風呂敷は畳めない
「うう……だめだ、やっぱり気になる!」
蒸し暑い梅雨曇の朝のこと。通学の途の中学二年生、如月せつなは、今朝も『それ』のことで頭が一杯だった。
ターミナルに至る運河通りの欄干の際、小石の重しで留め置かれた茶封筒のことだ。
いったい何時の頃からだろう? せつなが気付いた時には、雨の日も、風の日も、雨にも風にもついに朽ちることなく、その封筒はあった。
他の歩行者もそれを気にしているのは明白だった。封筒の前、橋の中程で、道行く人々の足は自然と鈍るのだ。それでも何かが躊躇われるのだろうか? 小石を取って封筒の中を見ようとする者は、まだ誰もいない。
だが、その日、ついに!
「えーい何を迷う!こーゆーのは、やったもん勝ちじゃー!」
とうとう我慢袋のはじけたせつな。彼は欄干の際に駆け寄ると、封筒に手を伸ばした。
ぴたり。
歩行者達の歩みが一斉に止まる。皆が息を飲み彼を見守る中、
「うわー!」
小石を退かそうとしたせつなが、大きくのけぞって、道に尻もちをついた。
小石は、せつなの力では、ビクともしなかったのだ。
ざわ……ざわ……ざわ……
群衆の間に動揺が広がって行った。
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以来五十年間、世界中から何万人もの力自慢がこの橋に集い、封筒を押さえた小石を持ち上げようと死力を尽くした。
神の代行者を自認するその何倍もの電波受信者達が、己が奇跡で石を浮かそうとした。
当代一の科学者たちは欄干で顔突き合わせて、石の周りに生じた不思議な『力場』に関する自説をぶつけ合った。
それでも石は、誰にも動かすことはできず、恐れをなした人々は石の周りに祠を建てると、人知の及ばない神秘の標として、丁重に崇め、祀った。
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そして五十と一年目、ついに、秘石を動かす者が現われた。
通学途中に祠を覗いて、何の気なしに秘石を拾い上げたのは、齢十四の中学生。
『原初の挑戦者』にして『混世の運び手』たる如月せつなの孫娘。『選ばれし巫女』、如月かなただった。
やがてかなたの前に現れる彼女と同じ『因子』を持った七人の少年少女。
ついに封印を解かれた茶封筒の中の便箋。そこに記された人類創生にまつわる驚くべき事実が、彼女を、全世界を巻きこんだ大冒険に駆り立てる!
けれどもこれは別の物語、いつかまた、別のときにはなすことにしよう。