この間、調べた事
続 原発震災日誌69
個展を前に
Tさんの絵は好きです、クールベのような写実ではなく、ターナーのような幻想ではなく、そこにはTさんが見た大地の色と形が表されているから、それは有機物的な色と形という事、色はスーラーのような分解ではなく、幾重にも塗り重ねられた融合の色、形は生き物の丸みを帯びた流動形、風景画、印象画ではない、何か有機体がそこに誕生しているような、かつて私が感じた存在への信仰というような、自然への畏敬と、一体、同化が感じられ、今、人間が失ってしまった存在への畏怖と恍惚、それらを一人味わい、噛み締めているような祈りの姿、ミレーの晩鐘の祈りとは違う、人がどれだけ破壊しても、残る大地への信頼、人が絶えて後、蘇る自然への賛歌、感謝ではなく鎮魂、百年後、二百年後の、自然への、この星への鎮魂のように、これらの絵がTさんのどこから生まれているのか、それはTさんが世界を絶望として見ているから、絶望するからこそ蘇る自然、
齢80のTさんが、遺言のように描いている、私も、私で以って表し、世界を引き受けねば、人の有責性において、絶望を通して希望に至る世界を、
続 原発震災日誌69
個展を前に
Tさんの絵は好きです、クールベのような写実ではなく、ターナーのような幻想ではなく、そこにはTさんが見た大地の色と形が表されているから、それは有機物的な色と形という事、色はスーラーのような分解ではなく、幾重にも塗り重ねられた融合の色、形は生き物の丸みを帯びた流動形、風景画、印象画ではない、何か有機体がそこに誕生しているような、かつて私が感じた存在への信仰というような、自然への畏敬と、一体、同化が感じられ、今、人間が失ってしまった存在への畏怖と恍惚、それらを一人味わい、噛み締めているような祈りの姿、ミレーの晩鐘の祈りとは違う、人がどれだけ破壊しても、残る大地への信頼、人が絶えて後、蘇る自然への賛歌、感謝ではなく鎮魂、百年後、二百年後の、自然への、この星への鎮魂のように、これらの絵がTさんのどこから生まれているのか、それはTさんが世界を絶望として見ているから、絶望するからこそ蘇る自然、
齢80のTさんが、遺言のように描いている、私も、私で以って表し、世界を引き受けねば、人の有責性において、絶望を通して希望に至る世界を、
「私のツァラトゥストラ」でいく、ニィーチェ、リルケを友として、リルケは感覚、ニィチェは感情、詩と散文、私の双子の精神なのだから、
これは昨日書いた作品の一部です、8月12日の日付、相変わらず日記のように、絶望と無を書き継いでいます、かつてのように、テーマを決めてそれを考え続け、納得したとき発表したようなスタイルが、3.11以降、一切取れなくなってしまった、発表もしたくなくなっている、書き続けるだけ、書く事で虚無に抗う、カフカと同じ気分です、
個展、楽しみにしてます、
絶望しても死ぬことなどないのにとの、新宿交差点での、集団的自衛権に抗議し、焼身自殺を図った男のこと、絶望して死ぬこともない、絶望しない人間ばかりのこの世界、私もその一人であるのだとの、絶望しても死にいたらない、ただ絶望しているだけの、絶望との共存世界、
ニィチェとファシズム
権力について、意志について考えたニィチェは、常に人間に利用される、絶望の中にあっても、絶望を生き抜くために、又死ぬためにも、意志と力を必要とする人間であった、私はこれらの力と意志を絶望という虚無の中に封印しているのだった、
絶望は希望を求めないが故に、力も意志も必要ではないのだった、絶望は絶望、ただ受容でいいのだった、死すまでのおつりの生命でいいのだった、
ドリュ・ラ・ドッシェル~仏 ファシスト党、52歳 自殺 「ベルーキア」~脱キリストをイスラムに、
先人たち、考え、成し、死んでいった、これからも、考え、成し、死んでいくだけ、その死の後に、種の絶滅があろうとなかろうと、人は絶望の中に希望を求めて、考え、成し、死んでいくだけ、違いは、世界の絶望を自らの死と、日常の中に捉える時代が来ているということなだけ、
ヘルダーリン、絶望の後にギリシャ賛歌へと、
この間、調べた事
笠井氏の自殺、野口ライブドア自殺、JAL墜落事故、韓国旅客船沈没事故、従軍慰安婦問題、南京虐殺問題、etc、調べれば世界でどれだけの犯罪、策略、謀略、戦争、利権、が横行している事か、どれも殺される側から描いたなら、現代のカフカだ、審判、処刑、の世界が現実であるのだった、カフカ以上のすさまじい不条理が知れ渡っている、絶望の世界であるのだった、ヘルダーリンの人間がいないのではなく、悪魔しかいない世界であるのだった、神と子と精霊ではなく、悪魔との三位一体の世界、
