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続・原発震災日誌  作者: 山口和朗
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言葉のない世界

続 原発震災日誌⑦


言葉のない世界


《あの病室の風景》


あの日、Yさんはもはや私と同じ時を生きてはいなかった、私の視線に、一瞥を向けたものの、直ぐに視線をそらし、私を何か嫌なものでも見るように、顔を背け、俯き、数日前まで共有していた、人の生きていることの寂しさ、社会や、未来への感情といった、共にベースにしてきたものの一切が意味を失い、喪失後の、無意味の、訪れる時の、その言葉を充てる感情が、犬と語るように、いや石と語るように、形作れず、言葉は目的、意味を奪われ、

続 原発震災日誌⑦


言葉のない世界


《あの病室の風景》


あの日、Yさんはもはや私と同じ時を生きてはいなかった、私の視線に、一瞥を向けたものの、直ぐに視線をそらし、私を何か嫌なものでも見るように、顔を背け、俯き、数日前まで共有していた、人の生きていることの寂しさ、社会や、未来への感情といった、共にベースにしてきたものの一切が意味を失い、喪失後の、無意味の、訪れる時の、その言葉を充てる感情が、犬と語るように、いや石と語るように、形作れず、言葉は目的、意味を奪われ、ただ暗澹、絶望の表情だけが顔を覆い、光は窓から射しているのだが、黄色く濁り、音はあるのに、遮断され、酸欠の部屋のような、息苦しさが満ち、よそよそしく、その病室という空間に私は座り、Yさんは何か知らない、他の生きものになったように、私へ無関心、私の意味を求める言葉は、頭の中で、生れては切り刻まれ、呑み込まれ、私に、語るべき共有されたものは何もなく、やっと出た「セカンドオピニオン頼んだら」の言葉に、「いや、もう主治医に任せているから」と、もう死は誰のものでもない、Yさんのものとなり、―――

あの日、読む本がなかった、今も多く死にゆく人に読める本はない、聖書も仏典も私の無理死を迫るもの、私の死と受容、例え死が偶然的事実であったとしても、死に至るまでの生、ハイデガーの実存開明でなくとも、死にいたるまでの生は、サルトルの言う自由の定義の内にあり、それは、生である点、そのことを、死ぬその瞬間までが人の生であることを、多く眼にしてきた死、人は、死以前に死んでいた、生も中途半端であった、

私の死を、私の生を、これは一体何なのかを、マルセルの「希望における現象学」における、アプリオリな定義があるとしても、私の消滅という、これは一体何なのかを、

マン、トルストイ、etc、etc、哲学における死の定義ではない、文学における死、私の死を、私の人称で、


「私の死」と「今日の涙」を、この一年書き継ごう、村上昭夫のように、私がそこへ、そこへ行って抱けるのは私より他にないのだからと、その心で、死刑囚ではない、生身の、あの人、この人へと降り立ち―――


太田の伯母さん


あの時の伯母さんの涙はどんなだったんですか、すぐ近くに住みながら十六歳の私は、親戚の人のことなぞ考えることもなく、遊びに夢中だった、刑期中の父からの手紙で、伯母さんが癌で入院しているから見舞いに行くようにとの知らせを受け、出向いたのでした、

「父の知らせで」と私は10年振り位になる伯母さんに話しかける間もなく、痩せ細り、目ばかりが異様にめだつ、その伯母さんの目から、大粒の涙があふれ、立ち尽くす私をその眼で見つめ続け、その涙の中に写った私の顔は、伯母さんの弟、私の父の顔と重なり―――、私は伯母さんのこと、良くは知らないのです、父や母から聞いていたことと、小学生の頃、一時伯母さんの家に預けられた時の記憶位しか、

「和ちゃんかい、ほんとに大きくなって、守そっくりや―――、そうかい、守が心配してくれているのか、ありがとうよ、ありがとうよ、わたしはこんなになってしまったが、守のことを思わない日は一日としてなかったよ、今も刑務所で辛い思いをしていると思うと死ぬにも死ねない」

