第9話 カトウ サン
活動報告も合わせてお楽しみください!
「黒とは、珍しい。というより初めて聞きましたね」
通話ウィンドウの小さな画面から、モンジが唸った。何かのイベントの準備中だろう。画面の奥には人が行き交っている。
「ゴリニチの体色が何色になるかは、ランダムなのか条件制なのか、いまだに解明されておりません。いや、しかし、珍しい···」
サーシャは、岩に座りながら一点を見つめている。
「そうなのか。サイズもモンジ氏の母ゴリニチよりは小さい。今育成中で、ずいぶん育ったのだが···」
サーシャの見つめる先に、バスケットボールくらいの大きさの黒い塊が見える。
先日大変な苦労をして孵化させたゴリニチ。名はセラルにした。夜の色という意味がある。
「ふーむ。ずいぶん小さいですね?育成で体のサイズが変わるというのは聞いたことがありませんが···。しかし今の時期にペットの育成とは、サーシャさんもノンキですね」
2ヶ月後に控えた盛大なPvPイベントに、人々はレベル上げやスキル検証、装備の準備などに忙しい。現にペットの育成場には誰もいない。
「私は2ヵ月ではレベルアップしないしな。装備もスキルも、今のレベルになってから嫌という程検証し尽くした」
ふふ、とモンジは笑い、真面目な顔になった。
「イベントで起こったことは···」
コク、とサーシャは頷いた。
「モンジ氏が何か知っているとは思わない、が、一応念のために確認したまでだ」
「ワタクシも何度か孵化イベントは行っております。ですが、サーシャさんの体験したような、過去ログの強制再生バグは起こったことがありません」
だろうな···。あれは私がターゲットだったと考えてまず間違いない···。
「しかし惜しい。あのどろり青汁を味わうことなくイベントが進んでしまったとは」
どろり青汁とは、あの壺の中の液体だろう。
「確かに飲んたが、直後に強制再生されてしまってな」
「あれは美味です。次はバグが起こらないといいですね。一応後ほどギアロ山へ赴きましょう。周辺に痕跡がないか、ワタクシも確認してみます」
む、とサーシャはウィンドウ越しにモンジを見た。
「モンジ氏、失礼だがセキュリティは何を入れている?」
モンジは小首を傾げた。
「と、言いますと?」
サーシャは言ってもいいものかどうか迷った。洗いざらい話すのは、おたがいにとっても危険だろう。会話ログは、開発室からならどこのでも見れる。
「もしもセキュリティにE.onを導入しているのなら、目の前に罠がぶら下がっていても気づけないだろう」
モンジは思案顔になった。
「なるほど、そういうことですか···。ご安心を。ワタクシのセキュリティはかなり強固です。多数のプレイヤーと接触する立場におりますので」
モンジは、じっ···とサーシャを見つめ
「サーシャさん、大丈夫ですか?」
と聞いた。
「心配には及ばない。私なら問題ない」
大きく頷き、モンジは言った。
「以後、卵を売る際は一応警告しますね。わざわざお知らせいただきありがとうございます。サーシャさんが大丈夫なら安心いたしました。10日後、ワタクシの住居にAM10:00集合でお願いします」
「えっ?」
「イベント告知のお仕事です」
モンジは人差し指を立てて
「報酬分働いていただきますよ」
と言った。大丈夫なんて、言わなきゃ良かった···。
モンジとは、ひとまずそれで通話を切った。
あの過去ログの再生、システムへの侵入未遂···。当然だが、モンジが何か知ってるはずもない。考えても無駄だ。なるようにしかならない。
サーシャは立ち上がり、セラルを呼び戻した。綺麗に光る黒い体に、緑色の大きな目がこちらを見つめている。
「お前のようなAIでも、傍にいてくれると気が休まるよ」
セラルは目を細め、サーシャの肩に乗って頬をすり寄せた。
その背を優しく撫で、サーシャはそのままペット育成場を後にした。
育成場から帰る帰り道。いつもはスキルで飛んでしまうが、なんとなくセラルと散歩がしたくなったので、サーシャは徒歩で自宅へ向かっていた。
「···?」
目の前に、横たわった丸太が···?
