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第12話 潜ったその先に待つもの

活動報告も合わせてお楽しみください!

サーシャはいつものように、再び経験値を貯めるために狩りをしていた。新しく狩場が追加され、少しは効率も上がったが、それでもつまらなそうな顔をして目の前のモンスターをなぎ払っていく。

セラルの育成も、上限まで終わった。パラメータはかなり上昇したが、特技が出現しない。ペットは特技がなければただの飾り。サーシャは別にそれでも構わないが、それでもやはり、セラルが動く所も見てみたかった。希少な生物の、更に前代未聞の黒色のゴリニチということで、情報は皆無。諦めて肩に乗せておくしかなさそうだ。

ザッシュザッシュとモンスターを倒していく。と、サーシャは動きを止めた。

「······おかしいな···」

先程から、どうにも動きがおかしい。ラグいというわけではなく、たまにカクッと動きが飛ぶ気がする。

仕方がない···。サーシャは『リバーシ』で家へ。そこで一旦ログアウトした。


真理子は、シップから出てそこにある3つのランプを確認した。

やはり···。3つあるランプの1つ、真ん中のランプが黄色く光っている。どうやら何か、シップの中で異変が起こっているようだ。

ゲームができなくなったら一大事。真理子は電話を取り上げるとサポートへ連絡した。


小一時間後、ドアがドンドン、と叩かれた。

「あれー?すいません、田中さん家ですか?いないのかな···」

一張羅の、黒のパーカーを着込み心待ちにしていた真理子は、ドアを開ける。

作業服を着た男が2人、慣れた手つきで身分証を見せる。

「あ、どうもお待たせしました。シップサポートの近藤と···大森といいます」

後ろの男も頭を下げる。

「あの···ドアのチャイム壊れてるみたいッスよ?」

なるほど。知らなかった···。だが、そのほうが都合いいかな?

真理子は無言で体を引き、中に入るよう促した。

「あ、えーと、あ、奥ですね?じゃ、お邪魔しまーす···」

2人は部屋の奥へ。シップを見るとランプ横の蓋を開けて何やら配線をつなぐ。

「うわぁ、いいの入れてますねぇ。≪ソードアーク≫ッスか?それか≪LFO≫かな?」

親しげに話しかけてくる作業員に、真理子は

「直りますか?」

と聞いた。作業員は腰に手を当てて一息ついて言った。

「ここの、この奥に、ファンがいくつかついてるんですけど、そこの配線の劣化のせいッスね。交換すればすぐ、元通りになりまスよ」

直るのか、良かった···。ほっと息をつく真理子に、作業員は続けた。

「ただこれだけ大掛かりなシップだと、そこにたどり着くまでが一苦労ッス。解体と、交換、組み直しでー、えーぇと···5,6時間くらいッスかね···」

5時間······。真理子は目を閉じた。ご、5時間···。

「まぁ、部品は手元にあるんですぐできますよ。···やっちゃって···いいッスかね?」

直さないわけにもいかない。真理子はうなずいた。

「じゃさっそく始めますんで。それにしてもこのシップすごいッスね。結構したんじゃないッスか?いや実は俺もフルダイブが好きでぇ···」

作業員が振り返ると、真理子はすでにキッチンのほうへ姿を消している。

2人は顔を見合わすと肩をすくめ、作業を開始した。


定期メンテナンス日でもないのに5時間もログインできないのはきついな···。

コップに水を汲み、薬袋に手をつっこむ。パンッパンに詰め込まれていたはずの錠剤が、今はもう少ない。

そうか···そろそろ、薬をもらいにいかないといけなかったのか。

真理子は机に戻ると財布をポケットに突っ込み

「ちょっと出てきます」

と作業員に声をかけ、返事も聞かず鍵も持たずに外へ出た。

眩しい···っ!

数ヵ月ぶりに外に出た、最初の感想がそれだった。部屋の中も、別に暗くしてるわけではないが、太陽の光とは比べようがないのだろう。

外は春。まだ風が少し冷たいが、それでも厚手のパーカーは季節外れのようだった。

真理子は特に周りを見るでもなくスタスタと規則的に足を動かし前に進んでいく。

バス停まで小一時間。バスに乗りこみ揺られること数十分。そこからまた数分歩いて、真理子は『佐々木内科』という看板の立つ、小さな病院へ入っていった。

受付を済ませ、しばらく待つ。院内は静まり返っているが、待合室にはそこそこ患者がいる。だいたいがお年寄りで、設置されたテレビをボーっと見つめている。おそらく今日は平日なのだろう。学生などはいない。小さな子供連れの若いお母さん以外、若者は真理子だけだった。

