言葉のない世界Ⅱ
続 原発震災日誌⑨
言葉のない世界
過去の中に、埋もれている宝石を探す作業、散文詩にすること、
第一稿はベタ書きで、後推敲
《妹》
初めて見る風景、
やっと出来つつあった12歳の自我の上に世界は押し寄せ、
意味は、不安、覚悟、忍耐と、世界はどこまでも曇っており、光が射しているところはなく、その一日は、人間に捕らえられた動物が、檻の中で、自分のおかれた状態に戸惑い、放心したような、世界の片隅で佇んでいた、
続 原発震災日誌⑨
言葉のない世界
過去の中に、埋もれている宝石を探す作業、散文詩にすること、
第一稿はベタ書きで、後推敲
《妹》
初めて見る風景、
やっと出来つつあった12歳の自我の上に世界は押し寄せ、
意味は、不安、覚悟、忍耐と、世界はどこまでも曇っており、光が射しているところはなく、その一日は、人間に捕らえられた動物が、檻の中で、自分のおかれた状態に戸惑い、放心したような、世界の片隅で佇んでいた、
土塁が聳え、堀が取り囲み、厚い扉のある門の前には、石造りの橋が掛かり、門をくぐると、石畳が奥へと続き、見下ろす杉の大木が林立し、何処かの城に連れて来られたような、
言葉が、心につながらない、ついこの間まで使っていた自分の言葉がない、消えた時間、もやのかかった、音が吸い込まれた世界、
射るような、好奇の無数の眼差し、蔑み、時々、嬌声、
どうしてこうなってしまったのか、悔恨、仕方がなかった、こうする他は、そう理解し、
ついこの間まで、小さいがそこには世界があり、人につながった家というものがあり、安心と自分の一日というものがあった、一日というものに区切りがあり、時間は自分の所有であった、
いまや朝日も、夕暮れも所有を失った、唯一の光、救いの意味、それが妹であった、
その戸惑いの、貶められた世界に、妹は半年も前から棲んでいたのだった、
学校に着いてくる、恥ずかしい、寂しいのはわかる、がまんして、おりこうして、何して遊んだらいいの、誰もいないのよ、まだ7歳なのよ、朝になると突然一人にされるの、
私から見るのではなく、人自体、物自体から見る、私対世界とは、世界を存在させること、章分け、視点分けではなく、文節分けで、
寂しさ、この世界に生れてきて、まだ誰ともつながってない、兄だけが光、世界がどうなっているのか、どこで、どうして、空腹を満たせばいいのか、誰も守ってはくれない、遊びなんて考えられない、まだ花の名前も知らない、名前なんて何の意味もないけれど、一人で遊ぶという事がどういうことか解らない、不思議を見るように立ちつくす、
一つの光景の背後にある、言葉で置き換えられない無数の過去、記憶の中に、妹が笑って立っている、友達の後に隠れて、時々顔を出すが、直ぐに隠れる、おかっぱ頭の、何か言ってやりたいが言葉がかけられない、ニッツ、と笑い返す、小学一年になった、しばらく見ないうちに女になっている、どお、ここの雰囲気、慣れた、私は平気よ、ずっと一人だったから、
自立した、庇護する必要のない、またそうしてはいけない妹という存在、一人が基本のその世界、笑顔がそう言っている、ここで育つのよ、同じ境遇の子どもたちと一緒に、
過去とは何だろう、過去だけがすべてに思える時があり、現在は未だ、誕生したばかりの時間の尖端で、過去だけが、重さと、固定されたネガとしてあり、決して変更されない、出来事として、過去はノスタルジーなどではなく、偉大な現在であると、未だ見出されていない、見過ごしてしまった出来事への、
音楽が、人にわかるのは、現在の気分で選んだこの過去との融合があるからに他ならず、
言葉のない世界
《親のある子と親のない子》
正月など来て欲しくない、親のある者ものは三日ほど親元へ帰る、ない者は彼らが帰ってくるまでの空疎な時を費やす、日頃はうるさいその世界が、正月は静か、人が何人か欠け、
親のない者は、親のある者をさほど羨むでもない、親に色々なものを買ってもらい、楽しい思いをしていると想像はしても、羨ましいとは思わない、
