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パラドクス  作者: クロハ
2/5

「あつい…」


ジリジリとするうっとおしい夏の日差し。

容赦なく辺りを照らすそれは、休むことなく周囲に熱気を与える。

歩くことにさえ気だるいを感じさせた。


「なんでこんなこと…ぶつぶつ」

俺は何かを確認するようにしてふと上を見上げる。




世界全体を統治する、王族と一部の貴族のみが生きていくことを許された地、エルノス。 

周囲を守るようにしてそびえ立つ山々に囲まれた唯一の国だ。 

辺りに高級な住宅街が並んでいて、閑静な雰囲気が周囲を支配する。


清潔さや豪華さと引き換えに、そこは人気が失われている。

いつもの見慣れた光景。

しかし、そこには常に薄気味の悪さがある。


「放せ!放せったら!」

「……」

石畳の街路の上。

暴れようと必死な抵抗を続ける、耳障りな少年の声が響いた。



「がっ…」

すかさず殴りを入れる。

こんなところで一々喚かれては奇異な視線を浴びる的にしかならない。


「仕事を増やすんじゃない、黙っていろ」


「悪魔め」

殺意に満ちた目でこちらを睨む。

その目は様々な感情が蠢いている。

怒りや悲しみや、怯え。

そういったたくさんの負の感情が入り混じったような…。

「く…くくっ」

「何だ、何が可笑しい」

「いや、悪魔だなんて言われたのは初めてだからな」

「馬鹿にしてっ」


拳を固めたるも、今更のように縄の存在に気付く。


腕を少しも動かすことができないのだ。

屈辱的な表情が少年の顔に浮かぶ。

実に分かりやすい。


「よせ、お前らのせいで大分疲れている。それにしても…」

その目つきがなぜかあまりにも可笑しく感じてしまう。

ふと頬に手を当てると、口角が吊り上がっていた。


「馬鹿な奴らだ、本当に…」


「なっ…!?このやろう!」

「こんな場所に来たところで、生きていけるはずない」

「そんなことは分からないだろ!一体何が言いたいんだ!]

