♢1♢
―違う。これは、違う。
彼は暗い部屋の中、ただ呆然と立ち尽くしていた。
その部屋にあるのは錆びれた大きな機械だけで、がたがたと小刻みに空気を震わせている。彼はその機械―・・・魔動機から、とてつもない何かを感じていた。
―これは、俺が思っていたものじゃない。
「おお、ここにいたか―」
「!父さん」
後ろからの突然の声に振り向くと、そこには彼の父親が立っていた。
「父さん、これ・・・」
「ああそうだ、これが私とお前で求めてきた完成品を作り出す魔動機だよ」
「でもこれ、俺たちが作っていたものと何か違うよね・・・?何かこう・・・」
彼が不審げに言うと、父親は満足そうにうなずいた。
「ああ、そうだ、違うよ。そもそも、私はお前に話した通りのものを作るつもりなどこれっぽっちもなかったからな」
「!・・・どういうこと?」
父親の言葉に、怪訝そうに聞き返す。
「お前には人の命を脅かす悪夢から人々を救い出すための薬を作るとかなんとか言っていたな。しかしそんなもの、どうしてこの私が作らなければならない」
父親の口調が、どんどん興奮するように上ずっていく。
その時、彼はやっと魔動機から感じる「何か」の正体を知った。
―これからは、とんでもない『悪意』を感じる。
「この機械は、そんな甘っちょろいものじゃない!!そうだな、だまされて手伝っていたお前には特別に教えてやろう。これは、飲んだ人の心を、体を、命をこの私が支配できるようになる薬だ!!」
「・・・・・・!?」
―違う。自分は、人々を救う薬を作るというから、喜んで・・・手伝って・・・。
疑いたくても、父親の野望に満ちた悪夢のような顔がそれを邪魔する。彼の頭を、深い絶望と、失望と、反感が支配した。
「まずはそうだな、これを執事のやつらにでも飲ませようか?そいつらにもこの薬を持たせてどんどんどんどん町中の奴らにも飲ませれば、小さくとも私の国ができるのだ!!」
父さん、落ち着いて。いや、落ち着くべきなのは俺なのかもしれない。
「どうだお前も、その頂点に立ってみたいと思わんか!?手伝ってくれたお礼だ、一緒に―」
次の瞬間、父親の体は地面に倒れていた。
―もう、我慢できない。
彼の握られた拳が、父親の腹にもう一度、これでもかというほど力強く叩き付けられる。
「・・・っ!う・・・ごほ・・・う。裏切者!!この私を裏切るとは・・・」
「裏切者?その言葉、そっくりそのまま父さんに返すよ」
その口調は自分でも驚くほど冷ややかだった。もっと父親を痛めつけたい衝動に駆られるが、なんとか抑える。父親はもう気絶し、白目をむいていて、杖が床に投げ出されている。それをもって魔動機に近寄ると、魔力を運んでいた回線を外し杖を高々と振り上げた。想像していたより軟だったそれは、小さな破裂音と共に粉々に砕ける。
彼は握った拳に自分の魔力を集中させ、現れた炎に包まれたそれを、金属の塊に打ち込んだ。
父親の野望は、そうしてあっけなく、息子の手によって壊される。
そして、その息子は呟いた。
「いつから・・・いつから、この世界は魔法をこんなふうに使うようになったんだよ」