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続・原発震災日誌  作者: 山口和朗
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絶望主義はいかに発生したか

続 原発震災日誌34


絶望主義はいかに発生したか、


18Cのルネサンスの自然科学の発達が発端であったが、常に大国による、小国の収奪、隷属において、強力な武器の開発がもたらしたもの、その武器が人類そのものを消滅させるほどの威力を持つものであることを知ったがために、各国は核開発競争へと進み、今や2万発の核兵器、その核兵器の維持のための原発が400基、この絶滅の条件が揃ったことが絶望主義の発生を可能とした、

続 原発震災日誌34


絶望主義はいかに発生したか、


18Cのルネサンスの自然科学の発達が発端であったが、常に大国による、小国の収奪、隷属において、強力な武器の開発がもたらしたもの、その武器が人類そのものを消滅させるほどの威力を持つものであることを知ったがために、各国は核開発競争へと進み、今や2万発の核兵器、その核兵器の維持のための原発が400基、この絶滅の条件が揃ったことが絶望主義の発生を可能とした、


絶望主義は、核による汚染という危機の上にあるとしても、もし人類に核のコントロール、封じ込め、又は無毒化が可能であれば、絶望主義は消滅するのか、


否、コントロールも、無毒化も出来ない、核エネルギーというものはE=mc2という自然現象を利用したものに過ぎない、無から有は生まれないのだし、有から無も生まれない、只有が在るばかり、


過去の思想、哲学との関係において、絶望主義はどのような関係に


実存主義が本質において類似している


ではどういう点で実存主義と違うのか?


実存が物事の本質に先立つと定義するところの先立つ存在そのものが無いと言うところが


絶望主義は過去のペシミズム、ニヒリズムとどういう点で異なるのか


過去のあらゆる思想、哲学は、全て存在を前提としている、シュティルナーといえど、無という存在を、現象学といえど無の存在が前提である、ウィトゲンシュタインの沈黙とも違う、マックス・ピカートの沈黙が似るかも知れない、存在は在るが沈黙の世界という、


人類の進化と発展の結果として起きた絶望状況、その結果は何であったか


生命としての喜びの喪失


まだまだ進んでいく科学や文化の進歩から、どんな結果が予想されるか


絶望主義の社会への蔓延、その結果として退廃、無気力


絶滅を少しでも遅らせるためには、どのようにしたら良いのか


この邪悪を、核汚染を、日常的に忘れないようにするために、人類が共同で衆目の下に管理すること


此処にまで至る前に、もっと良い方法は無かったのか


人類が真に兄弟、家族という感情の発達なくして無理であった


人類の兄弟愛の意識はどのような方法で可能だろうか


核汚染による生命への被害の科学的証明と、生存したことへの喜びの感情の育成


絶望主義のもとに誕生する兄弟愛の感情は一挙に出来るだろうか


否、出来ない、多くの悲惨と犠牲の後


この絶望主義の道はどんな進行をするのか


かつて人類の歴史上の出来事がすべて集約的に発生し、進歩と発展を止めた所から始まる


人類が知能、運動、そして寿命が20年30年位となり、進歩と発展を価値と捉えなくなった後


この絶望主義の先にはどのような世界が誕生するのだろう


絶望とは希望、生き残った人間と、生き残った他の生物との原始的ユートピアが誕生するだろう


今や、こうしてオチャラけて書いている、絶望主義、かつて共産主義の原理を人類の希望、理想とし、可能性の中に捉えていた、が、今やそれらが子供の夢物語のように、微笑ましく思えてくる世界の絶望的状況、

思想、主義に対し、私は挑戦しないではいられない、神が死んだように理想が死んだ世界で、ツァラトウストラのように、絶望の中にそれでも咲く花が在るなら、原初の風景、原初の人間の心、


他人の考えはどうでも良いのだったが、3.11を「あれだけは余分だった」「日本は変わらないだろう」「政治が悪い、日本人は馬鹿だから」「チェルノブイリはマトリューシカと同じだ」「原発問題よりも、経済問題だ」「自民の圧勝」「有為より無為」「12パーセントの得票で3分の2の議席」

これらあらゆる考え、動機がどうであっても、フクシマをどうすることも出来ない、忘れることも出来ない、忘れた振りをしているだけの3.11というもの、核は本当に人へ原罪を突きつける存在、私にしてもどうすることも出来ない、ただ一時、核を忘却したいだけ、再びの砂上の楼閣を作りたいだけ、シシュフォスが石を山上まで運ぶことをやめたら、それは死ということ、生きている限りは、生命が生きたいと望む限り、再び砂上の楼閣作りしかないのだった、放射能とはそうしたもの、癌と同じ、誰も助け、身代わりとはなれない、私が立ち向かう問題、私で解決する問題、私対世界、私対核であるのだった、


西田の絶対矛盾の自己同一~禅的悟り

ヴィトケンシュタイン~天上天下唯我独尊、道元~空性を悟り、体得(解脱)して現成(新らしい世界)へ、

フッサール~現象学的還元、

メルロポンティー~感覚とは対象との共振、交換作用、

ハイデガー~実存開明、

青年の日、私のマルクス主義に対して、それは相対的真理に過ぎないと言った仏教に対して、今私は、絶対的真理こそ求めているのだった、世界を無にしても、私の絶対の再構築をこそ、

辺見、ケイタイで言葉を紡いでいるという、が、紡げば紡ぐほど絶望は遠のく、


組織とは個人的エゴが、集団化したもの、組織を俯瞰的に見ること、


もう一人の私を持つこと、生身の他人であればなお良い、もう一人の私になってと、互いがもう一人を求めていれば、私が存在する、私対世界とは、私の中に、私の外にもう一人の私を作ること、この私とは、意識存在、意識を最高形態とする感情の中に在るもの、


NHKが今やっていること、日本人は何を考えてきたのかの、原発、3.11に対抗できるものがそこにはあるのか、西田の絶対矛盾の自己同一とかが、3.11の世界の危機に、学徒の苦しみのように、大東亜共栄の絶滅列車の、日本の哲学が、世界の哲学が、何と無力、否、何と罪深いことか、現在の日本の文化人に似る、大政翼賛会、大本営に従わないと仕事が来ないなどと、3.11以降は戦争だと考えると小出、そして現在もその戦争は続いていると、どうなるのか、どうしたらよいのか解からないのですと、5年、10年後の癌、その他の疾患、空気、水、山河の汚染の進行、果たして人は住み続けられるのか、カミュが戦争を、自らのファシズムと捉え、戦場へ行った、現在の世界を戦争と見るのか見ないのか、絶滅の危機にある現実、人間はゆでガエルなのだろうか、人間とは60度Cで死ぬことを知っていたのなら、死ぬ前に湯から出るもの、20ミリシーベルトでは死なない、確率的には何万分の1だから、全体で何千人死ぬくらいだからと、自殺者が3万人いるのだから、職を失い、ストレスで、不幸で死ぬより、現状の方が良いと、自らをゆでガエル化しているのだった、ゆでガエルとは人間の文明そのもののこと、手遅れに気付かない、人間の日常性のこと、生き残った私という意識、戦後の、癌からの生還、そして3.11以降の人間こそ、生き残った、絶望の中に取り残された、孤独の人間であるとの意識、

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