喚く少年に周囲の視線が集まる。

「これ以上は口が過ぎたみたいだ。今はとにかく歩け」

「おい!一体何がおかしい!知っていることを話せ!」

俺は思い切り縄を引っ張っりながら歩く。

反抗させる隙を与えぬよう、彼を一瞥する。

彼が着ているのは貧相で薄汚れたボロ着。

あとは素足だ。

所々が痛々しく擦りむいている。


その横は同じくらいの年の少女か。

涙を瞳にためて、ただ怯えていた。


「やれやれ…」

さっきまで彼らを見つけるまで、ビクビクしながらうろついていたというのに。

捕まえた瞬間にこれだ。


安心したと同時に威張り散らす、面倒な種類の人間。 

そんな彼らを、俺はある場所に連れて行かなくてはいけない。

まったくもって面倒な仕事だ。


「まぁいい、元の場所には戻れるだろ。おそらくだが」

「元の場所、エルノスになんて戻れるか!俺たちがここに来たのを分かった上で言っているのか!?」

自分達は正しいことを話しているつもりなんだろう。

だが…。

「もちろんだ、そのままセリフを返そう。それの何がおかしいんだ」

俺の言葉が癪に障ったのか、少年が改まったように激高する。

「ふざけるな!どれだけ努力したと思っているんだよ!」


少年が声を張り上げると縄がギシリと揺れる。

その音と一緒に周囲から再び非難めいた視線を浴びる。

懲りないやつだ。

だからガキは嫌いなんだ。

にも関わらず彼は意味のない抵抗を続ける。

「努力?それはとんだ勘違いだ。お前たちは、最初からミスを犯した」

「エルノスからここにくること自体、禁止されていることは分かっているはず。

だというのに…」

しかし、少年の怒りは一向に収まる気配を見せない。

「間違っていない!俺たちは何も!」

「クソッ!やっと出られたのに、なんで…」

「ハァ…」

無意識の内にため息が零れてしまう。

「お前なぁ、なんでって、規則だからに決まってるだろ。

規則は守るためにあるもんだ。

お前みたいなガキでも分かることだろ。喚けば、誰か助けてくれると思っていると?」


からかっているようにも見えるが、俺の言葉には何一つ間違いはない。


「自分の手でここまで来れたのは見事だ。それだけは褒めてやる。

もしも一人でここまで来ていたら、無事に逃げ切れたのかもな、

そいつを連れてこなければの話だったが」


「ごめんなさい…」


先ほどまで黙っていた少女がそこでようやく口を開く。


「べつに…お前のせいじゃない」

少年はハッとしたように我に返っていた。

「さて、言いたいことは関所で話せ。お前らがどうなろうと俺には関係ない。正直に話せば手荒にはされないはずさ、多分な」

「チッ…」


殺意に満ちた鋭い眼光で睨まれるが、冷ややかな目でそれを受け止める。

そんなことをした所で、何の得にもならない。

ただ哀れだなと…。

憐憫の情を抱かせるだけだ。


「……」


縄を手に持ち、しばらく歩くと、巨大な建築物が視界に映る。

酷く豪華にあつらえた二つの時計。

関所。


王族からから周る貿易品のやり取りを行う場で、

市民の苦情やトラブルを未然に防いでいる国の行政機関だ。

左右に目をこらす。

馴染みの深い緑の軍服を着た衛兵が見えた。


がっちりとした、見ているだけで暑苦しくなりそうな服装。

彼等の口元は頑なに結ばれており、無機質な印象を抱かせる。


「よぉ」

声を掛けた途端一礼される。


「あら、ノアさん。お疲れ様です」


「相変わらず暑苦しそうな格好だな」

「まったくです、今日はこんなにも暑いというのに。少しは楽な服装がしたいものです。」

「それで、本日はどのようなご用件で…と言いたい所でしたが」

縄で縛られた二人を見る。


「どうやらお急ぎのようですね、すぐに門を開きます、しばしお待ちを」

「悪いが頼む」

憲兵が左手を上げ門番へ合図を送る。


頑丈そうで巨大な木製の扉が大きな音を立てながら開かれた。


「ダグさんはいつもの場所です、よろしくお伝えください」

「分かった」

門の先に姿を見せたのは、庭園にも似た広大な敷地。


その先を歩いた先に見える小さな扉の入り口を叩く。

「邪魔するぞ」


中に入る。


目の前にデスクがあり、そこには深い皺の刻まれた男性がいる。

悩ましげな様子でかさばる書類に向き合っていた。


[相変わらず書類の仕事か」



「おおっと」

驚いた声が上がる。


「びっくりした。お前だったか」

 

「声は掛けたが…」


彼のデスクを覆う書類を一瞥する。

相変わらずものすごい量だ。


「新手の仕事か?」

「猫の手も借りたい、といったところだ。最近は何かと苦情が多くて…。

こちらも暇でないのに困り果てているよ」


深く彫られたような皺が一層険しく刻まれる。


彼はダグ、この関所の管理を任された男で付き合いの長い友人でもある。

俺は催促するように、引っ張ってきた麻縄に目を移す。

 

「さらに忙しくさせるようですまんが…頼まれものだ。確認を」


「流石仕事が早いな。どれどれ…」


デスクから行方不明者と記載のされたファイルを取り出す。

そして品定めをするかのように、二人の顔を見比べる。

少年は黙って彼を睨みつけるが、何も気にする素振りは見せない。


「なるほどねぇ…」

ダグが頷く。


「抜け出したガキが二人…合っているな?」

「あぁ、違いない。二日前に失踪したガキだ。相変わらず見つけるのが早いな。流石はプロッてところか」

 「なっ…」

二日前という言葉を聞いて真っ先に驚きの声を上げた少年。

「どうして…」

 少女も驚いたように口を開く。


「俺たちはまだ扉を通ってから半日も経ってないのに…」


「これだから嫌なんだ…」

やれやれとばかりに首を横に振る。


「毎回こんなガキの反応を見ても、何の感情も抱かないとは…職業病というやつかな」[br]

「タネ明かしされたマジックを何回も見せられる気分だ、流石にイラついてくる」[br]