「タナカさーん、中どうぞー」

見たことある看護師が名前を呼ぶ。ここで働くひとはあまり入れ替わりがない。そうそう来院するわけではないが、覚えるくらいは顔を合わせたことがある人ばかりだ。

院長の人柄の良さのせいだろう。

中に入ると、偏屈そうな見た目の白髪の老人が一人。白衣を着て椅子に座っている。

真理子を見ると、途端に笑顔になった。

「やぁやぁ、まりこ君。そろそろ顔が見たいと思っとった。元気かね?」

元気な人がここを訪れることがあるのだろうか···。そう思ったが真理子は律儀に頷いた。

「おかげさまで。今日は薬をもらいに来ました。もうすぐなくなるので」

佐々木院長は、くるーと椅子を回し机に向かい、真理子のカルテを眺める。

「おぉー、そうだな。前回6ヵ月分出したんだったな。おかげでキミに半年も会えなかったんだ。今度は3日分にしとこうか?」

真理子は笑いを消さないよう気をつけながら

「いえ···申し訳ないのですが忙しくて。できましたらまた半年分欲しいのですが···」

と言う。ふむ···と佐々木院長。

「つれないな。忙しいのなら仕方ない。が、一度血液検査をしてからだ。いい子にしていたかな、どれどれ?」

検査···。真理子は躊躇った。血を取るのはどうという事ではない。躊躇うのは結果が出るまでの所要時間だ。現実世界での真理子は、動きが非常に緩慢である。毎日普通に生きてる人とは、やはり違う。小一時間くらいの距離のこの病院に来るまでにも、2時間近くかかっている。5時間後の、シップ修理終了までに帰宅するには、病院での滞在時間は1時間程しかない。

魚が地上で生きていけないように、真理子は現実世界では生きた心地がしない。20年近く、ここで普通に生きてきた。あっちに行ってまだ5年だ。なのに、この世界にいると息苦しい。

眉をひそめる真理子を、佐々木院長はしっかりと観察していた。

彼女はもう、限界なんだが、な···。

「なぁーーに、痛くはせんよ。ちょちょい、と抜き取っちゃって、10分もすれば結果が出る。いい子にしてたならそれでプレゼントがもらえるぞ?」

佐々木院長はウインクをした。真理子は観念して腕を出す。細く、真っ白な腕。

筋肉も、半年前よりまた落ちたな···。何気ない顔をしつつも、佐々木院長は観察を怠らない。


真理子は完全な『アンダーシンドローム』だった。進化するインターネットの世界、その世界に魅せられ、現実に戻ってこれなくなる精神病のひとつである。進行すると、現実の自身の体や、その世界に嫌悪感を持ち、やがて症状は精神のみに限らなくなり、基本的な生理活動の停滞、停止、最終的には死に至る。

治療方法はまだ確立されていない。うつ病と同じような、カウンセリングが有効とされているが、罹患者の多くが現実世界そのものに拒否反応を示すため、疑問の声も上がっているのが現状だ。

彼女には「腎臓の薬」と言って渡すこの薬。当然腎臓のほうの値も良くはない。満足に排出していないのだろう。が、精神安定剤も一緒に処方されていた。これで良くなるわけでもないのだが、何かしてやらねば、彼女はきっと必ず、帰ってこなくなる。

こんな時、佐々木は自分の無力さを思い知らされる。医師は、病気を治すのではない。知識を高め、患者に病気の内容と、今後の予想される経過と、対処法を示すだけなのだ。病院に、行くだけで治る病気など存在しないし、薬を飲んで治る病気もほんの一例だけ。だが、患者に治療を強要することもできない。警告を発し見守るだけ。

真理子の血液検査の結果が出る。やはり、腎臓の数値はよろしくない。

この子が、楽しめる世の中が、こちら側にあればいいのだが···。

佐々木はため息をつき、看護師に6ヵ月分の薬の用意を指示し、真理子を部屋に入れるよう伝えた。


「まりこ君、おめでとう合格だ」

にっこり笑って佐々木院長は両手を広げた。

「お祝いに一緒に『でなー』でも、どうだ?」

真理子は微笑みながらも「いえ···」と断る。

佐々木院長はしょげかえり

「これでも昔はジョシにモテたんだがなぁー···。あぁそうだ。帰りに草原駅の傍の並木公園に立ち寄るといい。今の時期は桜がすごいぞぉ〜」

うん、うん···と頷く佐々木院長に、真理子はおじぎをして診療室を出る。看護師が「お大事に」と声をかけた。

会計を済ませ病院をあとにした真理子は

「桜、か···」

と呟き、駅の方角へと歩いていった。

アンダーとオーバー。違いはさほどなくただのタイミングで、誰にでもたどり着く可能性が、あるのだ。

次回1/31更新


ー用語解説

『アンダーシンドローム』インターネットに付随する精神病のひとつとして、私が作った模造の病気です。

その昔、ゲームの中で頼りにされすぎて寝食忘れ、亡くなった中国人もいらっしゃるとか。あながち間違いでもないかもしれません。

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