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「お前たち、誰だ。どうしてこんなところにいる」
伊達じゃない迫力をもつ男の口から出た言葉に、彼女は肩を跳ねさせる。名乗るべきか、否か。
しかし、がっしりとした風格から出た言葉からは少しだけ、男の不器用さも感じられた。
「私とこの子は・・・、家を出てどこかへ行く。あえて言うなら・・・旅、に、出る」
「旅?」
「そうよ、なんか文句ある?」
その場のノリでなんとなく強がってみる。
「これからどこか行くあてはあるのか?」
予想もしていなかった男の言葉に、彼女は一瞬いい気を詰まらせる。
「いや・・・あれだ、今日は“雷の雨”が降るから、そろそろ屋内に行った方がいい。それだけだ」
「“雷の雨”・・・」
男の口から出た言葉に、三人は思わず息を飲んだ。
“雷の雨”。
それはまれに、電撃系の妖精たちの気まぐれで起こる現象で、雨の中に小さな“雷の種”が混ざりこむと発生する。それを地上で受ければ感電、もしくはそこまで至らないものの、少しぴりっとしたものを感じる。
「ど、どうしよっか・・・」
「あ、じゃあちょっと一つ」
急に手を挙げて言ったのは、後ろに立っていた兄だ。
「お前は?どっか行くあてでもあんの、それにしちゃ布団とかかついで随分旅慣れてそうだけど」
言われてみれば、たしかにそうだ。がっちりとした長身の男の背中には、大きなリュックと薄い生地の布団が丸めて背負われていた。
「俺はたしかにずっと三年近く旅をし続けていたが、そろそろ定着した住処を作っておこうと思ってな」
「それで、なんでこんな森の中に?それにしても、住処を作っておこうとか若いのになんかおじさんくさいね」
それはどうでもいい気が。
「なんか知らないが、よく言われる。まあ、この森にその家があるからな」
「え、こんなところにあるんですか?」
思わず聞き返した少女に、男はこくりと頷いた。
「あ、じゃあさ、俺たちもそこ連れてってくんない?」
「なっ・・・お兄ちゃん」
「だって事情はよく知らないけど、お前もその子も、家には帰りたくないんでしょ。だったら一緒に行った方がよくない?」
「そうだけど・・・」
そう言い、ちらりと男の顔を見る。こんな頼み、図々しいにもほどがあった。
しかし、男はふっと口の端に笑みを浮かべる。
「全然いいぞ、むしろ歓迎だ。賑やかなのは、まあ、楽しい」
「!あ、ありがとう!」
頭を下げて、言う。
「ちょ、待て!」
突然聞こえた別の声に、男以外の三人は思わず目を丸くした。
「え、誰?」
少女は怯えたように言う。
「あ、ちょっと俺のこと見えてる!?ここ、ここ」
その声は、下から聞こえてくるようだった。
ゆっくりと男の足元を見て、彼女はまた声を上げる。
そこには、草に埋もれそうな犬がいた。
「へえ・・・もしかしてこれ、お前の使い魔?」
兄が言う。
「うーん・・・使い魔ではない、か・・・。まあそこらへんは後で。で、何が待てだって?」
男の言葉に、犬(?)は尻尾をさっと振った。
「こいつら、本当にいいのか?どこのどいつだかもわかんねーようなやつらだぞ?」
「ああ、だからお前らんちにつれて行きたくないと。大丈夫だよ、俺たちの信ぴょう性は四百人いれば三百九十人一致の筋金入りだ」
兄が、肩をすくめながら言った。
それを聞いた男も苦笑いする。
「まあ、残りの住人が気になるところだが、そういうことだ。安心しろ、俺だって変なことさせないし、そんなことするやつらにも見えないからな」
「はっ、お前弱いくせに。まあ、いい。いざとなったら一緒に戦ってやるよ」
「弱いと言われちゃお終いだな。そうしてくれ」
―え、戦うの?この犬が?
疑問に思いよく見てみると、犬は背中に何か長いものを背負っていた。
―日本刀・・・?
まあいい。とりあえず、この人たちに感謝しなければ。
「・・・そろそろ危ないか。早く行くぞ」
そういった男の後を、三人で追いかけたのだった。