サーシャは怪訝に思い近づいた。するとそれは、デッドしたプレイヤーだった。
「···」
珍しいグラフィック、大女のキャラクターが大きな体を横たえている。サーシャはオーガタイプの大女を選択したプレイヤーを初めて間近で見た。
「起こしてくれ」
大女はサーシャを見ると横柄に言った。
サーシャは蘇生スキルをかけてやった。ヒール同様、生き返った時のHPによりだいたい検討がつくのだが、そこから察するに大女の最大HPは2桁しかない。装備もチュートリアル時のまま。
サーシャが今いる場所は最低でもレベルが50はないと生きていられない。だがこの大女は、ヘタしたらレベルが一桁かもしれない。
大女は、起き上がると何も言わずに歩き去ろうとした。
「そのまま歩いて行っても、次の街にはたどり着けない。目的はなんだ?」
サーシャは大女に聞いた。
「それをお前に話す義理はない。儂は先を急いでいる」
そう言うと、3歩歩いた先でモンスターに一撃で倒された。
「起こしてくれ」
おいおいおい、なんだこいつは···。
サーシャはため息をついた。
大女は、とあるプレイヤーとここで遊ぶために来たそうだ。チュートリアルを終え、そのまま出発。死んでは誰かに起こしてもらいここまで来たらしい。よくもまぁ、ここまで···。サーシャはある意味すごいと思った。
「先程も言ったが、この辺りはレベルが50はないと通り抜けられない。今のレベルはいくつだ?」
大女は、起こすと歩き出すので死んだまま会話を続ける。
「レベルとはなんだ、年齢のことか?」
おいおいおい、こいつ何しに来たんだよ···。
大女は、サーシャが最も馴染みのない人種。フルダイブどころか、オンラインどころか、ゲームというものそのものを知らない人物のようだ。
ふーっと、息を吐くと、サーシャは説明を始めた。
「ここはゲームの世界だ。モンスターを倒し、経験値を貯め、レベルを上げることで自身を強化していくのが基本だ。今の貴方を現実世界で例にとると、まだハイハイもできない赤子なのに、プロバスケットチームで試合に出ようとしているような物だ。絶対に不可能だ」
大女は顔をしかめ、
「そのレベルというのはどこかに売ってないのか」
と言った。レベルを上げた状態で、アカウントごと売ってくれというのか?アカウント売買は規約に抵触する。だが、そうではないだろう。売り買いできる、アイテムみたいなものだと解釈してしまったようだ。
「レベルは売買できるようなものではない。自分の時間やその他を駆使して高めていくものだ」
たまには犠牲にして、な。
「そうか···金で買えないものが、世の中多すぎるな···」
ふむ···と、サーシャは蘇生スキルを唱えた。
「あるプレイヤーと遊ぶと言ったな。そんなにこの世界の事を知らないでは、遊ぶに遊べないぞ。時間がないのなら尚更だ」
大女は起き上がった。
「だが儂では、あのような説明ではさっぱりわからん。あの子に会えばなんとかなるだろう?」
あのような、とは、きっとチュートリアルの事だろう。
フルダイブMMOを、何の予備知識もなく始める人間など、通常いない。ダイブ中はレム睡眠と同等の意識レベルになる。危険が全くないわけではない。大抵がゲームにはまり込んだ人種が、さらなる臨場感を求めて危険を顧みず潜ってくるのだ。だから、チュートリアルも簡素化されていて、フルダイブでの仕様説明にとどまっている。全くのゲーム初心者に、あれで理解しろというのは無理な話だ。
「3日我慢し、私から学べ。基本を叩きこんでやろう。もちろん無理にとは言わないが」
大女は頷いた。よし···みっちり叩きこんでやろう。
「私はサーシャだ。名前はなんという?」
フレンドシステム起動。右手を差し出し、サーシャが聞くと、大女は
「カトウだ」
と答えた。絶対それ本名だよな···。
カトウは、とりあえず自分でキャラクターを制作するところまではやったのだ。執念とは恐ろしい。
人気のないグラフィックは、選択画面の一番最初に表示される。恐らく彼は、真っ先に出てきた大女のグラフィックで、とにかく必死にキャラクター制作をしたのだろう。この丸太のようなキャラクターを、いかついおっさんが操作していると思うと、サーシャは気分が悪くなってくる。
赤子に当たり前の事を説明するのが難しいように、サーシャにとって常識的な事を、理解していない人間に説明するのはとても骨が折れた。しかも、カトウは理想的な生徒とは言い難かった。覚えが悪いし、応用も効かない。にも関わらず態度がでかい。
これでよく「ゲームで遊ぶ」という発想になったものだ。
「基本はこんなものだ···。またおいおい説明していく。とりあえず経験値を貯めなくてはな···。まさかまだレベル3だったとは···。職業はどうしてる?」
とサーシャが聞くと
「建設会社の顧問をしているが」
それはリアルの職業じゃないのか···?
