夢を見た
続 原発震災日誌33
フォールアウト~核戦争後の世界、地底人の物語、2077年世界核戦争、現在の世界の諸問題がそのままあり、戦いに明け暮れるロールプレイングゲーム、人は封建制、君主制、ファシズム、身分制、Etcの不合理に対し、常に戦っては来たが、種の絶滅と言うような、核の不安はなかった、
カフカも書くことで何も解決出来なかったが、書く以外に方法がなかった、カミュもペストで、しかし過去の作家達、種の絶滅までは想定してはいなかった、現代の作家達、フォールアウトのような世界を想定しないではいられない、どこかに出口が、希望はと、一瞬の希望、結論、受容することはあるのだが、直ぐに持ち上がる、一体存在することの意味はと、
続 原発震災日誌33
フォールアウト~核戦争後の世界、地底人の物語、2077年世界核戦争、現在の世界の諸問題がそのままあり、戦いに明け暮れるロールプレイングゲーム、人は封建制、君主制、ファシズム、身分制、Etcの不合理に対し、常に戦っては来たが、種の絶滅と言うような、核の不安はなかった、
カフカも書くことで何も解決出来なかったが、書く以外に方法がなかった、カミュもペストで、しかし過去の作家達、種の絶滅までは想定してはいなかった、現代の作家達、フォールアウトのような世界を想定しないではいられない、どこかに出口が、希望はと、一瞬の希望、結論、受容することはあるのだが、直ぐに持ち上がる、一体存在することの意味はと、人は余りにも、幻想、理想、肯定に慣れてきてしまっている、虚無、不条理の体験は乏しかった、人生を無意味、無目的には送れないのだった、世界を愛していた、世界を所有していた、今や哲学を楽しんではいられない、宗教を微笑ましくなど見ていられない、イデオロギーを懐かしんでなどいられない、これら一切が無に帰したのだから、近代はこれらを科学の裏づけで成立、保証してきた、しかし、核に対しては無力な科学、
夢を見た
嘉樹と心が通じなくなっていた、いくら私が怒って物を投げたり、叩いたりしても、やり返してくる、何日も口を利かない日が続いていた、そこへ友人達が迎えに来たのだった、ソリを入れたチンピラ風の4.5人の、大人も混じったグループだった、いずれ家を出て行くだろうと覚悟はしてはいたが、まるで引越し屋のように、その友人達は嘉樹の持ち物を、嘉樹に要るか要らないか聞きながら、次々と外に運び出していく、その様子を見ていた私は、嘉樹は本当は、自分の子供ではなかったのではとの錯覚に囚われていた、一瞬、嘉樹が私の顔を一瞥したが、無言でその男達と家を出て行った、嘉樹の顔には、ありありと私への抗議の表情があった、嘉樹が遂に家を出て行く、これで親と子の縁は消えるのかと、その切っても切れない、やるせないものがこみ上げ、私は何か叫び声を上げようとした、しかし何年かすればそうした親と子の確執、断腸の思いも失せていくのだろうと、ふと、時を眺める私が現れ、それ以上は嘉樹を追う心を絶ったところで夢から覚めた、
夢分析
私は過去を思い出していた、施設で何か悪いことをして、しかし絶対に謝らない私だった、それで蔵の前に立たされた、間もなく消灯時間になるのに、忘れられたように誰も迎えに来ない、怒りだけが立ちこめていた、そんな所へ一本の火の玉が屋根をかすめて飛んだ、私は聞いてはいたが、初めて見るかすれてはいたがハッキリ見た光の帯に恐怖し、一目散で先生の所へ行き火の玉がと言って泣き叫んでいた、素直ではない私がうろたえていた、そんな私を見た先生は笑って許してくれた、
また、いつか下級生達を引き連れて村の探検と称して、夜遊びに出かけていて見つかり、私が首謀者と眼を付けられ、しかし、私は認めず、不貞腐れていたら、お母さんが本気で平手で叩いてきた、それまで誰からも叩かれたことの無かった私は、心に衝撃が走った、本気で怒る人がいるのだという、
後年、義父に対し、母を殴るような男の所に母を置いて置けないと言って、私はさっさと母の荷物を車で取りに行き、為すすべもなく立ち尽す義父の前から母を連れ出して来た、
また秦野からも、いつまでも籍に入れてくれないといって逃げてきた母を、迎えに来た連れに対し、馬鹿にするな、別れろと言ったのだった、
私には、家族というものがアプリオリには形成されていない、その都度自分で作ってきた感があり、それは私の人間同士の、自然な共感の感情で作られるものとの思いであった、
