カフカとタルコフスキーと大桑と
続 原発震災日誌51
ヤスパース(1883-1969)が社会主義より核戦争を望むとの発言、核戦争の回避を考察、核の平和利用にと、公人である彼ら、私の解決から、世界の解決を考えているのだった、が、私はこの世界の解決を、私で解決しようとしているのだった、それが絶望主義であるのだと、
ゲルトルート(妻)ユダヤ人、二人で自宅に立てこもる、10日後には強制収容所行き、そこへ米軍のハイデルベルグ侵攻により、
ドイツの戦争責任「責罪論」~ドイツから批判、スイスへ
冷戦を「限界状況」ととらえる、政治的な「交わり」を訴える、
限界状況の中に交わりがある、その交わりは日常性の中に挫折するが、そこには暗号としての超越者の存在が証言されていると、
絶望主義で全哲学を批判できるか、実存主義に対しても、神は殺された、理想は砕かれたでは、
続 原発震災日誌51
ヤスパース(1883-1969)が社会主義より核戦争を望むとの発言、核戦争の回避を考察、核の平和利用にと、公人である彼ら、私の解決から、世界の解決を考えているのだった、が、私はこの世界の解決を、私で解決しようとしているのだった、それが絶望主義であるのだと、
ゲルトルート(妻)ユダヤ人、二人で自宅に立てこもる、10日後には強制収容所行き、そこへ米軍のハイデルベルグ侵攻により、
ドイツの戦争責任「責罪論」~ドイツから批判、スイスへ
冷戦を「限界状況」ととらえる、政治的な「交わり」を訴える、
限界状況の中に交わりがある、その交わりは日常性の中に挫折するが、そこには暗号としての超越者の存在が証言されていると、
絶望主義で全哲学を批判できるか、実存主義に対しても、神は殺された、理想は砕かれたでは、
カフカとタルコフスキーと大桑と
実存主義を、その人の個的な独自な、世界対存在と捉える人間が、自分の出生地の歴史をたどり、そこに日常としての自分を、日本的ノスタルジーを持ち、カフカ的、タルコフスキー的とは違う葛藤を持ち、それが実存開明を、自分の癌を通したものから来ていることの、日本的異邦人に過ぎないことを知り、自分の実存からも疎外されるという、叙情的実存に過ぎない、ヨーロッパの絶対的実存をまだ知らない自分を見るという、核を通して、この絶望的実存に至りたいとする、そのことを通してしかこの絶望状況は超えられないと、
皆一人で死んでいった、私も一人で死んでいくのだった、あの時、一緒にいてやれなかった、一人の死を傍観していただけだった、死は私のものだと、Oのように、この死をヤスパースはどのように、
その日私は自分の過ごした少年時代の土地の歴史を調べていた、
カフカにするなら、園長は城主、村民はその奴隷、臣民、子供時代は風の又三郎のような、
そこへ帰ってきた男はノスタルジアの世界
案内人のTCは郷土史研究家、同級生が集まる、議員、中古車屋、建築屋、神主、etc、
男はこの村で生きた記憶を懐かしく思う、戦国時代には城や街があったというその村、今や何もない、古老の話、古文書、カワラケ、堀の遺構などの遺物に残るだけ、
創造、イメージする者の中にだけあるその土地というもの、原発も、人類絶滅もそのようなもの、イメージする者がいなくなれば消滅する、人文化など無なるもの、原発に対する異邦人感覚は、この少年時代の私の村ではない、ここは私の収容所、仮の宿との意識によるのだろうか、
● カフカ編~「城」etcの切り口で
● 又三郎編~自然風土的に、
● ノスタルジア編~タルコフスキーの苦悩と混沌、希求のイメージで、
● 原始野編~絶望と無のパスカル的世界への、
川端の掌編小説風でいい、私の小箱の世界、物語にはしたくない、人に語りたいわけではない、結果人が感じればいいこと、私の文学とは私の実存の方法であるだけ、
● 我々は自然も歴史も包括者も一緒に出会う
● 我々は自然に属している
● 我々は歴史に属している
● 我々は自然と歴史を自己に属した包括者である
これらのことを神ととらえるか、ただの人の属性ととらえるか、なぜ神ととらえ、ただの人ととらえるか、自然に問いかけるその時、答えが帰ってくる、私と存在、私と事物、私と世界、
ニーチェ「人間は固定されない動物」「人間は世界の外に存在する動物」と、自己自身を超えようとする衝動的動物、登山の方が宇宙旅行より内容に富んでいる、技術のつまらなさ、この技術による自己実現は自己絶滅に至っているのだった、
「人間の神を見るもの」勇気が希望を、希望が生命を、覚悟が希望を、覚悟が勇気を、カント「各人自らが目的である」と、
日本の花鳥諷詠が、世界の複雑、好奇心から隔てられていたが故の感情であること、矮化、奇形化、特殊化といった、ガラパゴス化は有史以来あったのである、世界は驚きと探求と、人間進化の中にあって、古今集、万葉集をひもときと、日本的情緒に癒された昔が嘘のような、原発後の世界、あらゆる「もう一度日本」「新日本風土記」などの世界が、人に色褪せ、喜びの失せたたことか、
日本的昇華が、「私が水俣だ」「すべて許す、私が罪を引き受け」と、日本人は無駄死に対し、生贄になることで自らを意味付けし、社会に対しても、仲間に対しても、自己完結、自己意味付けで解決するのだった、ヨーロッパ的合理主義、市民意識ではない、私の実存なだけで、神に至らずとも私対世界で、癌と同じように一人で死ぬのだった、
ヤスパース風に原発問題を問うなら
刑法上の罪~犯罪者に対しての処罰
Ⅰ有為な放射線障害、癌、その他の病気、死
Ⅱ土地の喪失、海、大気の汚染
Ⅲ全生物への不可逆的なDNA毀損
Ⅳ詐欺、横領、利権
政治上の罪~為政者の政治行動に加担した者の罪、地震列島に54基推進した者の罪、立地、利権、容認
道徳上の罪~上官の命令であるとかであっても、個人として加担していたということ、
形而上学的な罪~神の裁き、無関心の罪、犯罪阻止が出来なかった罪
ガレキ焼却の罪~ホロコースト、
子供避難の罪?
