表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
続・原発震災日誌  作者: 山口和朗
42/77

カフカ的とリルケ的

続 原発震災日誌42


絶望を考察し続け、人生の意味の喪失感に苛む、絶望は最早現実のことであり、人に知れ渡り、今更、人生に意味を理想主義的に語ることなど有りえないのだが、絶望しない生物的本能が、それでも何か意味がと捜し求めているのだった、今や実存を生きることの哲学的命題だけが残されてあり、Tの絵に見た存在への信仰と言うような、新たな思考、感情経路が、私においても、人においても必要となり、魂がこちらを向いて歩いてくる世界で在るのだった、魂でしかこの世界の絶望には立ち向かえない時代にあるのだった、

続 原発震災日誌42


絶望を考察し続け、人生の意味の喪失感に苛む、絶望は最早現実のことであり、人に知れ渡り、今更、人生に意味を理想主義的に語ることなど有りえないのだが、絶望しない生物的本能が、それでも何か意味がと捜し求めているのだった、今や実存を生きることの哲学的命題だけが残されてあり、Tの絵に見た存在への信仰と言うような、新たな思考、感情経路が、私においても、人においても必要となり、魂がこちらを向いて歩いてくる世界で在るのだった、魂でしかこの世界の絶望には立ち向かえない時代にあるのだった、


癌になって以降の人嫌いと同じような感情が今起きている、話を楽しんだり、かつての価値を回顧できなくなっている、何を見ても、何を読んでも、批判の目が湧いてくる、人の考え、意見も同じで、3.11は私の癌と同じような、世界が癌という問題、私の癌は私の個的なものだった、私で解決する以外になかった、が3.11は世界の問題、世界が解決していく問題、私は私の実存で生きていくとなるのだった、旅行者の、異邦人の時という私で生きていくしかないのだった、


人間がやっていることは、今や巨大なシステム、巨大な感情によって動いており、弁証法的な、下部構造が上部構造を支配と言ったところで、死の行進をする70億の人間を止める手段はない、核も、自然破壊も、戦争や、経済、政治のように、人間の自然裡なこととして、時間を俯瞰して、私の実存を生きる以外はないのだと、


存在への信仰とは、人間がいくら世界を改変しようが、自然にとっては何ら改変などではなく、ダムを作ろうが、CO2を出そうが、たとえプルトニウムがどれ程作られようが、200万年の時を生き延びようが、何ら時間ではなく、隕石が落ち、火山の噴火と同じように、全て自然なことと、ただ人間だけが恐怖するだけ、全生物はそうした自然を黙って受け入れている、存在への信仰とは、そうした自然と言う無限の1コマとしての現象への畏怖、畏敬であるのだった、


カフカ的とリルケ的


世界を戯画化、無化、絶望化したのがカフカ、反対に世界を畏敬化、昇華、崇高化したのがリルケ、絶望をも存在として、マルテの手記の導入のように、死の街の風景さえも意味ととらえ、助かった命の意識がある私は、カミュを生きたいとしている、世界はカフカが描いた以上に絶望に満ちている、が、そこに意味を見つけられるなら、私は私を生きられる、アウシュビッツの中で、死刑囚の日々で、いずれ世界は、アウシュビッツであり、死刑囚の身であると、時を生きる人として、讃美はしない、存在者としての共感を持つばかり、


日常と非日常


反原発、反核、反権力とは、絶望の持続した感情を育み、非日常が続くということ、これは日常に慣れ親しんできた者には苦痛であり、日常思考が働く、反権力の意思は持続された、多数の人間によらない限り達成されないとするなら、文学ではなく、政治の世界のような妥協的絶望の行動思考に至るであろう、絶望しないで、日常の延長の反権力志向へ、するとコミニュケーションが、想像力で人との連帯が必要で可能で、広汎な民意というものになるだろう、ネットワークも可能となる、政党エゴがあっても可能となる、翼賛政権であっても、恐怖政治であっても、結局は民意がそうしているのだから、文学は日常も非日常も見据え、けっして騙されまいと、否、文学とは非日常を生きる者のことであるのだから、日常も、非日常も含めた、人生というものへの私対世界の視点であるのだから、カフカ的とは非日常、リルケ的とは日常、観念、抽象の世界と、具象、写実の世界との違い、カフカを描きたいが、リルケを生きたい、実在感覚とは生身であるから、カフカの中のリルケを生きること、書くこと、それが実存である、


人生に意味などない、因ってパチンコ、競馬をやっているというY、しかし農作業には楽しみが在り、ギャンブルのような嫌な感情がないと、意味がないからこそ、人生は意味を持っているとは考えない、意味がないからこそ人は楽しめ、苦しめるのだとは、白紙の人生に、烈しく意味を求めるのが哲学であるのだった、絶望とはそのプロセスにおいてのもの、未来も、過去も、現在も、存在全てが白紙である、それが人の無意味であることの意味、この無限さこそが喜び、絶望さえも呑み込むこの人存在、リルケ的とはこの存在実感で在るのだった、


太陽フレア、地殻変動、第三次世界大戦、原発事故、パンデミックと、明日何が起きてもおかしくない世界、地球の状況の中、人間の遣っている様々なことは、健気で頬笑ましい、つい4.5千年前、ハダシで猿と変わらぬ姿で歩いていた動物が、今、遺伝子だ、宇宙だと言っている、1cmの地球、100m先の太陽、名古屋程の所にケンタウルス、一円玉程の地球の上で、この無限の時空意識からすれば、絶望も真理も、何もゴミにすぎない、癌を得て、再びは騙されまいと、いつ再発しても、いつ死が訪れてもと、生きてきたように、いつ何が起きてもいいように、生きていようと、全てをゴミのような現象と、又自然裡のこととして、世界を見る位置に立ち、


世界の脱原発を考えるなら、日本が犠牲となって、世界が目覚めるように、4号機を爆破して、東日本を汚染地帯とする他ないと思うテロリストが行動するシナリオを考える、否日本は今や誰もが癌の手遅れということは知っていて、気休めの抗癌剤、放射線をやっている状態、死ぬまでにやっておきたい10のことをやっているのだと、私もその一員ではあるが、日本のことだけではなく、世界の、人類の行く末を考えないではいられず、絶望と無を書き続けているのだが、絶望をあの癌宣告の後、死を見つめたように、人類の絶滅をしっかり見つめ、想像しておかなければ、何故自分の地球ではなかったのに、私対世界であったはずなのに、世界が、地球が私と一体となってしまい、うろたえているのか、どのような地球であっても、どのような世界であっても、愛していこうとしていたのに、癌を知ってしまうと同じように、地球や世界の危機を知ってしまうと、以前のような健康的な精神は損なわれ、癌の転移と同じように絶望が日々作用してくるのだった、


仏教は精神の纏足であると、諸行無常を言うとき、色即是空を言うとき、核汚染は200万年に及ぶ災厄、犯罪で、けっして無常なぞではなく、常に有り続ける物質である、諸行無常から派生した、ワビ、さびなどの日本的美意識も、この無常観から感じられ、作られてきたもの、ワビは侘しさ、哀れさからもたらされた感情、これは自足する、足るを知るという、自己の貶め、色即是空も同じものだが、輪廻転生とする空即是色だが、DNAの損傷によって、子供は生まれない、生まれても奇形ばかりであることから、因果応報、色即是空は只の諸行無常となり、あらゆる禅的なるものが、今や破綻と空無となった現在であるのだった、今やリルケを越えて、タルコフスキーを越えて、ニーチェの馬を超えた現代であるのだった、

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