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「あんたは、俺が怖くねえのか」
今日も今日とて、躊躇いもなく獄舎に現れた少女に、質問が飛んだ。瞬いた後、ふっと少女が笑う。
「なにがおかしい」
「だって。初めて将軍様から話しかけられたから」
「いい加減、お姫さんの話に付き合うのに飽きたんでね。やれ空の色がどうだ、海ってなんだと、つまらんことばかりだ」
「そうかしら? 知らないから訊くのよ。空と海は青でなくて? 草原は緑ではないの?」
「白い空もあれば、黒い海だってあるさ。草が枯れりゃ草原だって茶色になる」
「なら、雲は白いわよね? それさえ変わらないなら、私は満足だわ。あれ、ふわふわしてておいしそうじゃない」
「意味が分からん。雲を食った話なんざ聞いたことねえ」
「食べに行きたいと思っているよ」
「寝言は寝てから言ってくれ」
にこり、と少女は笑った。
「寝言じゃないわ。だってもしかしたら本当に、食べれるかもしれないんだもの」
「そーかよ。精々、雨雲に当たらんように気をつけろ。あれは白くないからな」
「そうなの? 残念ね、全部白ならよかったのに」
ふふ、とうれしそうな声が軽やかに石壁にこだまする。
「将軍様、元気になったのね。今日はたくさんお話ができて、楽しいわ」
「おかげさんでね」
「あの後食事ができたのね? 服も替えてもらったの?」
「……そうだな」
「もうすぐ冬なのにそんな薄着なままでいいの?」
「北皇国じゃ、この国の冬は春と同じだ」
「じゃあ、寒くないのね。見たことない服だわ。将軍様が、将軍様だから、そんな服なの?」
「あのな」
「釦はないのね、真ん中のひもで結んでいるのはどうして?」
「……」
「怪我をしているけれど、治らないの? それとも治してもらえないのかしら」
「おい」
「無理に動くせいもあるわね。ふさがる前に、新しく傷になってしまうのよ」
「……お姫さん。そろそろ帰っていいぜ、あんた」
いい加減、口の多い少女に辟易して、男は投げやりに言い放った。少女の声は、響く。この牢の中にも、男の中にも。
けれど、そんな男の様子すらおかしいようで、少女はころころと笑うばかりだ。
「ひどい将軍様ね。言ったじゃない、ここは私が先にいたんだから、好きな時に来て、好きな時に帰るのよ?」
「話がしたけりゃ、よそでやれ。こんな暗がりに、わざわざ来ることはないだろうが」
「あら駄目よ」
「なにがだ」
「私に空の色を教えてくれるのは、将軍様だけだもの」
「なに?」
「雲でも空でも、見たことを教えてくれるのは、将軍様だけよ」
「……」
楽しい話の続きのように、少女は言った。
「侍女も召使も、私とは口をきいてはいけないのよ。私が話しかけて答えてしまうと、ひどく打たれるんですって」
がりり、と不穏な音がした。男が顔を歪めながら歯噛みしたせいだ。聞いたことのない音に、少女があたりを見回して音源を探した。
「……なぜだ」
低く唸る声。獣の威嚇の声にも似ていた。男が怒っていると、少女にはわかったけれど、急に変わった態度に少し戸惑う。
「なぜって……そうね、たぶん私が天の御使い、だからかしら?」
「……な、に」
「ご存じじゃないの?」
少女が、疑問を質問で返す。丸い瞳は、意外だと驚きを告げていた。
「偉い将軍様、知らなかった? 私の国にいる神様の御使いは、黒い髪と青い目をしているのよ。だから、私は天の御使いなんですって」
「……」
「父上はね、戦勝記念に私を神様の元へ遣わして、国の繁栄を願うつもりなの。将軍様も捕まえたし、きっともうすぐ戦争は終わるかしら? そしたらお祝いでしょ、お祭りでしょ。お酒飲んで、よっぱらって、楽しくなって……たぶん、それでお別れかしらね。天は遠いみたいだし、お兄様とも将軍様とも会えなくなるわね」
サヨナラはちゃんと言いに来るわね、と少女は笑った。