ずっと親などいなかったし、親がどういうものか知ってはいない、おぼろげに記憶を持つ者が、幻想をいだき、いつの日か現れ、その世界から連れ出してくれることを夢見、が、実際は、その親というものとの暮らしを知らないのだから、想像できないのだった、
新しい靴、服、お年玉、ご馳走と、その世界にも正月はいつもとは違ったものがあったが、それらはさほど喜びとつながらない、そうした出来事とつながった家族や未来というものを知らないのだから、
子がどうしてこの世界に連れてこられたか、離婚、犯罪、夜逃げ、片親だけとなり、父なし子、捨てられ子、虐待、親は居ても居ないに等しい、帰る家など実際には無いのだった、
「家は楽しかったか」
「うん」
「おとうさんは、元気だったか」
「うん、うん」
持たせてもらった菓子を食べながら、
数日の家庭の味、親戚の家で、お客様ではあった、褒められ、励まされ、
「いつ迎えにきてくれるの」
「もう少し、金を貯めたら」
父と子の約束
その世界に帰る日の落差、
親のない子には、出るあてのない、無期懲役のような、
子を守れない親、懸命に守る親、その世界の外にはあり、
書かねば、未だ書かれていない世界、連作する事、掌の小説で、多く児童文学が親と子の絆のうえに成立しているが、親のない子、私対世界、一人の私では書かれていない、
言葉のない世界
《憎しみの瞳》
その世界で、彼女はあまりにも多くの憎しみの瞳に洗われてきた、彼女はその憎しみの瞳を吸い込んで生きてきた、憎まれる理由は生れ落ちたその日からあった、なかでも母の乳房に埋もれることは最大の憎まれる行為であった、抱かれること、暖かな衣類に包まれること、甘え、訴え泣くこと、二歳をすぎ一人歩きが出来る頃には、おぼろげな形ではあったが知らされた、突然、たたかれた、持っている物を奪われた、四、五歳になったとき、はっきりとわかった、春の陽を浴び自由に庭を駆けることはいけないことであった、そこは彼らの庭であり家であったのだ、走っていて脚をかけられた、一緒に遊んでいてつねられた、この頃からだった彼女は彼らの瞳からは逃れられない、耐えて、むしろ傷ついて生きていこうと思った、
だが小学四、五年生になると、彼女が唯一生きる武器にしていた傷つくことさえ出来なくなった、彼らはもはや憎しみの有効な方法であった苛めが役に立たなくなったことを知ると、一緒に遊ぶことをやめ、憎しみの呪いをかけるようになった、
彼女はまったくの孤独となった、彼らは彼女に近寄ることも、近くで言葉を交わすこともしなくなった、唯一の救いは、彼らの放つ陰惨な呪いの瞳を受け止めることであった、
中学生となった彼女は、女となった自分の肉体に喜悦した、ふくよかな胸の隆起と、しなやかに伸びた脚は、彼らの格好の憎しみの対象となるはず、彼女はことさら胸をはだけ、その白い脚をさらした、彼らは、軽蔑、好奇、と、憎しみの瞳を好んで浴びせた、
中学も終わる頃、その世界を出て行く彼らにとって、関心は、外の世界への、不安と、希望へと変わり、憎しみの瞳を投げかけることを忘れたように思えた、
彼女はあと数日で彼らとの桎梏から決別でき、自由な解放の時が訪れると泣き崩れるほどであった、
生れ落ちたその日から憎しみの理由は用意されてあった、彼らがその世界を出て行く日、
彼女は十五年の歳月を、今は忘れてしまいたいと降りしきる桜の並木をひとり歩いていた、
「悦子がいたぞ」
何年ぶりかに聞く彼らの声だった、危険よりも懐かしさを覚え胸が騒いだ、
彼らは一陣の風のように現れ彼女をとりまいた、
「やれっ」
彼らのリーダー格となっていた俊が命令した、
彼女は本能的に抵抗の叫びをあげうづくまった、しかし、彼女はそれ以上の抵抗はしなかった、多勢の男たちの力のせいもあったが、必死の抵抗を試みるには疲れていた、
降りしきる桜の花びらを見つめながら、憎しみを吸い込んではならなかったのだ、打ちひしがれ、ひ弱な女でいなければいけなかったのだ、
彼女ははだけた服を繕いながらこれですべて終わったとつぶやいた、
彼らがその世界を出て行った七年後、福祉大を出た彼女は、その世界の母になりたいと、児童福祉の仕事に着いた、
個人の絶望があって、世界への絶望が自然裡に肯定され、




