タバコを吸うという行為
続 原発震災日誌67
タバコを吸うという行為
なんと人間的な行為だろうか、何と文学的、哲学的な風景だろうか、地震に対し、津波に対し、原発に対し、一服のタバコをくゆらし、立ちつくし、見つめる人の姿の、何と人間的なことだろうか、言葉は無くとも、見る、見下す人の姿がそこにはあり、処刑される前の一服、労働の後の一服、創作、思考の合間の一服、どれも時間を、行為を区切って、刻々を生きる人間の姿がそこにはあり、16才より、66才、常にタバコと共にあり、健康に悪いなどと咎められても、刻々を、一日一日を区切り、確かめないではいられなかった、今絶望に対し、区切りや、確かめや、刻々はなく、長い一日、処刑待つ時、今や世界はタバコを吸わなくなってしまった、考えない、悩み、苦しまない、ロボット的人間の世界に、タバコを吸う人間とは、何と人間的なことかと、
続 原発震災日誌67
タバコを吸うという行為
なんと人間的な行為だろうか、何と文学的、哲学的な風景だろうか、地震に対し、津波に対し、原発に対し、一服のタバコをくゆらし、立ちつくし、見つめる人の姿の、何と人間的なことだろうか、言葉は無くとも、見る、見下す人の姿がそこにはあり、処刑される前の一服、労働の後の一服、創作、思考の合間の一服、どれも時間を、行為を区切って、刻々を生きる人間の姿がそこにはあり、16才より、66才、常にタバコと共にあり、健康に悪いなどと咎められても、刻々を、一日一日を区切り、確かめないではいられなかった、今絶望に対し、区切りや、確かめや、刻々はなく、長い一日、処刑待つ時、今や世界はタバコを吸わなくなってしまった、考えない、悩み、苦しまない、ロボット的人間の世界に、タバコを吸う人間とは、何と人間的なことかと、
TKとの
「私がミナマタだ」「エッタやもんエッタ言われたかてしょうないやん」と言う表現には、差別や障害を引き受け生きる覚悟と、私と世界という私への客観がある、今「フクシマは私だ」の覚悟が日本人に求められている、と話したのだった、彼は人間の差別の問題を、障害者の視点から小説に書こうとしていた、私は障害が当たり前な世界が今そこに来ていることの、その上での差別とは何かの考察が欲しいと、
本日、ネットで米軍兵士のメッセージを見て、今や世界は人種差別というものを悪とし、その為には、戦争、占領の口実にする重宝な武器となっていると、世界は差別どころではない、無差別、ジエノサイトの世界となっている事の、日本的、チョコマカの文学、思想、政治談議であることの可笑しさ、世界の中のB層日本であることの、9.11の自作、世界の紛争の策略、偽旗、エイズ、サーズのマッチポンプ、私の絶望主義の背景には、こうした世界の自明の認識があってのこと、核もそれらのための武器の一つに過ぎないのだが、
ハイデガーもヤスパースも、実存とは何かを展開しているのだが、存在の意味や価値、希望を求めてであって、絶望しているのではないのだった、人間に絶望は肯定できない、絶望してもなお生きようと、しかし絶望を通して生きることこそ、絶望を無化することであり、絶望というフィルターを通して、世界を捉える、世界に在ること、これこそが「死にいたる病」の絶望を生きることであり、絶望してもなお死に至らないで生きる方法であるのだった、
実存の展開のあの不確かさも、絶望を通せば、無意味、無目的と一笑出来ることであるのだった、マルセルが病人はいとも簡単に実存を超えていくと言ったように、
徴兵制、戦争、言論統制、といった世界を経験した彼らの絶望とは、絶望しても死ねない彼らであったのか、
かつて理想があったから比べた、理想が無くなって何も比べるものがない、絶望とはそうしたもの、絶望からのレジスタンス、
新しき人が、未来人が、超人、そしてエゴイストであって良いことの、旧人間の持つ理想や価値観を払拭した人の誕生を、絶望の果ての希望として、
白血病の映画、母も白血病だとの、核は遺伝子を壊し、子に子孫に孫に、遺伝するのだと考えると、多くの病気の何と人為的なことかと、解ってか、解らないでか人が遣っている事であるのだった、今までの癌闘病のモチーフ、テーマが飛んでしまう、それが核汚染の認識によってだった、
核汚染、放射能垂れ流しには怒からず、タバコの副流煙の害をとなえて、町から灰皿を撤去するというどこかの町の痴呆、放射能を食わされる事の異常を子供たちは感じ取り、反抗へと、それら生徒を隔離して教育するというどこかの町の異常、奇形、障害、不能は隠蔽、抹殺して、何事もなかった日常を演出、それらを観劇する社会の異常、
