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続・原発震災日誌  作者: 山口和朗
50/77

アポロの嘘から始まって

続 原発震災日誌50 


アポロの嘘から始まって、


アポロの嘘、そして9.11、そして3.11、そしてホロコースト、その前にケネディ暗殺の真相、日航機墜落疑惑があった、ホロコーストの嘘は、初め右翼的な、従軍慰安婦はなかった的なものと見ていたが、いくつかのビデオを見るうち、誇張されたものであることを知る、なぜ人間にとって真実や価値が必要なのか、

日常を生きるうえで、アポロも、ホロコーストも、歴史の真実などどちらでもよかったのに、が、3.11は、私の生きていることの意味と価値を失うことにつながり、生きるということの意味が、生命を生きるということが、実存を含めた、今という生命の時を生きるということが、と、私に襲ってきたのだった、

続 原発震災日誌50 


アポロの嘘から始まって、


アポロの嘘、そして9.11、そして3.11、そしてホロコースト、その前にケネディ暗殺の真相、日航機墜落疑惑があった、ホロコーストの嘘は、初め右翼的な、従軍慰安婦はなかった的なものと見ていたが、いくつかのビデオを見るうち、誇張されたものであることを知る、なぜ人間にとって真実や価値が必要なのか、

日常を生きるうえで、アポロも、ホロコーストも、歴史の真実などどちらでもよかったのに、が、3.11は、私の生きていることの意味と価値を失うことにつながり、生きるということの意味が、生命を生きるということが、実存を含めた、今という生命の時を生きるということが、と、私に襲ってきたのだった、


人類の絶滅を想像するとは、すべてを受容し抵抗はしない、が、透徹した意識のみがある状態、死刑囚と同じ、最後の瞬間まで生きることを生きる精神、いまだ絶滅が決定しているわけではないと、それは支配するものの思う壺だとの意見に対して、絶望主義は超える、理想や希望をも早求めない、あきらめたではない、座して死を待つは、見据えることを生ききる態度、反抗、抵抗、闘争は選ばない、行動しない、何もしない、求めない、今を生きるばかり、彼らが、この国の支配者たちが、戦争と同じように原発を考えていくなら、戦争のようには取り返しが付かない、復興はないのだから、彼らは分かっているはず、この位はとやっているだけ、NHKが科学の未来を流している、今や科学が知識と技術にしかすぎなくなっているのに、人間の幸福感とは隔たっているのに、核の汚染を語らず、核の真実を語らず、隠蔽したNHKが語る科学がもはや科学する精神ではなく、ただの商品と化し、科学に人を留め、愚民化しようと、が、核はこれらを打ち砕き、何が問題かを、何が未来かを思い知らせる、


神も死んだ、そして今や科学も死んだ、では人はいったい何を信じて、無科学論、非科学論、オカルト、神秘主義でもない、虚無、ペシミズムでもない、新たな、それがマルチチュードの概念となりうるか、人間、コモンが、人間の具体が、人間そのものが、絶望の中での人間は、それこそ人間たりうる輝きを持つのか、それがコモン、マルチチュードを生むのか、人間笑って死んでいけるの、ホスピスのような、最後に出会う人間の中にそれはあるのか、コミニズム的人間とは違った絶望の中での世界の運命共同体の中におかれた人間どうしの新たな人間関係、それが神でもなく、科学技術でもなく、人間が最後の最後まで、生きられる動物であることの証明となるのか、かつての文学の中の人間像に、こうした新しき人は誕生してはいない、絶望の中で絶望を抱いて、矛盾なく時を生きる人間群の誕生が、コミュニストからコモンニストへ、人間が人間に出会わないのは、絶望していないからだけなのか、未開地で、未開人に会って、人は人間に出会ったと互いに思えるのか、感覚を失った文明人が、未開の彼らと、ゴーギャンといえど、またブッシュマンが都会の人間に対するような、人間は人間に出会うこともなく、またしてもニーチェ、リルケにもどるのか、癌の転移の有無を5年経過で見るように3.11を5年経過で見守る必要が、否、何万年にも渉たり、が、人の余命は5年位が丁度ど良く、あと2年半、原発、核の問題は考え続けてみる、