伯母さんに子供はなく、伯父さんには妾を作られ、その上、家の裏に別宅まで作られ、

「本当に苦労したんだろうね、お前さんも、」

と、差し出されたその骨と皮だけになった伯母さんの手をとり―――、

八人兄姉の長女であった伯母さんと、末っ子の父と、どんなだったのだろう、


友の死


多くの癌サバイバーの死、癌を生きてきたという明確な生の形を示し、子ども達、次世代に托し、医師、回りに感謝し、慫慂と死へと赴き、


私対世界の意識は、私という持続した意識が必要であつた、私を絶望の上に置くとは、何と気楽な、無関心の自由があることか、気分において、価値において、意味において、絶望とは、まさに何も求めないでよい、理想や、真実や、美やと求め喜こびとしていたものが、失せ、あるのはただ、存在と流れる時だけとなり、その自明さだけが立ち現れ、自然な喜びに、いいね、とは思うが、さ程の関心、価値、喜びもなく、ただ在ることの中に在る私が在り、絶望することもなく、願うこともなく、絶望は自明なものと捉えただけのことで、ここから全てのものが俯瞰され、この絶望することを確保するまでに、私は65年かかったということ、絶望の先は、自明さが蘇ったということなだけ、実存も、あらゆる文化、芸術も、意味を失い、私という時間の先には、広大無辺の、宇宙存在の時空が、ただ広がってきただけのこと、

絶望するということが、私にこれほどの自由を与えてくれるものであったとは、カミュの無関心でもなく、プルーストの失われた時でもなく、私対世界の、絶望の地平、絶望という感情さえ必要なく、只、在る世界への感情なだけ、かつて癌宣告の日の、一瞬訪れた消滅の恐怖、そして手術までの不安の日々、すぐに死ぬわけではない癌であるのに、迫られた覚悟、実際転移が分かっていれば、余命何ヶ月かの、絶望ではあったのだが、転移はなかった、体力の回復、五年の経過を経て、湧き起こってきた勇気、この体験的絶望からの再生があって、今の私があるのだが、私対世界の、絶望の上に私を置くとは、3.11が、幸運にも、ただちに死にいたる状態に至らなかったのだが、依然として日本が、収束できない原発、地震大国の絶望の上にあるという事実、

あの日、私はベランダで植木に水をやっていた、エミコが何か騒いでいるのが聞こえ、部屋に入っていくと、地震であることが分かった、少し大きいなーと思っていたら、強い横揺れ、それがいつまでも止まない、どこか遠くで大地震が起きているとわかる、今まで体験したことのない長さと、揺れ、これは大きな被害が出ることだろうと、14時46分、三陸沖130キロ、深さ24キロ、マグニチュード9.0、震度6強、津波高10m以上、死者行方不明者、数万人か、夜は停電となり、地震の様子が分からず、深夜になって電気が点く、映し出されたTVには気仙沼の燃える様子、三陸の町が次々と津波に呑まれて行く様子、映像で見る津波の凄まじさ、事の大きさに驚き、今まで余り利用してなかったツイッターで、地震の情報を得る、どこどこに何人がいます、水、食料がない、助けてください、何処にいますか、元気ですか、と様々な場所からのSOSが呟かれていた、翌日には原発が危ないとの報道に、そして一号機の原発爆発の映像、子どもからは、友人で東京から脱出している者もいると、夜には和合亮一氏の詩の礫、柳美里の、ツィートを刻々に見る、原発震災が時間を追うごとに深刻さを増していく、翌日には、写真家の広河隆一氏等、双葉町で1000マイクロシーベルトを超えたとレポート、日本が終わることを想像する、そして被曝することを覚悟する、以来、続いている原発震災の日々、

直接の被害は何もない私が、絶望を考えることの、生き残った被災者たち、地震で家を壊され、津波で家族を、すべてを流され、その上に放射能が降り注ぎ、彼らの上にある絶望と、私が考える絶望との、原発さえなければと言って死んでいった酪農家の、私は、個人を超えて、私の死を超えてある絶望に、考えを逸らすことが出来ないのだった、変わらぬ日常が、被災地以外では、営まれ、原発震災など無かったかのような、


シュティルナーを読み継いでいる、


無の上に私を据えると、唯一者としての私の確認を繰り返し、説いているだけのシュティルナーだが、絶望の前には、あらゆるものが、哲学が、宗教、文化が、シュティルナーに言われなくとも、無であることの自明、ポンペイ最後の日のような、世界の絶望の前にあって、この絶望を上回る思想など、世界にはどこにも無いのだった、種としての絶滅には、神も仏も、存在も、時間さえも、そこには無いのだった、それらを感じる人間と言うものが存在しない世界、癌の転移に怯えていた5年間、読むべき本が無かった、核汚染の世界で生きる者に、読む本など実際は無いのだった、確実におとづれる死だけの生などに、

カミュが戦争に対して、絶望しないで、闘うことの必要性を説いている、が、私の絶望することの意味を、

世界に絶望することの、現実の、矛盾、不条理、どれも可愛いものに、私の死さえも、

絶望を見据えることによって、死に行く者へ、世界の不条理へ、浮かれ忘却する者に、希望と愛を説く者に、この絶望と、破滅に勝るものは無く、涙することも、怒ることも叶わず、

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