はぁーーーとサーシャはため息をつく。どおりで話が合わないわけだ。彼は、サーシャの父親くらいの年齢らしい。
とりあえず2人揃ってはじめての街に戻る。転移スフィアを使うとカトウは驚いたように周りを見回している。
「おい、あまり端に行くな。崖から落ちてしまうぞ」
サーシャはふらふらしているカトウに声をかけた。
「どうせ死んでもすぐ起こせるだろう」
カトウは崖を覗き込んでいる。
「崖から転落しても、HPダメージはない。だが、今のパラメータで落ちれば、1時間くらいは麻痺状態になり行動不可となるぞ。時間が惜しいんじゃなかったか?」
カトウはあわててサーシャの傍に戻ってきた。
狩りの仕方を教えるのも一苦労だ。応用が効かないのですべて手本を見せる。
「こうで、こうで、こうだ。わかるか?」
「あぁ、そのくらいわかる」
アァ、ソウデスカ。
しかもすぐに
「疲れた」
となる。LFOに疲労という状態はない。HPがあれば、状態異常でない限りHP1でも動けるハズ。しかし無理強いはできない。
これは3日後、カトウが遊びたがっている『あの子』は苦労するハメになるな···。
と、ここで一つ気になることがあった。
「カトウ、会いたがっている子の名前は分かっているのか?」
剣を放り出し、だらしなく座っているカトウは
「聡司というんだ。今年12歳でね」
と、優しい顔になる。なるほど、子供というわけか···いやいや、そうではなく···。
「その名前は、この世界で名乗っているものなのか?キャラクター名がわからなければ探しようがない。この世界には、現時点で1万を越すプレイヤーが接続しているんだぞ?」
カトウは途端に難しい顔になった。
「家内に聞いてこよう、知っていると思うが···」
なるほど。
だがいつまでもカトウはそこに佇んでいる。
ま、···まさか···。
ポケっとしたカトウがサーシャを見て、言う。
「これはどうやって終わらせるんだ?」
サーシャは唖然とする。無知とはこんなにも恐ろしいものなのか···。
ログアウト方法も知らずによくまぁポコポコ死んでいたものだ。サーシャはログアウト方法を教え、それを忘れると一生ここにいるハメになる、と強く説明した。定期メンテで弾き出されるが、それにしたって丸1日以上、サーシャでもなきゃインしていられるものでもない。
あの様子では、現実の体も脱水症状くらいは起こしているかもしれない。
あぁいうタイプが、自分の子供には「ゲームなんかしてないで勉強しろ」とか言ったりするんだ。···でも、子供の話になった時、ずいぶん優しい顔になったな···。
カトウはしばらくして戻ってきた。
「あの子はここで、タイトと名乗っているようだ。最近はずっと、ばすとかいうのと戦っている」
ばす···?ボス···ボスモンスターか···。
「レベルはわかるか?」
「1週間前で35だったようだ」
ということは、アクエリアスかカプリコーンのどちらかだろう。
そのボス戦を一緒に楽しむには、最低でもレベル15まで上げないと、ボスマップが出現しない。
よし。と、サーシャは背中から大剣を引き抜き、傍にあるマップオブジェクトに高速スピードで斬りつけた。
ガガガガガガガッ!
「!!」
カトウは驚き、呆然としている。オブジェクトはサーシャの攻撃が終わると元通りの形を取り戻した。
「ここからはスパルタでいくぞ。この世界では私のほうが圧倒的に強い。貴方もある程度までは育たないと話にならない。いいな」
カトウと会って2日目には、なんとかレベルが20になった。
とはいえ、戦い方は支離滅裂。センスがない···。使い物にならなかった。
まぁ、いいさ。クラン戦に出るわけじゃないし。
サーシャはカトウに教え、ほぼサーシャが操作する形でパーティ募集の掲示板に書き込みをさせた。
〈ボス攻略募集!〉
アクエリアスかカプリコーン
一緒に倒しませんか?
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ー用語解説
ペット育成場:ペットのステータスを上げるのに適したフィールド。通常フィールドでも育成は可能だが、ステータスが低くすぐに死んでしまうので、育成場で上げるのが普通。
キャラクター制作:ゲーム開始時に行なわれる。
男女の区別と、体の大きさ、子供サイズから大人間まで5段階。
これと、キャラクター名は、初期のまま変更することができない。他の細かい設定は、ゲーム内ででもいじることが可能。
キャラクター名:LFOでは、同名でキャラクターを作成することはできない仕様となっている。また、一度消去したキャラクター名は、その後一週間は凍結され使えない。