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料理男子のプライド

作者: マコト

 一口大に切った鶏の腿肉を中火にかけた鍋に入れて軽く炒める。僕は最近、肉を炒める時、純正のゴマ油を使っている。ゴマ油で表面をローストすることによって肉の臭みが消え、口にした時、ほんのりとゴマの風味が香るのだ。

 肉の表面に火が通ったら、繊維に沿ってスライスした玉ねぎを入れ、肉となじむように木じゃくしで混ぜる。そこへ人数相当分の水を投入して強火で煮立たせる。煮立ち始めたらおたまで灰汁を取り、かつお出汁、味醂、濃口醤油、料理酒で味を調え、最後に溶き卵を投入して固まりかけたとことで火を止める。

これが僕の考案した親子丼のレシピだ。

僕の特技は料理だ。昔から料理することは嫌いでは無かったけれど、介護スタッフとしてグループホームで働くようになってから料理することが今まで以上に楽しくなってきた。

グループホームというのは「認知症対応型共同生活介護」という形態に分類される。認知症の人達が一緒に暮らす事で、更衣、食事、排泄、身体能力など今ある能力を維持することが出来、効果的に認知症の進行速度を緩和するというのが目的の介護事業所だ。

 

 グループホームによっては食事を給食という形で業者に委託している所もあるが、僕が勤務する職場は開設以来、掃除や洗濯物干しの他、料理もスタッフが中心になって入居者さん達と一緒に作ることになっている。 

 スタッフになった当初は入居者さんと勤務スタッフ合わせて最大十三人分の食材の分量が掴めず、出来上がった料理が余り気味になったこともあるが、勤続四年を超えた今では無駄なく適量を作れるようになっている。

 料理の楽しさというのは自分で好みの物を作って自分で食べることにもあるけれど、人に美味しく楽しく食べてもらう為に自分が作るということにも醍醐味があると思う。

料理というのは、食材の買い出し、調理、後片づけを入れると、二時間くらいかかってしまう。でも食べる時間はというと、パーティとか宴会を例外とすれば通常10分から15分位だと思う。料理は本来的に割の合わない作業なのだ。だからこそ、時間を費やして作った料理を「美味しい」と完食してくれた時には本当に嬉しくて、「やったー」という達成感や勝利感を味わうことが出来るのだ。


 僕が人生で初めて料理に目覚めたのは小学校の家庭科の授業での目玉焼き作りだった。

ガスレンジに火を点ける。フライパンを扱う。卵を割る。というプロセスの全てが僕にとっては初体験で新鮮で驚きだった。フライパンに引いた油の上に卵を割り入れる時には最高に緊張したし、透明な卵白が白く変わっていくのを間近に見るのは感動ものだった。そして、生まれて初めて自分で作った目玉焼きを自分で食べた時の感慨は言葉では言い尽くせないほどファンタスティックだった。

と同時に、それまで料理は母親が作ってくれるのが当然と思っていた僕にとって、カルチャーショック的な体験でもあった。

 目玉焼き体験をきっかけに、気が向いたとき限定で母の横で野菜を切ったりして料理の手伝い的なことをしていた僕ではあったけれど、その後すぐに料理にハマったわけではなかった。その理由は明確ではないが、僕なりに考察してみるに、台所に立つ母の姿を見ることで安心するという子供の本能と、「男子厨房に入るべからず」的な当時の風潮が多少なりとも影響していたのかもしれない。

 子供のころの魅惑的な料理体験があったからだろうか。大人になってからは毎日毎食とはいかないまでも、チャーハンとか、カレー、スクランブルエッグ、焼きそば、野菜炒めなど簡単な料理を自分で作れるようになっていった。

食材を用意してレシピ本を見ながら料理を作っていく過程というのは、意外に面白い作業だ。焼きそばを作る時など、フライパンの中で山のように盛り上がっていたざく切りキャベツに火が通るに従って水分を出し、しんなりしていくにつれて容積が半分ほどになっていく様子は見ていて楽しく、確実に何かが出来つつあるというワクワク感がある。

 そして、塩コショウ、料理酒、味醂などの調味料を計って加えていく感覚というのは、どことなく理科の実験を思い起こさせるような気もする。男子が料理にハマって自己流の美味しい料理を作りだせるのはこの辺の理系の感覚を味わえるからではないか?と僕なりに分析している。

 

