ぜんぜん平気ですよ、先輩
新入部員の美島さんに、ぼくはおそるおそる、部室がないことを告げた。
すると彼女は、体育館の用具倉庫で、跳び箱の向こうにまわって、着替えはじめた。
「あ、あの〜、部室なくて、平気なの?」
ぼくがそう尋ねると、
「まえの学校も部室がなくて、こうして用具室で着替えてましたよ。だから私、ぜんぜん平気です」
と、跳び箱の向こうから、明るい声が返ってきた。
「そ、そう。それは、よかった」
ぼくは、平静を装ったものの、心臓がバクンバクンと、激しく打ちまくっていた。
なにしろ、跳び箱の向こうで、アイドルみたいにかわいい女の子が、制服を脱いでいるのだ。
ぼくは、ほとんど無意識のうちに、全力で耳をすませていた。
体育館の中では、バスケ部やバレー部がアップをはじめたかけ声が響いている。
だが、その音は、重い体育用具室の扉のおかげで、かなり低く聞こえる。
意識を集中すると、跳び箱の向こうから、
シュルル…シュルル…
パサッ…
という音が、聞こえるような…
と、そのとき、
「おい一年! 予備の球を、倉庫から出せ!」
と、やたらと野太い声が響いた。
あれは、バスケ部キャプテン・赤石先輩の声だ。
「ういっすー!」
バスケ部の一年が、返事をしてダッシュしてくる足音が聞こえた。
まずい!
あんなヤツらに、美島さんの着替えを見せるわけにはいかない!