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続・原発震災日誌  作者: 山口和朗
29/77

しあわせだった感情

続 原発震災日誌29


新たな友人は出来ない、新たな興味も湧かない、そんな中思い出される喜びと今まだ続いているものが、妻と家族、新婚時代の数々の喜び、結婚に至る奇跡と、健康と体力と、若い心が時を呼吸していた、思い出すだけで喜びが舞い戻る、絶望と無は案外こんな足元の喜びで解消していくのではと、思い出とは人間においていかに喜びなものか、思索ではない行動であった、思索とは違う、記憶された、塊としての時空間全てを含んだ、呼び出せばいつだって取り出せる存在物、私に絶望はないのだ、世界に絶望があるだけ、今や皆年老い、私だけが変わらずあるのだと、

続 原発震災日誌29


新たな友人は出来ない、新たな興味も湧かない、そんな中思い出される喜びと今まだ続いているものが、妻と家族、新婚時代の数々の喜び、結婚に至る奇跡と、健康と体力と、若い心が時を呼吸していた、思い出すだけで喜びが舞い戻る、絶望と無は案外こんな足元の喜びで解消していくのではと、思い出とは人間においていかに喜びなものか、思索ではない行動であった、思索とは違う、記憶された、塊としての時空間全てを含んだ、呼び出せばいつだって取り出せる存在物、私に絶望はないのだ、世界に絶望があるだけ、今や皆年老い、私だけが変わらずあるのだと、全員不幸である、Oは死に、Hは癌で、Mは癌で、MRは子どもが、HMは離婚し、HRは死に、HSは死に、Tは息子が死に、自分は脳梗塞、妻も脳梗塞、KYちゃんも脳梗塞、Kちゃんは娘が離婚し、KMは夫が死に、と新婚時代、誰も病んでもいなかった、幸せな妻の田舎があった、そして高校時代の同級生、帰れば皆で集まり、65年という時はかくも人を不幸にするものであるのか、生き延びた私だけが、とりあえずの喜びの中に、が、再びの病苦がいつの日か、


何しろM市から出たかった、狭さ、無味、唾棄したい青春の記憶、義父、母に強引に上京を承知させ、


大阪へも行った、父の一番上の姉さんの娘があった、生まれて初めて会う従姉妹、親戚であるという関係だけで記憶は何もないが、父と私への労わりが感じられ、心安く印鑑証明を取りに行ってくれた、


岡崎にも父の二番目の兄の息子があった、今回の相続問題に力を貸してくれていたOと出かけた、鳳来寺、登山電車のような列車に、山肌を縫うようにして走り、最後の印鑑証明を手に入れ、長い、重い、自己嫌悪の、時間が、これで全部終わった、解放されたと、二人で鳳来寺に遊んだ、


「印鑑証明渡しなさいよ」

「渡せないよ、これは父が十年の刑務所生活と、生命と引き換えにしたものだ」

「じゃあ、どうしたら」

「決まってるじゃないか、お金だよ」

「いくらなら」

「300万円」

「そんな金額どこから出てくるの」

一反はあるだろう、坪一万にしたって300万だ、それにあの土地には道路が通る予定だそうだな」

「なんて、悪どい奴や」

「これは父の命の値段だよ、こんな金額で人生を棒に振ってしまった父の」

私は本心そう思っていた、伯父や、祖父への憤りが尊属殺人未遂、放火をやらせたのだと、


印鑑証明を渡したら、金を用意すると、度々やって来る伯母、その都度金を先に用意しろと追い返す、父の死から上京への希望、相続のための印鑑証明は揃ったが、金が手に入らない、私は荒んだ、一刻も早く解決して上京したいと思った、


