ニーチェの馬(THE TURIN HORSE)
続 原発震災日誌⑧
ニーチェの馬(THE TURIN HORSE)
タル・ベーラ(TARR BELA 1955-)ハンガリー
人の徒労、永劫回帰、又はシジュフォスの神話のような、不条理が
ニーチェの1889年トリノでの馬を抱いて発狂したとのエピソードから
風の中を男が馬を走らせ
風が吹き荒れる不毛の地へ
獲れる食料はジャガイモくらい
食事は朝も晩も、ジャガイモ一個に塩をかけ
続 原発震災日誌⑧
ニーチェの馬(THE TURIN HORSE)
タル・ベーラ(TARR BELA 1955-)ハンガリー
人の徒労、永劫回帰、又はシジュフォスの神話のような、不条理が
ニーチェの1889年トリノでの馬を抱いて発狂したとのエピソードから
風の中を男が馬を走らせ
風が吹き荒れる不毛の地へ
獲れる食料はジャガイモくらい
食事は朝も晩も、ジャガイモ一個に塩をかけ
男は常にどこかへ、何かをしに出かけようとする、男と女は父と娘
男は右手が動かない、女が服を着せる
馬は機嫌で働く
男は服を着ては又脱ぐ
又ジャガイモを食べる
ある日、近くに住む男が酒を求めに来る
何事かをしゃべり続け帰っていく
ある日、旅行者が水を求め立ち寄るが
男と女は追っ払う
その旅行者の一人が一冊の本を女に渡す
女は本を朗読する
ある日、井戸が涸れた
引っ越そうとする
男は何かの道具類、女は靴や服、母の写真
女と馬
馬に話しかける
暗い厩で立ち尽くす馬、動こうとしない
馬車を曳かない馬
手押し車で馬を引っ張って引越し、
しかし、気が変わり又戻ってくる
吹き荒れる外を又眺める
そして又ジャガイモ一個の食事
ランプの芯も燃え尽き
もはや男も女もジャガイモを食べようとはしない
その後、人と馬はどうなったのか、馬の孤独、人の絶望、
セリフはあるが意味はない
風の泣き声のような音楽
馬は何のために生きているのか、その馬より無意味な人の生、意志で作られた作品、人の不条理、朽ちて死んでいく人という、それでも人は喰い、出かけ、洗濯をし、窓の外を見、しかし最後には食欲も失せ、絶望に対して虚無が有効性を持つのか、タル・ベーラは執拗に不条理を、虚無を、闘い挑むように、食べることをやめた男と女、餓死という自然死、これこそが不条理への応えのように、
この虚無に立ち向かう文学を、
私は私の絶望から、
私における絶望とは、小四の私にもたらされた、父の絶望があった、
骨拾い
抜けるような初夏の青空が拡がっていた、時折、汗ばんだ私の頬を風がなぜていく、丘の上の白い建物は、昨日と変わらず花壇に色とりどりの花が咲き、洋風のシャレた玄関には真鍮の把手がまぶしく光っていた、外見からは郊外の閑静な療養所といった感じ、だか一歩玄関を入ると、正面に背の高い鉄格子の扉が立ち塞がり、その奥に続く長い廊下には、時々丸刈り頭の青い服の囚人が行き来する、
私は父がまだそこにいるような錯覚を覚える、
カミュは絶望を、死刑囚の中に、純粋な形で見ると、
私は三度助かったという感情、四十才の時の胃癌宣告、初期で転移はなく、しかし、六年目、左肺腺腫瘤影の診断、しかし、それは誤診で、そして2011年3月11日、原発震災、あの日、覚悟をしたのだった、世界の破局を、いずれ関東も、避難を迫られるだろうと、しかし、私は去らない、この絶望を見届けようと、自らの癌のように、あれから一年、直ちに健康への影響、避難の危機は、とりあえずは回避されたものの、じわじわと、忍び寄る危機、再びの地震による、アクシデントによる、覚悟された、待ち構えた、危険の上の、その日までの今を生きている日々、
未踏四号の絶望
H病院の屋上は、エレベーター前がサンルームになっていた、壁側に長椅子を2、3脚置いただけの、殺風景な場所だったが、私とエミコは毎日、時には日に何度も、その場所へ出かけた、病室が大部屋で、プライバシーが無いこともあったが、病室の空気ではない、日常の、自然の空気が吸いたかった、点滴台を押して、時には微熱の中を、二人で坐り、遠くの山並みの視界と、時々、頬を摩っていく風の中を過ごした、エミコには、これからの私の体と、生活の不安が、私には振りかかった運命の意味が、それらを互いに、言葉では表せず、押し黙り、