 また、料理の醍醐味は調理方法によって、食材をいろんな食感や風味に変えていけるというところにもあると思う。

例えば茄子は浅漬けにすれば、しゃきしゃきした歯ごたえがあるけれど、麻婆茄子や煮浸しにすると、溶けるようなトロリとした食感に変化するし、ひき肉はハンバーグとかキーマカレーのように洋風メニューにすることが出来れば、生姜をベースに味醂と濃口醬油で煮付けると、和風のそぼろになるし、塩茹でしたジャガイモに甘辛く炒めたひき肉を絡めると茶色ではなく白い肉じゃがになる。

食材を買うのも料理の楽しみを倍化させる。メニューを決めて買い物する時はどの店で買えばお得で良い食材が手に入るかと作戦を練るのが楽しいし、メニューを決めかねている時にはスーパーで店頭に並んだ食材を見ながら「今日はジャガイモが安いから玉ねぎと肉を買ってカレーにしよう」とか、「タケノコが出てるんだ。旬の食材は体に良いっていうからタケノコご飯作ろう」と、その場で決めることも出来る。それに食材を見てメニューを考えることはそれ自体が脳トレにもなるから素敵だと思う。毎日メニューを考えている主婦には後者のパターンが多いのではないかと思うのだ。


「主婦」という言葉が出たついでに言っておくと、「料理は女性がするもの」という考えはもう過去のものだと思う。料理が好きでたまらない女子は別として、さほど料理が好きではなく仕事を持っている女子にとって、家事の中でも料理をする負担はかなり大きいと思う。仕事で疲れて帰ってきてから休む間もなくキッチンに立つというのは体力的にも相当キツイ。

そんな時、夫婦や家族で外食という手もあるけれど、週に何度も外食となると経済的リスクが増大する。

そこで、パートナーである男子が多少なりとも料理が出来れば、女子の負担はかなり軽減されるし、生活共同体としての家族の絆も一層深まると思うのだ。そしてこのことは一家族のみならず、社会全体にも当てはまると思う。現政権は「女性の社会進出を促進する」ことをスローガンに挙げているが、それには従来的に女子が担ってきた家庭での家事負担を男子が分担することが重要なファクターであることは間違いない。男女が一緒にキッチンに立って料理をしている姿というのは美しいと思う。

僕の場合は現在独身で、プライベートで一緒に料理を楽しめる相手はいないけど、その分、職場で十三人分の料理を作ることを楽しんでいる。

 

 そして最近では料理教室にも通うようになった。料理教室の参加者は圧倒的に女子率が高いこともあり男子の僕は好奇心の目で見られることは多い。

でも料理が始まると僕に注がれていた好奇の視線が一種の驚きの視線へと変わっていくのをリアルに感じる。というのも、自分でいうのはおこがましい気もするが、食材の扱い方や、包丁の使い方、後片付けの仕方、盛り付け皿の選定の仕方、食欲をそそる盛り付け方などを僕なりにマスターしているからだ。それに「料理が得意」という自負心もある。

自分の料理の手際を注目されることで、自然体で料理の出来る男子はモテると実感もするし、男子としての魅力はかなりアップする。そして、これから益々料理の出来る男子や料理を楽しめる男子、パートナーと一緒にキッチンに立ちたいと望む男子が増えることで、日本の女子達が一層輝いて本来的な力を発揮していくだろうということにも期待感が高まっていく。ネットでもランチや料理関係の情報に関心が集まっている。料理のレシピや食材の通販サイトにはアクセスが殺到している。

 僕も無料SNSに自分で料理した写真をアップすることが多いけれど、閲覧数は格段に多く、「美味しそうですね?」とコメントされることも少なからず有る。料理を作った本人としてはネットを通じての反応も最高に嬉しくて、より美味しい料理を作るモチベーションアップにも繋がっている。

 

 食べることは人間の本能だ。そして人間は野菜、肉、果物、魚介類など地球からの恵みである食材を料理して、より美味しく体に摂取するというスキルを持っている。冒頭にも書いたように料理というのは、人を楽しませ幸せにするパフォーマンスなのだ。

 料理を楽しむのに年齢や性別、国籍は関係ない。沢山の人が集まって、男子も女子もキッチンに立って共同作業の中で料理が出来ていくというのは平和で愛に満ちた光景だと思う。そして、同じテーブルで自分達の作った料理を味わいながら食べるというのは最高に贅沢な過ごし方だとも思う。

料理の楽しさは、まずやってみないと分からない。でも、料理は苦手だと思っている人だって、やってみればハマる人は案外多いように思う。

 僕はこれからもオリジナルレシピを含めたメニュー作りを公私共に楽しむつもりだ。

                                          (終)

 


 




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