賠償、組織犯罪、軍産学報政のトライアングル
現代の精神状況
自殺への意志のように、戦争への意志のような、日本の棄民政治と利権構造に対して、原発の絶望的状況に対して、不遜な、ノーテンキな者らへ、原発にテロをしかける者が出るのではと、山本太郎の天皇直訴に対し、バッシングをしている者等へ、たとえ意志的でないとしても、自然崩壊という未必の行為のよって、4号機が崩れることを覚悟して、世界を捉えるということの、世界はやっと目覚めることとなり、否、日本列島は世界の核廃棄場となり、世界が日本棄民へと、オウム真理教のポアが日本的な、幼稚性、隷属性からの、リストカットの自虐性から発生しているように、ヤスパースの1945年と、現代の世界の自明的絶望は人を意志化する、または白痴化していく、暗殺の殺し屋集団、テロリストの洗脳、今や人意識が喪失させられていく世界、人間であることの廃滅が進行していく世界、
ヤスパース
哲学は世界定位とし、世界認識を超えた浮遊状態を実存開明として、形而上学として、超越を呼び覚まし、無条件的な空間を作る、
シェリングとキルケゴール~
単独者~関係の中に身を置く単独者~キルケゴール的、人間の高貴、貴族主義、哲学的生活、
ヤスパースの実存はホロコーストの中から誕生していたのだった、
単独者の意識と超越者の関係
アーレントしかり、レヴィナスしかり、皆ユダヤの意識の中から誕生しているのだった、
ハイデガー87才(1889-1976)17才違い
アーレント69才(1906-1975)
ヤスパース86才(1883-1969)23才違い、ギュンターシュテインと35才結婚、
ブリュヒナーと46才結婚、
ハイデガーの息子~ソビエト収容所で5年、次男は病気釈放、ドイツの災禍との対決、スイスバーゼルへ、
全体の中心、プラトン主義への~パルメニデスとの対話への、
アジア的なもの、
存在の明るみ、
存在の家としての言葉、
ヤスパースの人間信頼、ハイデガーの人間不信
ニーチェ「百の深い孤独が寄り集まって、ベネチアの街を形成している、これがその街の魅力なのだ、これこそが未来の人間を表す姿なのだ」
私たちは純粋な小人です~という誇り、自負、
私は本をゆっくりとしか読めない、
思索することと、存在することは同じもの、
ルカーチェとヤスパース~
スピノザ~誰が真理を述べたかはどうでもいいと、心の交流こそ真理であると、真理はアバウトな二律背反の先にある、しかし語れるのはこの対立の中でしかない、対立を通してしか彼岸へ至れないのでは、神秘、ロゴスへの警戒、思索の技術を、思索の制御を、直感の客観化、現実化、
リルケは実存主義者ではないと、
西洋技術の本質~攻撃性、ここが近代の本質へと、予感せず、存在を忘却し、攻撃に奉仕、
「あなたのハイデガー」、「あなたのヤスパース」と手紙に記すアーレント、泣ける、
このような対立の中の対話を、今私は誰かと欲しているのだった、私の絶望論への反論と、共感との探求者が、
実存の開明がテーマの二人、ヤスパースはハイデガーの、グノーシス的神秘論への警戒、
悪の問題は決して消えることはないと、
シェリングとヘーゲルが対話をしたならば世界はどのように、
死と涙、苦悩と恐怖、困窮と苦痛、喪失と追放の先にあるものへ、