体の回復は、心ではどうすることも出来なかった、身体が時の中で、自分で行っていくことであった、心は只待つ以外に無かった、時々思い出したように、エミコが子供の事などを話す、私はそれらを只聞くだけ、私の関心は、今や社会や、世界には無かった、自分の運命にだけに、「人生とは何か」と十六歳の心に湧いたあの疑問を、再び四十歳になって問われたことの、
手術は成功した、助かった、ほぼ転移はないだろう、只在るだけで喜びであると、深く確認した、私の命、「人生と何か」など、実はこの私の生命の上に派生しているものであることは、充分に解っていることであったが、この頭と言うものは、生命のことを忘れて、頭の喜びを求めてしまう、それが人生の意味であったり、文学、芸術、音楽であったりするのだが、寝て、食べて、微熱が無く気持ちがいい、それだけで充分であったのに、
書く意味と、絶望に対置する私と、この私対世界への回復を、
私は私の絶望を辿らなければならない、
目の前が真っ暗に、頭が真っ白にと、使い古された言葉で語られる、癌の宣告、
父への
父の呼び声
一週間ぶりに帰った我が家は、変に整頓されよそよそしかった、「貴方など居なくてもいい、貴方など居なくても私は充分一人でやっていける」と妻の意志が貼り付けられてでもいるかのように、家具達が冷たく私を迎えた、
塵一つないほど掃除され、あるべき場所にあるものが置かれ、嘗て在った私の場所は何処にもないと思えた、
別れてもいいと思う今、欲しいと思う物は何もなかったが、十年間暮らした、三DKの市営住宅の我が家の何一つとして自分の物ではなかったような不思議な気分だった、
結婚して真っ先に買ったステレオ、デパート巡りして買い揃えた机、本棚、馴れ親しんできた調度品の数々、どれもが奇麗に整理されてみると全部妻や子の物に思えるのだった、
言葉のない世界
《兄妹》
サヨウナラという言葉は、その世界にはなく、
T君にも、その日、瞳たちの矢は放たれ、ある日突然に人は現れ、突然に去る、兄妹というものへの羨望、嫌悪、その世界の壊れた関係にあって、結び合った兄妹という出現に、知る者は、つばを吐き、言葉を浴びせた、
「チョウセン」と、苛めの対象が必要であったわけではない、関係への苛立ちがあった、
見つめ続けた瞳たち、その暖かさは、世界の鮮やかさを見せつけ、その眩しさが耐えがたかった、繋ぐ手と、守る強さ、その世界に、兄妹という関係は余計なもの、その世界への訪れは、関係喪失の帰結のはず、手をとられた皮膚のなごり、掛けられた呼び声の残響、厭わしい、消してしまいたい記憶、無数の射すくめる点としての視線と、その中のひとつの兄妹という面の、鮮やかな場のコントラスト、
日本語のもつ抒情を排した、抒情の背後にある、核、個、一体を捉えること、
わずか五年の世界が何十年にも思えるその世界、人が個であった時の無限を、
異和、もう求めてはいない、取り上げられ、理想しなくなったもの、誰も手など繋げないのに、視界に流れる、結ばれた手と手、呼びかけ応える、交わされる媚態、目障り、誰かが「チョウセン」と、その言葉に、どんな力が、なぜ「ブタ」や、「サル」でなく、「チョーセン」が、意味も知らず、誰に教わったのか、投げつける侮蔑、返らぬ言葉に、関係の強さ、自己憐憫、異質に対し本能的に反応し、卑屈に、甘受した大人たち、「チョウセンジン」で何が悪い、と、言葉は宙を舞うだけ、繰り返される愚劣に、ウンザリのT君、平気を装うほど、愚行はエスカレートし、妹が泣かされたとき、鉄拳の雨、
分け隔てなく、そそがれた心、が充たされぬものがあり、希望を知らない、関係を知らない瞳たち、徒党を組み反撃に、結ばれた手を引き離し、人質に、抵抗を止めたT君、勝ち誇る視線の中、寄り添い、再び結ばれた手と手、そこに在る、壊せない、忘れていた理想を見、羨望、無力、自己嫌悪、
見つめる時があった、無関心の時があった、
そんなある日、突然に、背の高いT君の父が現れ、辺りに笑顔がこぼれ、地獄にクモの糸が垂れてきたように、T君らは拾い上げられ、帰るべき家と、結ばれた父という、
その世界から、突然に消え去った、束の間の鮮やかな空間、五十年の時を経ても、褪せることなく、瞳に焼き付けられ、いま君に、玄界灘を越えて行った、T君サヨウナラ、




