2. 契約書の解読 1 法律との兼ね合いに注意
では、話は戻って、契約書の読解の話に入ります。前述の通り、俎上に乗せますのは「一般社団法人 日本書籍出版協会」で作っている「出版権設定契約書ヒナ形1(紙媒体・電子出版一括設定用)2017年版『出版契約書』」です。
第1条 出版権の設定
これは、契約の客体となる作品を特定する内容です。
ただこれは、厳密に定義する必要があります。例えば、同名作品で短編として掲載したものと、続編として掲載したもの、両方を持つ作家にとって、今回書籍化の対象となった作品はどちらなのかあるいは両方なのか。出版権が設定されるのはその一部なのか全部なのか。
これが「一部」であれば、例えば第1話から第10話までをA出版社から、第11話から第30話までをB出版社から、それぞれ刊行する、という事も(契約上)成り立ちます。
その一方で、その「範囲」が契約書に盛り込まれることは普通ありません。「常識で考えれば全部だってわかるだろう?」と言い方を出版社側はするでしょう。が、契約書の文言が、そのように解釈が分かれる可能性があるのなら、それを特定するのは当事者である作家本人です。
第2条 出版権の内容(著作権法第79条関係)
これは、出版の形態の話です。これは、出版権者がどのような形で作品を公開するかを定めたものです。ただこれにより、契約する出版社以外のところから、その作品を公開する自由を失います。
第3条 著作権者の利用制限(著作権法第79条関係)
基本、「出版権」が設定されることで、出版権者以外の人間が、その対象となる作品を公開することは禁じられます。そして禁じられる対象には、著作権者本人も含まれるのです。よく、「この作品の著作権は俺が持っているのだから、俺がどうしようと勝手だろう?」という言葉を聞きますが、間違いです。出版権は、事実上「公開販売占有権」でもある訳ですから、著作権者と雖もそれを侵害することは出来ません。
つまり、作家本人がその作品の一部をコミケで販売したり、自分のHPで公開したりすることも、この条項で禁じられます。
そして、「小説家になろう」での公開。これを禁じるのも許可するのも、この条項です。良く読み解き、Web公開の可否、なろう掲載作品の取り下げの有無、などを確認し、場合によっては例外事項としてそれが問題にならないように文言の修正を進言してください。
第4条 著作権使用料の支払い
これは、印税の支払いについてです。これについては、多分交渉の最初で合意がなされている筈ですので、その合意内容とこの条項の内容に矛盾が無ければ問題はありません。
但し。従前の打ち合わせの際には存在していなかった「条件条項」(たとえば打ち合わせの時には「印税10%・初版出版部数10,000部」と言っていたのに、この条項には「初版実売数が8,000部に満たない時、印税3%」と定められているなど)がしれっと付け加えられている可能性もあります。見逃さないでください。
第5条 本出版物の利用(著作権法第79条関係)
これは、難しく考えることなく出版権者が独占的に著作権者の作品を利用できます、という事です。
第6条 権利許諾管理の委任等
これは、例えば作品の一部のシーンなどを雑誌などで転載することの是非です。この雛形では、それに伴い雑誌社から出版権者に使用料等が支払われた場合、別段の定めに従い著作権者にも支払う義務を定めています。
第7条 著作者人格権の尊重
これは、作品タイトルや設定等を、著作権者の許可なく出版権者側で改変してはならない、という事を定めた条項です。
書籍化に伴い、主人公の年齢が中年から高校生になったとか、敵キャラが男キャラから女キャラに変更されたとか、或いはタイトルが変わってしまったとか、ありますけれど、それは全て、この条項に則っての行いであれば著作者が許可した内容なのです。「編集者がやれと言ったから」というのは言い訳になりません。あくまで、その改変を許可出来るのは著作者だけ。なら、その責任は著作者にあるのです。
実際の事例に、「タイトルの変更を出版社側に打診された。何となくしっくりこなかったけど、担当者がそういうのならと変更を受諾した。けどやっぱりしっくりこなかったので、『やっぱり元のタイトルに戻して』とお願いしたところ、『もう印刷に回っているから不可能』と答えられた」というのがあります。タイトルは作品の顔。それを出版社側に言われたからと「しっくりこないのに」変更することに受諾した、著作権者の責任です。
第8条 発行の期日と方法(著作権法第81条関係)
これ。文言はそのままですが、実に重要です。
著作権法によれば、出版権者の「義務」として、以下のことが定められています。
イ.原稿受領から6ヶ月以内に出版する義務
ロ.慣行に従い継続して出版行為を行う義務
つまり、「原稿を受け取り、しかし出版しない」ことは、違法行為なのです。
すると、第1条が別の形で意味を持ちます。すなわち、契約の客体が「作品全体」で、もし著作権者が「出版社の定めた原稿提出期限までに、完結に至るまでの全ての原稿を提出する」事が出来たら、出版社はそれら全てを「6ヶ月以内に刊行する義務を追う」ことになるのです。「第一巻の売れ行きが思わしくなかったから」など言い訳になりません。これは法定された義務なのですから。
第9条 贈呈部数
これは所謂「献本」です。初版に○部、無料で著作権者が貰えるという冊数です。
また、希望すれば、内部価格で(店頭買いより安い価格で)自分の本を買う事が出来ます。友達に布教するのに使いましょう。
が。この契約条文に、「ただしこの部数は、著作権使用料を除外する」と定められている場合もあります。また、この条項を拡大適用すると、Web作品の書籍化でよく問題になる、「販売部数が振るわないから、著者の自主買取」に繋がります。気を付けてください。
第10条 増刷の決定および通知義務等
まぁこれは、文言の通りです。要するに、「重版が決まりました!」と事前に通知しなさいということ。あとになってから「実は重版しちゃいました。テヘ?」は駄目ですよ、と。
これは、出版後に発見される誤字脱字衍字、或いは表現の訂正などをこのタイミングで行う場合があるからでもあります。黒歴史は早めに隠蔽しましょう。
第11条 改訂版・増補版等の発行(著作権法第82条関係)
これは前条で述べた、改訂等に関する条項です。
ただ、契約内容によっては習性が複数箇所に及ぶ場合、その手間賃は著作者が負担する、と定められていることもあります。あとになって嘆くことのないように、契約書は読みこみましょう。
取り敢えず、今回はここまで。続きは次回。
(2,728文字:2017/08/06初稿)
「一般社団法人 日本書籍出版協会」〔出版権設定契約書ヒナ形1(紙媒体・電子出版一括設定用)2017年版『出版契約書』〕(http://www.jbpa.or.jp/publication/contract.html)