私が愛するように、人にも愛して欲しいとする心を、世界へ、物へ、存在への愛とする感情が私対世界であり、共感のテーマである、私対犬のような、私が愛してやる立場の私の自覚、犬は何も言わないけれど、心配して側で見ている、うれしい時はシッポをピコピコ振り、そのくらいのお返しだが、その犬に人は愛を持つ、植木にも、嘔吐のロカンタンの、存在とは嫌悪、嘔吐すべきものと、私は正反対の感情、存在すること、存在だけが世界であるとの、存在の形を問わず、存在への信仰だけが、未来の無への意味、無への抵抗、有意味であることの、これは哲学ではなく、感情、私の経験された意識であるのだった、神をも含む、全存在、有の肯定、価値、無条件性、たとえ世界が放射能で汚れていようとも、奇形であろうとも、存在することの優位性、無に向かうまでの価値、意味、障害の中にある、不安、否定、困難、不条理の中にある、恐怖、痛みであっても、たとえ死刑囚であっても、死ぬまでの意味であることの、存在、これは唯物論でもなく、唯心論でもなく、私そのもの、私の世界という、ただこうした私の世界へ闖入してくる核というも、この存在にたいしてのスタンス、核も意味であるとの、病気と同じ、病気はやすやすと哲学を超えていく、たとえ核で汚染された世界であっても、今少し存在していたいと、
この地球を、21Cという時間軸の中の地球を、22Cの絶滅へのカウントダウンの始まりとして、奇形DNAの、気候変動、現在とはその予感の中の愛すべき存在、何故に人はその予感の中を、絶望しないで生きていられるか、サルトルの存在と無が、ロカンタンの嘔吐する汚辱としての、存在論への抗議、存在とは無意味、死とはただの事実に過ぎない、そして自由とは、主体性においてのものと、サルトルの人生、本当にサルトルはそれで良かったのか、ボブワールとの愛、異邦人に対しても、広津一郎がアンチモラルだと嫌悪していたが、カミュはモラルへの反抗がテーマであり、そのモラルの先に在る、存在の無関心に、共感と、肯定を求めた、私はこれら実存のテーマが現実となった今、アンチ実存としての、物、存在への私という主体を通した、新しき人、絶望の後に誕生する人の希望、意味としての、物への、存在への信仰を目ざそうとしているのだった、哲学がどうであろうと、宗教がどうであろうと、生きることを、生きようとする人間、木の男の、奇形児の奇形を生きる人の、サクリファイスな人の、あの奇形は私だと、核は私だと、アウシュビッツは私だと、フクシマは、チェルノブイリは私だと、22Cという時を見据えて書き継いでいるのだった、
貧しい人の犠牲の上に便利は在ると、ミツバチのささやきの女優のメッセージ、貧しい人は更に貧しい人の犠牲によって、存在を罪ととらえ、結果感謝へと、
人間が存在していることは、多くの生物の犠牲の上に、従って人が死ぬことは罪の贖いである、死とは彼等を生かすこと、人が生きものが、同じDNAとして存在しているこの星と考えるなら、一番遅れて誕生してきた人の存在は、罪と罰、意味で考えるほかはない、死を諸行無常と、人間の側や、日本的にとらえないで、哲学的な、事実に過ぎないなどや、実存開明、超越、不条理などの人間の側だけ考えないで、全存在として捉える視点、核汚染を生きるとはそうしたこと、全生命のDNAの毀損、奇形生物に向かってごめんね、ごめんねと、私の罪として、贖いとして死んでいく、死刑囚のように、死なないで、死ねば生きると、死を堵して闘う人のように、カミュ的反抗、サルトル的自由、ハイデガー的実存開明、ニーチェ的超人へと、彼等の哲学が現実化される時代、人の未来、希望へと、
全文学、全哲学、全芸術が、実存の言って来た通りになってしまった今、全否定を通して、新たな全肯定のものが、はじめサルトルを様々に肯定的に咀嚼した、が今、否定的に読んでいる、実存に救済はないのだった、現実化された実存、破滅、絶滅、絶望に対し、救済が必要であった、世界の絶望を知れば知るほど、原発反対の100の理由を深めれば深めるほど、絶望の現実、未来が覆い被さってくる、宮原の「ごったがえしの時」の空襲の日の開放感は、いじめられっ子の非軍国少年の、ざまあみやがれの感情、そして自らも生贄にされる世界の現実のテーマ、T、Hにも反軍国主義の少年風景があり、彼ら互いの共感があるのだった、核などへこたれない、生身の地獄を見てきたと、人間バトンなどとっくに、25.6歳で次に渡している、いつ死んでもいいのだった、
絶望主義の原理―絶望主義者の信条草案―
絶望主義とはなにか?
絶望主義とは、人類の絶滅までの諸条件に関する学説である、
では、その人類の絶滅の諸条件とはなにか?
今や自明となった、全面核戦争、核汚染等をはじめとする、人類による人類生存の危機的進行のことである、
そうした生存の危機に対する懸念を何故、主義などと学説化しようとするのか
不安や懸念は想定であって確定ではない、学説とは、想定を確定するもの
ではその絶望主義とは、どのように確定出来るのか?
歴史上において、個人において絶望主義は存在していた、が全人類が共有する形での絶望主義は無かった、人類の滅亡を自然現象の中に捉える視点はあったが、人間による、人間の破滅は想定出来なかった、が、ヒロシマ、長崎の原爆投下をもって初めて共有されるものとなった、




