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続・原発震災日誌  作者: 山口和朗
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去らんとする友へ

続 原発震災日誌⑥


携帯、電源切っていて、先程、着信履歴を見た、

言葉を聞くために、メールしようと、

毎日、君の胸中を考えている、

出せないメールが貯まっていく


前項の文は、昨日読んだ本の一説

作者47歳の作品、本人は80歳で癌で死んだのだが、42歳で離婚もしているのだが、生と死の、偶然と必然の、

その受容が探られている、

続 原発震災日誌⑥


携帯、電源切っていて、先程、着信履歴を見た、

言葉を聞くために、メールしようと、

毎日、君の胸中を考えている、

出せないメールが貯まっていく


前項の文は、昨日読んだ本の一説

作者47歳の作品、本人は80歳で癌で死んだのだが、42歳で離婚もしているのだが、生と死の、偶然と必然の、

その受容が探られている、


電話でも、メールでも、何時でもいいからして欲しい、エミコがふと口を接ぐ言葉「彼どうしてるだろうね」です、私は「うーん」としか言えず、


去らんとする友へ


微笑んで欲しい

泣かないで

泣かないでと

楽しかった

しあわせだった

僕がいなくなった後も

みんなで仲よく楽しんで生きてと


私が病床の時、自らに寄せたキーツの詩を君に


「祈る少女」


 入院して三日目、検査も順調に進み、少し心に落ち着きを取り戻した頃だった、四、五十メートル隔てた向かいの病棟に、夕食時、手を合せ夕陽に向かって祈る、二人の女性の姿を見つけた、一人はピンクのパジャマを着た、おかっぱ頭の少女、もう一人はその女性の母のようだった、目鼻だちまでは、はっきりしない距離で、私はパジャマの女性を背丈などから、勝手に少女と決めつけていた、

 夕陽を受けた窓辺に、ベッドの上に座ったその少女と、その後ろで椅子に腰掛けた母が、食事前の数分を、両手を合せ祈っていた、祈りたい気持ち、すがりたい気持ち、私は少女をはじめこの病院の殆どが癌患者である事を知っている、私自身も初期とはいえ、転移の不安は残っている、祈る少女に私も心を重ね、見守っていた、祈りおわり、少女がベッドに座り直した時だった、少女が一瞬、私の方を見た、咄差、私は何か心を通わせたい気がして、少女に手を振っていた、


 「キーツの詩より」


 涙を流さないで ああ涙を流さないで

 花はまたの年にも咲くでしょう

 もう泣かないで ああもう泣かないで

 若い蕾は根の白い芯の中で眠っている

 涙を拭いて ああ涙を拭いて


 私は楽園で教わった

 美しい調べに心を和らげることを

 涙を流さないで

 頭の上を ごらん頭の上を

 白や赤の咲き乱れた花の中を

 見上げてごらん 見上げて

 私はいま飛び交う

 あの赤味がかった石榴の枝の上を


 私をごらん いつでも善い人の痛みを癒すのは

 この銀鈴を振るような歌声です

 涙を流さないで ああ涙を流さないで

 花はまたの年にも咲くでしょう

 さようなら さようなら

 私は飛んで行く さようなら

 私は青い空に消えて行く

 さようなら さようなら


言葉のない世界


《友へ》


あの絶望の顔だけは見せてくれるな

慫慂と死の床についてくれ

自己が終る

終了して良いのだ


大したことはできなかった

大したことなど何もないのだから

生きものとしての自然裡と

石よ、木よ、人よ、さようならと

別れを告げて、感謝を捧げて


あの世があるかないかは知らないが

あれば、また逢おう、先に行って待っていてくれ

私対世界の構図、視座で、最期まで世界と自己を見つめきる

これが作ってきた我が自己なのだと

死のその寸前まで在る、我が自己よと


皆どんどん死んでいく、見つめ続けている私もいずれの日か

それまでは、君の分も生きているから

はにかみ笑ってくれ

本質は寂しがりやの君だった

親父の歳まで生きたから

再婚の生活は幸せだったから

それで十分だ

残された子はそれぞれに伴侶とともに生きていくさ


あと何ヶ月になるか

心置きなく、まだ在る時を過ごそう


リルケに寄せて


人は孤独など、知らぬまま死ぬのが良いのだった、人に包まれ、世界に包まれ、死の瞬間まで、感謝と別れの挨拶をして、


一人目ざめ、見つめ続ける者にとって、死とは恩寵ではあるのだが、その時までを、見続けなければならない使命を負っていた、


頬に張り付いた死の孤独ではない、歴史が去った、廃墟に立つ旅人の孤独、

前を見ても、後ろを見ても、生きた人はいないのだった、人の亡骸と、人の痕跡を示す遺跡がそこにはあるばかり、


ただ旅人の心を癒すのものは、見つめるものとしての、鳥や草木、自然があるばかりだった、


生命を生きた者の死


残された言葉は、詩人の食べ残しに過ぎない

生命を生きてあった詩人のその時だけが

詩人のそれであった

人びとは詩人の食べ残しを賛美して食すだけ

ずっとそうであった、生前であっても

食べ残しを人びとは喜んだ

先づ詩人に毒味をしてもらい

詩人は使命のようにその毒味役を引き受け

が、その詩人はもういない

人びとは恐る恐る自分で毒味をするしかなくなった

神さまは今日の一日を授けてくださった


私の死とは、病人のそれに似ている、朝起きて命があったという、今日も、一日を生きられるといった、そのようにして生きてきた20年というもの、ついこの間の出来事に思え、死に行く人に、今日という一日、今という時は与えられているとしか言えない、この今日、ここに在る今とは、希望であり、意味であり、全てであると、

いま少し語りあえる、いま少し見ることができる今日という一日、生き始めた者にとって、時間とは、余命とは、この連続なだけなのだと、

人は、今日という一日なら理解できる、眠るまでの過ぎゆく一日なら、この今日の一日に全てを委ね、絞首台での3分を24時間に変えて、人に、草木に、鳥、虫に、しけしげと語り、一日の終わりには、明日への別れを告げて、今日の一日を眠りに就こうと―――、

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