をかける。どうやらこの男、バッファが頭らしい。
サーシャとシギアの周りに、これで黒い5人が、2人を囲むかたちになった。全員背に銀の槍をしょっている。
「悪いね。こいつら品がなくてさ」
バッファは、仲間の1人のおでこをこづく。そしてシギアに愛想よく聞いた。
「今回のメンテで新スキル実装したじゃん?なんか覚えた?」
人がよさそうに微笑む黒の仲間の登場で、シギアも力を抜いた。
「あ、あぁ。回転斬りを。っつってもまだモンスターには試してないけど」
周りの4人が失笑する。
「ぷっ、モンスターだってよ···」
やだな···もう帰りたい···。サーシャはそう思っていた。シギアの腕にギュッとしがみつく。
「回転斬りかぁ〜、んじゃさ、あれは?『影踏み』」
「あぁ、対象を行動不可にするってやつ。でもあれ、スキル効果中は自分も動けないだろ?俺が動けないと困るからさ。俺にはいらないかな」
バッファは微笑んでいた。微笑んだまま左手の手のひらを上に向けた。
「あぁ、ペアだとね。使えないだろうね。でもさ、ホラ」
「!!」
シギアの両隣に黒ずくめの男が立つ。サーシャは後ろに追いやられた。シギアは微動だにしない。バッファは相変わらず微笑みを絶やさない。
「俺、友達多いから、使えちゃうんだよね。あ、あとモンスターに使うことはあんまし考えてないかなぁ」
サーシャは動こうとした、が、既に違う1人に影踏みというスキルをかけられているのだろう。全く動くことができない。5人が周りを取り囲み、ニヤニヤしている。
バッファは転移スフィアを使い、7人全員をひとけのないマップ端に移動した。
「何の真似だよ···」
シギアは動けない分目に力を入れ、目一杯睨みをきかせていた。
シギアの横の男が口を開いた。
「何の真似だよぉ〜、新スキルの検証だよ〜ぉ」
ぎゃはははは、ちょぉおま、その言い方ムカつくぅ〜。と、盛り上がる一行。
「わかったよ、俺が受けるからそいつだけは見逃してくれよ」
シギアは言った。
「!」
サーシャは目を剥く。い、いやだ!
「かっこいぃぃぃ」「じゃ、お言葉に甘えて〜」
バシーン!とシギアに攻撃が集中。HPバーはドンドン減っていく。
「キャァァァァ!やめて!お願いやめて!!!」
サーシャを抑えていた男が、サーシャの顔に自分の顔を近づける。
「うぅ〜ん、いいねその悲鳴。ゾクゾクしちゃうな」
と、サーシャの耳を舐めた。
が、サーシャはそれどころではなかった。シギアが!シギアが!!
それというものも、攻撃を受けているシギアの様子が、いつもと違うのだ。戦うシギアを一番間近で見てきたのはサーシャだ。プレイヤーがモンスターに攻撃を受ける様子はよく知っている。
だが今のシギアはいつもと違う。体が少しずつ、光の粒みたいになって崩れていってるように見えるのだ。サーシャは気が気でない。
フッ···と、気づくと、サーシャは影踏みが切れていることに気づいた。
先ほど、あいつは私の耳を舐めていた。つまり動いた。その時にスキル効果が切れたのだ。
よし!とサーシャは動いた。
ヒール!!
一瞬動きが止まった。全員サーシャの方を見る。そして大爆笑。
え···な、何?
「サーシャ!いいから逃げろ!早く!!」
シギアは今や、顔の1/3が光となって消えている。
バッファは笑いすぎて目に涙を浮かべながらサーシャに言った。
「お前いいね、最高。対プレイヤーのダメージはスキルじゃ回復しないんだよ。PvPとか、見ないの?」
な···。サーシャは止まった。
「いいから···頼むから、逃げてくれ。聞かなくていいから!!」
シギアから離れ、男が1人サーシャの方に歩いてくる。
「パク、お前相変わらず変態だな。しっかり抑えとけっての。オジョウサン?回復アイテムはないの?早くしないとダーリンが死んじゃうよ?」
サーシャは足が震え、混乱する。え···あ、アイテム?
アイテムインベントリを開く。横から覗く男。
パクと呼ばれた男が言う。
「ギギン、邪魔すんなよ。女は俺のダヨ?」
ギギンは気にせず、サーシャのアイテムインベントリを覗いて言った。
「あっちゃ〜、バターしかないよ?どーしよーか?」
バッファが笑いながら言った。
「馬鹿だな、バターもHP回復するんだぜ?3くらいだったかな?」
また爆笑。
「サーシャ、サーシャ···頼むサーシャだけは。見逃してくれ。金でもアイテムでも何でも渡すから···」
サーシャはそこで、突然閃いた。インベントリにキーがある。
随分前に、2人はログアウトキーを交換してる。もうお互いにはこれが当たり前だった。
これでシギアをログアウトさせればいい!