絶望していては生きていけない、負け犬だ、犬死、悔しい、思う壷、利敵、利己主義、逃避、ペシミズムと、かつて私が組織を離れるとき、投げかけられた言葉に似る、誰も絶望主義を掲げはしない、絶望は敗北、と、絶望する事の力を人は知らない、理想することの弱さ、無力、
愛も真実も正義も人間も肯定する、しかし絶望をこそ肯定する、絶望の意識があって初めて愛も正義も人も肯定できるのだった、私は私の絶望を深める、片時も忘れない、かつて癌であった事を忘れないように、世界の絶望を常に抱いて、
この世界の絶望に対し、たとえどのような個人の不幸が来ようと、比べられるものではない、この世界の絶望こそ私の超克としなければ、これが絶望の中の希望であるのだった、世界の絶望は個人の絶望を超えるものであることの、
仕事の煩わしさを考えると、いずれ75歳くらいまでしか生きられないだろう残りの人生を考えるなら、さっさと辞めて、人生の整理をしておかねばと、読む事もないだろう蔵書、何ら役に立たない、意味を持たなくなったそれらは古本屋へ、今や喜びでも無くなった風貴蘭200鉢も園芸店に引き取ってもらい、早やネットで共感することも必要ではなくなったネットもやめて、ひたすら世界の生身の時を味わう生活へ、芸の出来る犬が意味のないように、立派な犬になる必要など犬には無く、人間も立派な人間になど、何ら必要は無く、これからの人間にとっては、絶望の中でも、生きて在るだけで喜べる人間存在へと、あと10年足らずの人生と考えるならそのように切り替えねばと、余命いくばくかのOに告げた言葉「身軽にしておかねばね」だった、
人間は死を知る分、楽しめる生と、楽しめない生とがある、
デストピアの映画を何本か観て、「これって現在そのものじゃない」と、かつてSFの虚構と捉えていたものが、現実、実感をもち、「これからどうなっちゃうのかねえー」とエミが呟く、ネット上の多くの識者が、邪悪や、悲惨を予測し、覚悟している、そのようには考えるのだが、何か希望はないのかと、未来を夢や、希望で描く作品は少ない、ほとんどは暗黒、終末、たとえ希望を描いていたとしても、核戦争後の絶望世界でのことで、それらが現実には、しのびよる破局であり、世界は核汚染前の最後の楽園であり、
一回性の人生、核汚染の悪霊の世界であっても、他の生き物たちと同じように、生まれ出たという奇跡性において、ただ喜ぶ、ただ遊ぶ、たとえ奇形であっても、生まれ出た事において、
夢を見た
カフカの城のような世界に住んでいた、多くの人間が、この世へ自分は何をしに来たのかと考えていた、この世へ生まれ来たということは知っているのだが、何をするために来たのかを知りたがっていた、すると母が「先ほどO君が尋ねてきたよ」と言う、駅の喫茶店で待っているという、私は寝ていたのだが、飛び起き駅へ自転車を走らせた、だが駅へ中々辿りつけない、街がカンポ広場の迷路のように曲がりくねっていて、駅への道を誰かに聞こうと探しても、人の姿がない、扉の向こうには確かに人の気配がするのだが、誰も姿を見せようとはしない、ふとこれは私が死後の世界にいるのではと思った、Oは死んでいるし、母も死んでいるのだったから、途方にくれていて目が覚めたのだった、
あの時以来私はOと一体の感情で生きていた、あの時Oは間違っていたら死んでいたかもしれない、死にたいと繰り返すOに「そんなに死にたいのなら死ねば」と、私は試していた、Oがもし死んだら受けてたつと、幸いOの母が気づき未遂に終わり、私はOの元に駆けつけ、しかしまだOの真意がつかめず、「本当に死んでも良いと思ったのか」と詰め寄っていた、私はOの、どんな絶望であっても死を賭すほどの生に羨望していた、Oの涙に接し、死にたいのではなく、生きたいのだと解り、今までの私の不遜を詫び、これからは一緒に生きようと、以来20数年、Oは再婚、一女をもうけ、仕事に励み、しかしC型肝炎発症、そして数年後に肝癌へと、癌サバイバーの私がOを受けとめねばと、が、「これは僕の死だから入ってこないでくれ」と、Oは末期を一人で生き、私も一人を耐え、死の数日前、やっと電話に出たOに「身軽にしておかねばね」と私は告げていたのだった、
癌で、心臓麻痺で、その他の疾患で、次々と人が死んでも、寿命と考え、仕方がないと人間は受け入れて終末をまで進むのだろう、原発、核製造禁止条約が締結されても、核を隠し持ち、最後まで覇権を求めるのだろう、遺言とするこの文も、仕方がないとするしかないのだった、その上でどう文学と哲学を考えるかしかないのだった、




