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磐梯神代記  作者: 山羊座
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雨の岩戸《中編》

祭り、それは家族ひいては村の一族の繁栄を願い、自然、そして一族の神を奉る行事のこと。つまりそれはめでたいものであって、決して悪いことではない。そう、それはおそらく、誰もがそう思っているはずだ。しかし、人は時に自分と他人との認識の間に深い溝のようなものを感じることがある。過ごした境遇の違いが、周りにいつもいる大切な人々が、思考を、価値観を左右する。


━━━ここから立ち去れ、立ち去れ、タチサレ。ミドリは未だ止まることのない言葉の波に呑まれそうになるも、ゾウの深く沈む瞳をじっと見つめていた。


おお、そうじゃった。わしは族長になって少し経った頃、あるものを感じるようになったのじゃ。"それ"は、時折やって来てはわしを悩ませた。耳の奥深くへ、聞こえてくる"それ"は日を追うごとに鮮明になっていった。そう、つまりそれこそが今のお前に聞こえている"声"なんじゃよ。


"声"が聞こえるようになったことを母に伝えると、母はとても喜んだ。それは、わしの歯が初めて抜けたときのように、息子の成長を祝うかのようなものじゃった。わしはまだこの"声"のことを受け入れきれずにいたが、族長としてこんなことで一々くよくよしている暇はなかった。


そして、族長としての生活がもう一年過ぎようとしていたその時、わしに一つのある伝聞が届いたのじゃ。それは、ここ最近交流を持ち始めた隣村からのものじゃった。その伝聞の内容は、

「親愛なる亀の一族の族長、ゾウ様。この度は私たちが年に一度執り行う奉神祭に御越しいただければと思い、伝聞をお送りいたしました。」

というものじゃった。わしは勿論、族長として参加すべきだと思い、その日に備え身支度を整えた。


そして、あの日はやって来た。わしは村に行ってきますを告げ、隣村へ歩き出した。その日の空は雲に覆われていた。一年に一度の祭りなのに気の毒だななどということを考えているうちに、暗く閉ざされた森を抜け、小さな湖の畔を通り、隣村の前へとやって来た。だが、何だか違和感を感じた。確かに村の中は祭りらしく騒がしい感じがするが、村の周りを何十羽ものカラスが、まるで村を見張るかのように上空を旋回し続けていた。


違和感を抱えたまま、村へと入っていった。そこでは、老若男女が火を灯した祭器の周りを躍り回っていた。そうしたら、その違和感はすぐに何処かへ行ってしまった。きっとカラスたちも、村人と一緒に踊っているのだろう、と。するとすぐに、こちらに気づいた彼らのうち一人が出迎えてくれた。

「ようこそいらっしゃいました!曇り空にも負けない活気でしょう?」

「ええ、全くです。この村の人達は見ていて明るくなれる。」

そんな会話を交わし、気付いたらわしもいつのまにか躍りの輪の中へ入っていた。この時は本当に楽しかった。だが、それは長くは続かなかった。


少しして、夕暮れ時がやって来た。すると、村人たちは一斉に躍りを止めた。不思議に思うわしに、村の青年が話しかけてきた。

「これから始まりますよ。」

わしはますます混乱した。

何が起きている?

何が始まると言うんだ?

その様子を見かねた青年が、わしに一言告げる。

「分からないんですか?贄を捧げるんですよ。」


贄…?わしはその時その言葉を知らなかった。だが、理解するのに時間はかからなかった。一人の若い娘が祭壇に上げられた。そして、その後ろから槍を持った一人の男が。

まさか。

槍は心臓へ向かい勢いよく突き出される。

やめろ。

やめてくれ。

「やめろ!!」

叫んだ声は虚しく、伸ばした手は民衆の壁に阻まれた。槍は、まだ若い娘の心の臓を、容赦なく、冷酷に突き破った。白く研ぎ澄まされた槍の先端は、生きていた証によって赤黒く塗りつぶされた。


「我らが神よ。この贄によりて我らに恵みをもたらしたまえ。」

老人から小さな子供まで、その光景に目を覆うものは一人もいなかった。それどころか、あの娘のことはどうでもいいかのように、叫んだわしのことを睨み付けてきた。その目は冷たく、鋭く、まるでさっきの槍のように。思わずわしは後ずさりした。そして、次の瞬間、走り出していた。


価値観の違い。それは、時に人を絶望へと陥れる。ゾウの瞳は、より深い夜の色へと染まっていった。


その後、わしはこの事を村の皆には話さなかった。話したら、族長の責任を放棄したと言われ、わしはまたあの冷たい目に突き刺されると、そう思ったからじゃ。今思えば、それは逃げじゃった。自分の責務から、心の痛みから、目にした現実からの逃げ。


勿論、一度持ってしまった関係は簡単に絶ちきれない。このままあの一族となんの関わりも持たない、というのは無理だとわかっていた。ならば。

わしはあることを決めたのじゃ。あの一族とは分かり会えない。だから、ここからは離れようと。新たな土地、新天地を探そう。と。





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