「100万円でいいよ」

「そんな大金すぐには出来んよ」

「じゃあ、いくらなら」

「50万なら」

「なにその額、あの畑がそんな値段なはずないだろう」

「農地委員会や、買ってくれる人の都合がある」

「じゃあ70万で」

「相談してみるわ」

私は父が死を堵して得た、遺産相続の土地を伯母に投売りしようとしていた、何しろM市を直ぐに出たい、出るための金が要る、そして大学の入学金も、


これらの記憶が私の個別さと、異邦感覚を形作ってきたと思う、養護施設、T町、M町、私には故郷や、家というものがなかった、


カヴァチーナを聴く、しあわせだった感情が蘇る、原発事故さえなかったら、この感情が損なわれることはなかった、多く人は原発事故さえなかったらと、損なわれてしまった感情を持つはず、三島が学徒出陣者に贖罪とコンプレックスを持っていたと知り、自刃への共感と同情を持つ、生き延びた彼等が、今の日本を陥れたと、三島のクーデターとは、良き日本、失われた日本への回帰、奪還の行為であったのだと、歴史を、事件を、世界、自分自身を俯瞰する地点から眺めたとき、意味や、仕組みや、構造や、必然が手にとるように解かり見えてくる、書かなくてもいい、書いてはいけない、そんなテーマと状態に初めて遭遇して、文化が、理想や、希望や、願いを元に考えているが、絶望と無の上にあったと知ったとき、書くことは禁じられ、絶望など誰からも求められず、嫌悪、拒否されることに、世界に悪は存在する、悪と善があって、世界は成立していると、世界を肯定してもなを、その悪が取り返しのつかない、全世界を覆うものであることの絶望があるのだった、それは仕方が無いこと、人間の社会システムのもつ構造的欠陥だから、不可逆ということと、人間時間ということ、その中を人は生きるしかないということ、

Tさんがルーベンスを観てTELしてきた、ルーベンスの先見性に感動しての、そして自分が遣って来た方法への確信が持て、最後まで、自分の方法で遣り続けていくと、興奮的に、是非ルーベンス観に行って欲しいと、ルーベンスの一枚、「アエネアスの難破船」ルーベンス28歳、イタリア旅行中の作品、暗い色調の世界の破滅を予感したような絵、華やかなルーベンスの絵の中に異色の一枚、


ベルリン国立美術館展 学べるヨーロッパ美術の400年 【国立西洋美術館】 (06/23)

「真珠の耳飾りの少女」は際立っていた、黒の額は、絵のコントラストを高め、唇に置かれた白の絵の具、みずみずしい、

デューラーの「ヤーコプ・ムッフェルの肖像」、これは全てが完璧に描かれ、性格まで出ていて、存在感があった、


マウリッツハイス美術館展 【東京都美術館】 (07/04)

フェルメールの「ディアナとニンフたち」は動きの柔らかさがあり、時間を止めた一連のフェルメールとは違って良かった、

レンブラント最後の自画像

年老いたといっても63歳で私より年下だが、80、90才の老いた顔、淋しそうな、しかし自立した精神性があり、


フェルメールの絵、市井の人の、小さな喜びの意味と、その味わい、ラピスラズリの青、少年の日、麦畑に広がっていた空の色、

3.11の未だ先の見えない現実に、美と現実の落差に、観客はみな一様に暗く押し黙り、私自身も、かつての様には美を楽しめず、福島でこれらの美術展を開いたらと、レンブラントの眼、こちらを見据えている、そのレンブラントの悲しさと、フェルメールの日常の美、どちらも希望につながってはいない、壊れていくものとしての美、

晩年のレンブラント、子どもの相次ぐ死と妻の死、そして零落が、かのレンブラントを悲しみへと、63歳というのにあの老け方と弱弱しさはいたいけない、今の私にあっては、3.11以降においては怒りと、憎しみを含んだ大いなる悲嘆と、しかしふてぶてしい野生な人物をこそ求め、しかしいずれ今の世界にそれらも力となりえず、全芸術が私においては無化されているのだった、レンブラントが何億円しようが、原発はマイナス何千億円という、無意味な負の遺産であるのだった、そんなものを信奉する人間に、レンブラントの悲しみがあると、私は、私の失われた時を求めて、フェルメールとプルーストを合わせたような、私の絶望の克服をこそ、克服でなくとも、手がかり、否、希望へと、絶望からの、失われた時への、決して見出されることのない、200万年の失われた時、自然への、存在への信仰のような、私は天国を体験しているのだから、癌からの生還とは、プルーストの失われた時以上の現実の天国であった、今がたとえ絶滅への道程であっても、死への途上であっても、

今あるという天国に生きているのだからと、これが私の見出された時であるのだからと、フェルメールのように、この日常を、レンブラントのように、この悲しみを、

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