もはやインターネットで、メディア、その他で見るべきもの、読むべきものは無くなった、3.11以降、手繰り寄せるように調べてきた様々の世界の出来事、今や目新しさは無い、世界とは、どれも利権維持構造なだけ、それへの対抗なだけ、私の考える絶望主義者など世界には居ないのだった、私は私で考えるしかないのだった、絶望における文化、経済、社会、未来、絶望は、死と同じように忌み嫌われている、絶望主義者が何故、何の為に書くのか、もう少し生きていたいと思ったあの時の、この地球への哀悼、遺言、別れの挨拶なだけ、
この絶望感にあって、音楽と、美術だけは見られる、辺見庸だけは絶望を生きていると思えるから、気がかりでブログを見られる、世界の仕組み、単純ではある、強者、弱者、覇者、被抑圧者の構図、16才で納得していたことを50年経って再確認、仔細を知ったに過ぎないのだった、そして問題はやはり、私の実存に帰ってくるのだった、私対世界、私の存在という問題になるのだった、
文化、芸術、思想は、社会、国家を営む人間のための正当性、価値の中に発想されているのだが、私はその自明を、絶望の中から、私対世界の中から考察しているのだった、絶望を知った今それはた易すいこととなり、ただこの絶望は、個人の肉体的なものと違い、世界の絶望であるところが初体験であるのだった、
やはり、国民に、人間に悔恨が無いことが原因、核の絶望を捉えていないこと、絶望するなら反省も、希望も生まれる、癌のときの私にとってのようなものだった、Fに怒ったのは、日本のそのようなことだった、
Tは何故ポロックやクラインを持ち上げるのか、自分のルーツを見るのか、今立つところは、知床、オホーツクなのに、私の言う有機性が捉えられていない、癌はいつか征圧される、が核はたとえ封じ込めたとしても、危険は去らない、2万年にわたる管理など、私の絶望は核の絶望と同じ、一時的平安はおとずれても、またしても絶望の淵へ、チャベス、ムヒカのスピーチも、核については対抗手段としてのきれいな核となるのだった、
音に、風景に有機性を感じられない、風景に放射能が含まれているという、空気に、水に、風に、それらを全生物が吸っているという、奇形や、絶滅や、病気や、けっして生きるとはなっていない、ミミズが減っているという、大地を作るものの死は、全生物の母なるものの死、ミツバチも、鳥も、ただネズミだけが肥大化、繁殖しているという、レイチェルの時代を超えた地球汚染、カフカも、ドストエフスキーも描かなかった不条理が、不条理は観念、哲学概念ではなかった、現実、人間存在、絶望の核汚染の世界そのものであった、
在日文学
姜尚中のTVを見ていて、彼の息子が自殺をしていた事を知った、ふと高史明の息子も、まだ誰かいた気がする、柳田邦夫、原一男、etc、何と多くの作家、その子供が死んだ事だろうと、民族、差別、障害の中で強さを求められ、不条理と闘う作家の子供が、小さな絶望の前に倒れ、現代は世界の絶望に抗することこそ意味、それは強さや、正しさや、理想ではなく、一人の闘いであるのだった、絶望を問う者としての存在の形、私は共感連帯は求めない、子に、自身に、対世界との関係性を強いる人間文化、思想、哲学、世界の絶望に対して、今こそ実存の基本形が必要であるのだった、
イラク、シリア、ウクライナ、ガザ、と、殺す者と殺される者という、が、世界は絶望していない、絶望とは殺す者も、殺される者もいない世界、只の無なだけ、絶望の先には無が、兵どもの夢の跡、核戦争後の核汚染後の世界、そこには、空と緑と、生き物たちの楽園の世界が、
般若心経の色即是空、空即是色とは、存在を実体のあるものを色、無いものを空と捉え、色即ち空、空即ち色、と、世界は存在の器であり、色でありまた空であるのだと、そんな存在の器から誕生した私は、小4の頃より、自我に目覚め、その私の誕生が2万年前、太陽の誕生が46億年前、銀河系が120億年前、そして100億年もすればまた他の銀河へと、こうした悠久、無限を人類は無限に存在していくのだという、人間といえど存在という事であり、その部分であるという事、全ては存在し、実体が有る無しに関わらず、世界は永遠に存在していく、何故なら世界は存在の器であるのだから、是が私の色即是空の空なるもの、色なるものの理解であるのだった、無限であるところの有である、この有を私が私を生きるという事、悠久の有、無限の有、沈黙の有、この有の上に現在という時である私が存在しているということ、これは悟りでも何でもなく、私というものの事実であるのだった、