なぜ核を持つか、戦争の抑止力になるから、または相手が持っているから、または唯一対等に闘えるからと、ではなぜ戦争をするのか、相手が攻めてくるから、または相手が弱く、豊かだから、または戦争は産業上必要だからと、核戦争というものは決闘するようなもの、先に撃った方が勝つから、または防弾チョッキを着けていれば生命が助かるやもと、先制攻撃と防空体制をと、たとえ相手の生命を奪えても、核汚染という、DNA毀損の、または大気汚染のツケを負う、で、中性子爆弾、電磁波爆弾、レーザー兵器と、どこまでも戦争肯定、兵器と共存の思考、戦争否定、戦争消滅への思考ではない、なぜ戦争をするのかへの立ち返り、戦争が起きるような生き方を人間がしているからに過ぎない、起きないような生き方に変更すればよいだけ、それを人間の条件にすればいいだけ、原理にすることが出来れば、しかしこれは人間というものの生物のもつ矛盾であるのだった、死と生、愛と憎しみ、科学と宗教、戦争と平和のように、二つは一つであるのだった、どちらが欠けても、人は人らしくならないのだった、そこが人と他の生きものとの違いであるのだった、イエスが宗教がそれらを戒め説いても、矛盾が故の説教であるのだった、


カミユのカフカ作品への評価


「人間性の矛盾の中に、信仰する理由をくみ、人間性への絶望の豊穣さのなかに希望の理由をくみ、そして人間性の恐るべき死の修行を生命と呼ぶ人間、この人間の悲痛な顔が描かれているだけ、それだけ彼の作品は普遍的なのである」

これはカミユの哲学なのであろう、しかしエーゲ海的資質のカミユはジャン・グルニエの「離島」に生きていたのだった、


絶望主義における無と所有

絶望主義宣言

絶望主義と無と所有

絶望における無の現象学的考察


世界は有史以来悪で成り立っているのだと、人類の暗黒史をしっかりとらえているなら、現在も未来もありのままに見ることが出来る、生も死も、人間の本質のように悪に貫かれている事を、歴史も、国家の本質も、人間とは性悪が本質であるが故の人間のバランスであるのだった、生命とは利己的遺伝子のように、生き残るために、生命をつなぐために作用し、それが善悪によって動くのではないように、この生命の行為が弱肉強食とか、自然淘汰とか、そして人間においては悪とかと規定しているだけ、生命の当たり前の行為、そこに絶望を感じるか、それらを宗教のように慈悲、又は愛でとらえるかだけ、生命を生きるとは絶望を超えて、歴史を超えて、人間生物を生きることであるのだった、無の上に私を置くとは先ず悪の上に置くことであるのだった、現象学的にアプリオリなものを排除してといっても、考える人間としての性善説が作用してしまうのだった、性悪説を通して生命を見ること、私の絶望主義とは、この視点のことであり、その先には生き物たちの生の営みのような生き生きとした世界が見えて来るのだった、人間はやはり有機物の一つと、何らウイルスと変わらぬ存在として見ることと、人間のやっていることが生き生きと見えてくる、世界を無の上に、絶望の上に、悪の上に置くと見えてくる世界が私対世界であるのだった、この私対世界とは二律背反、我思う故に我ありなどではなく、見る視点なだけ、そこに何の矛盾も対立もなく、全肯定の存在があるばかり、生命の行為が生命の行為としてあるばかり、歴史の暗黒史、世界の絶望、現在の諸悪、あらゆる価値観、この世界観から見直さねば、この視点を人間が身につけることこそが生命を生きること、一番問題であった生と死も、この生命の現象に於いては、只の存在の現象、肯定されるだけのものであると、ありのままなる生命とは、世界を、核を含めてすべて肯定する生命の営みであるのだった、核に強い生物がたとえば昆虫が世界に生き延び全盛するように、私と同じDNAの彼らが生きていくように、串田孫一の「人類消滅後の世界はサバサバとした眺めだ」と、


あらゆる陰謀史観の告げていることは、イデオロギー的観点ではなく、国家による行為は鵜呑みにしてはいけないということ、犯罪があったか、無かったか、正義か、否かではなく、国家の行為は人間という、悪なる本質を備えた集団の行為であるということ、加害者にも、被害者にも人が成り得るように、国家も成り得るということ、自虐史観ではない、理想主義ではない、実存的な絶望主義の立場からの国家観こそが今や必要なのだ、

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