最近依頼される仕事、その大半は子供の迷子探し。

しかもやたらとどいつも反抗をしたがる。


自由になりたいとか、クソ野郎だとか。 

そんな甘ったれた言葉を恥ずかしげなく口にする。


「どうなっているんだよ!」

納得がいかないとばかりに喚き散らす。

その反応ももう見飽きるほど目の当たりにしてきた。

最近の仕事は肉体的よりも、ただ蛇足に近い呆れの感情を抱かせた。


「いいか、お前らがくぐってきた扉、あれは時や場所があべこべに繋がったもの。

俺たちの手に負えない負の遺産だ。自由になるために努力するのはいいことなんだろう。

だが、あんなものを使うとなれば話は別さ。正気の沙汰とは思えん」


「おれたちはただ…」


「どうも近頃は自殺志願者が多くて困る。空から落ちて死体になるやつ。

夜道に一人で彷徨う小さなガキ。そんな奴らを俺たちは毎回保護しなきゃいけない。

おいダグ、手はすでに回しているはずだが…巡回は厳しくやってくれ」


彼らが大変忙しいのは知ってはいるものの、つい愚痴が口から溢れる。

自分も相当疲れているのだなと自覚する。


「ボロ着の子供が外を歩き回るなんて、貴族が見たらどんなおもちゃにするか分かったものじゃない」


「貴族が異常者だと断定するような言い回しだが…。返す言葉もない」

残念そうに唇をかみ締める。


「今や私利私欲のために貴族が奴隷を買うのは常習化しているのが現状だ。

暇と金を持て余す人間は何をやらかすか知ったものじゃないですし、知りたくもねぇ」


「それより」

二人に目を移す。


「こいつらが外に出るのに使用された扉は、見つけたんだよな?」


「それはもちろん。扉は、だが…」


「いつもはエルノアを巡回する仲間から連絡がくるが、彼らも疲弊しきっている。失敗した、つまりガキを回収し逃したんだ」


「迷子が見つからなかった…と」


「貴族どもの支配地に入られたら俺のできることは皆無。

あの場所は私たちでさえ立ち入りが制限されているからな」


「奴らからしてみればただで奴隷が手に入るのだから悪いことではないが」

「ごもっともなことで」


彼らにとって身寄りのない若い子供は金を作るための最も手ごろな道具になる。

自分が取り仕切る娼館に閉じ込める。


そうすれば死ぬまで働かせることも、

様々な知恵を詰め込んで裏方の仕事をやらせることもできる。


裏方の仕事の内容は多岐に渡るが、その大体は芸を仕込む。

暗殺に利用するのだ。


一度彼らに捕まれば、まともな人生など歩めないだろう。

「仮にも俺たちは町全体を警備する人間だ。その代表として、仕事の責任は感じている」

そう口にする彼の瞳は熱い感情が燻っていた。


「二度とこいつらが同じ事をしないよう、その責は果たせるのか?」


「任せろ」

ダグは二人を見下ろし、それから嗜虐的な笑みを浮かべた。


「ちゃんと灸をすえて、扉は二度と使えぬよう解体しておこう」


「それでも!」

自分達の行動を正当化したいのか。

少年が正義感にも似た声色で真っ先にダグを非難する。

「それでも可笑しいだろ!なんで俺たちは出られないんだ!

ただ自由になりたかっただけなのに、どうして…」


「がっ…」

一瞬にして地面へと叩きつけられる。

何が起きたか理解できないのだろう。



ダグが拳を固め彼の頭を思い切り地面へ叩きつけていたからだ。

彼を見下ろすその目には独特な感情が灯されている。


「うっ…ううっ…」

涙の入り混じった嗚咽が血とともに口から吐き出される。

まともに身動きが取れないのだ。


「さてと…。これでお仕事は完了だ。お代はこれでいいか?」


重みのある紙幣の束が二、三つ渡される。


「おっと、大事なものを忘れるところだった」

梱包された紙包みを差し出してきた。


それは一定の輝きを保ったまま、静かに光を放ち続けている。

「いい色だ」

それは宝石の形と色を纏った水晶だった。


「最近いい物が上から回ってきてな。こいつのおかげで大分仕事も楽に感じられる。あくまで気晴らしにしかならんが…」


一見高貴なイメージを感じさせるこの水晶。

手で力を加えることで砕くことができ、それを口に放り込むと精神的な快楽を得ることができる。

要は違法な薬物。


こういった水晶の類はフリームと呼ばれ、どこかでこんな鉱物が何らかの手で生産されているというから驚きだ。


「いつも悪いな」


「当然さ、俺がお前にしてやれることといったら、これぐらいなもんさ。

また上から回ってきたら伝えるよ」

紙包みを受け取る。


「今時の通貨は貨幣でなくやはりこれだ。

持ち運びもしやすくて、あらゆる物との交換も容易。

いっそ通貨として流通して欲しいぐらいだ」

満足げな笑みを零す。

その姿は横に倒れている少年と怯える少女の姿と重なり残虐なイメージを持たせた。


「冗談はよせ」

俺はそんな彼の意見を一蹴する。

「しっかりしてくれ、仮にも関所の人間だろ」


「これは失敬」

包みを懐にしまい、出口に向かう。

これだけの金があれば、少しは

「先に失礼する。地下にまだ仕事があるんでな」

「おう。じゃあな」


「あぁ」





主人公の暮らす世界

 世界は二つの都市に別れている

 一つは貴族たちが生活を送る場であると同時に、唯一存在する学園がある街 

もう一つは王族と一部の有力な貴族が暮らす都市

 


フリーム

見た目が宝石の薬物。

モルヒネのような治療用の薬や生活上で使用される陶芸品の材料などその用途は多岐に渡るが、その一部は違法な薬物として流通している。 

物々の交換材料や取引時など様々な用途において使用することも可能

 

 地下の世界のどこかに存在しているという地上の世界エルノスへと繋がる謎の扉

 かつての魔法使いと呼ばれた人々の遺産などではないかと噂されている

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