インベントリからキーを取り出す。
「踏め」とギギン。パクが影踏み発動。
ゆっくりと、ギギンはサーシャの手からキーを取り上げた。
「だーりんが大ピンチなのに、1人で落ちちゃうの?ちょっとひどいんジャナイ?」
サーシャが手にするキーが、サーシャのだと思っている。当然だ。キーを交換したまま過ごすなんて、他には誰もしていないだろう。
「は、離してっ!シギア!!シギアアアアア!!!」
サーシャはもがく。
「た、頼むから逃げてくれ···サー···」
ギィィィン!
バッファの銀色の槍がシギアの胸を貫く。シギアは光の粒となり消えていった。
バッファは周りの男に言う。
「今の見た?かっこいいだろ?」
「いやぁ、漢だったね、オンナノタメ!みたいな」
バッファは、「ちっげぇよ、お・れ・の・こ・と。最後の攻撃、ナーイスタイミングだったろ」
周りは大声で笑う。「ぎゃははは、マスター自分のことぉぉ」「超自己中ぅぅぅ」
は···。サーシャは固まったまま動かなくなった。
消えた···。消えた···?
普通死亡したらその場に横たわる。動けないけど会話はできる。30分間は、帰還コマンドを選択しなければそこに留まる。いつも、いつもいつもいつも、全滅したら2人並んでしばらく話をするのが2人のお決まりだった。たまに喧嘩になったり、でも、帰還して家に帰るとたいてい仲直りしているのだ。
なぜ···。
呆然としているサーシャに、パクはスキルを解き、じゃぁまぁイタダキマス。とゆっくり横たえる。
「ここでかよ〜〜〜マジ変態〜〜〜」
と、男たち4人は距離をとる。
サーシャは前が見えていなかった。頭の中でいろんな事がグルグル回る。
逃げろ!!
頭の中でシギアの声が響いた。ー逃げる?
頼む、逃げてくれサーシャ!
逃げる···逃げる、そうだ、逃げなきゃ!!
バシ!とサーシャは攻撃スキルをパクの顔に当てた。唯一覚えた攻撃スキル。ダメージはたいしたことはない。が、パクをひるませるには充分だった。
「ぐへっ」
サーシャは走り出した。次のマップに転移装置が設置されてたはず。そこまで行けば、もう逃げられる···走らなきゃ!
「だぁー、何逃げられてんのアイツ」
「めんどくせぇなオイぃぃぃ···」
とはいえ、パクも4人も、サーシャを逃がすわけにはいかない。PKの証拠ログが残れば通報される。
まだまだシステムの安定しないこのゲーム。闘技場やクラン戦専用マップ以外の通常マップでプレイヤーを殺すと、本当に消える。こんなに面白いことがあるか?5人はまだまだ遊び足りなかった。バラされたくは、ない。
サーシャと、黒ずくめの5人には、スピードのステータスに大きな差があった。だから5人は余裕でサーシャを崖っぷちに追い詰めることができた。
パクは、サーシャにぶつけられたスキルのせいで顔が焦げている。
「あいつマジうぜぇんだけど。ちょっと手足切ってからやっちゃっていい系?」
と、斧を装備した。
はぁはぁはぁ···。崖から転落すれば、今のサーシャでは麻痺状態になる。麻痺になってしまったら、思うツボだ。落ちれない。でもこのままでも捕まる···どうしよう···。万事休す。サーシャに逃げ道はなかった。
ギギンは、サーシャから奪ったキーを手に、ニヤニヤと見ている。そのキーを見て、バッファが言った。
「なんだお前、まだキー持ってんの?それ壊せるから壊しとけ。ログアウトされたらやっかいだろ」
ギギンは、あぁ、そうか。とキーを握りしめる。パキィンとキーは粉々になった。サーシャは逃げ道がないかと顔を上げた。見るとパグが斧を振り上げこちらに突進してくる。
や、やだぁぁぁ!
腕を切り落とそうとしていたパクの攻撃を、サーシャは恐怖から逃げた。
パクの斧は、サーシャの左肩に当たり、そのまま胸を切り裂いた。
脱げる鎧、飛び散る光。近くで見ると、それは小さな数字の集まりだった。
私が私である、この世界でのデータの塊···っ。
光を散りばめながら、サーシャは崖から転落していく。パクは崖の上から
「あぁぁぁ、そこ大事なとこぉぉぉ」
と叫んでいる。
と、ここで、周囲がフ···っと暗くなった。
〈全体アナウンス〉
予測不能バグを検知しました。
ユーザーの皆様は
即刻ログアウトしてください。
3分でサーバーをシャットダウンします。
繰り返します···
サーシャは崖の下で、麻痺状態になったまま暗い空を見つめていた。
ガバァ!!!!!と、真理子は飛び起きた。全身がびっしょり汗で濡れている。
ガタガタガタ···と、ありえないほど体が震える。そのあまりの勢いに、ダイブシップもガタガタ揺れている。
手首をさぐる。そこに銀の腕輪は、ない。
1人は嫌だ1人は嫌だ1人は嫌だ···
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌嫌···!!!!
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