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 朝日が昇ったのは、かすかに変わる光の加減で分かった。

 けれど次に気が付いた時、目の前には少女が怪訝な顔をして座っていた。それだけではない。

 手が、伸ばされていた。


「――っ」


 はっと息をのんで、慌てて身を引く。ガラガラとやかましく鎖が音を立てた。白い手が、動きを止める。

 男の目が丸く見開かれるのを、少女は驚いて見つめていた。視線が合うことはあまりない。いつも伏せられていた双眸が、初めて薄い茶色なのだと知った。

 触れてはいけないことも、初めて知った。


「あのねえ、将軍様」


 返事はひどく間が空いた。その上、かすれてどこか張りがない。


「…………なんだ、お(ひい)さん」

「具合が悪いの?」


 答えはなかった。代わりに、動ける範囲で体と首を背けられる。が、少女は構わない。


「風邪をひいたかしら? それとも病気? 熱があるの?」

「……」

「こさえた傷が痛むとか。実は大けがしてたとか? でも、おかしくなったのは『今』よね。再発したか、悪化した?」

「……」

「それとも――」

 

 次は何があるかしら、と辺りを見回す。誰もいなかったし、何もなかった。

 なにも、なかった。

 少女は朝から、ずっとここにいるのに。男の意識がない間も、ずっと。けれども何も起こらないし、誰も来ない。


「もしかして、お腹空いてる?」

「――っ」


 沈黙が、変わった。ただの無反応から、息を押し殺して、身を固くしたものに。

 空腹、という状態は、とっくに超えていた。

 男の中にあるのは、飢餓だ。水も食料もないせいで、意識が保てず、浮かびあがれば幻覚さえ引き起こすほど。


 もともと、食事は途切れがちだった。

 一日に一度、ましならば二度。水だけは大きな入れ物に入れて獄卒が置いていった。牢に繋がれたばかりの頃はそんな頻度だったが、ここ最近はどんどんひどくなっていた。

 人が来ない。見回りさえ、足音も聞こえない。

 まともな食べ物を口にしたのは、数日前だ。

 飲み水も昨日、空になった。

 どうにか正気保ってはいても、少女と会話をするのさえ億劫だった。


 もし、喰らい付けるなら。


「……大丈夫?」


 俯く男のさらに下から、じっとのぞき込む青い目をした美しい獲物に。


「…………ねえ? 将軍様?」 


 飛び掛かっていても、おかしくない。


 けれど。


 少女は、立ち上がった。自由な手足に、虜囚の身は敵わない。律儀に格子を外しては、元に戻す。足音が遠ざかり――さほど時間をおかずに戻ってきた。


 手に、水差しを持って。

 入り口を作って、水差しをまず押し入れ、自分も入る。やはり、きちんと棒を嵌めた。


「どうしようかしら」


 少女が首を捻って悩む。なにしろ、男は両手を使えない。器も持ってこれなかった。考えた末に、少女はいつもよりも二歩、男に近づいた。


「ええと、口を開けて?」


 気力も、判断力も、感情も。男にはなにも残っていなかった。

 ただ漠然と、後悔だけが浮かんだ。 

 拒絶できたら、どんなに良かったか。




 緩く開いた口に、細く冷たい水の筋が流し込まれた。




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