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Bloody Christmas  作者: キー
第一部:オオカミ退治
1/8

01

以前文芸部の作品として執筆したものです。

厨二病全開ですので、耐性のある方のみご覧下さい。

……なんて、偉そうな口をきける立場では無いんですけれど。


 現代日本は、平和というものが世界一ありふれている国ではないだろうか。一般的に、平凡に生活しているうちにおいて、僕らが争いごと――それも、命を落とすような規模でのもの――に巻き込まれることは、そうは無いだろう。

 そして、そんな平和大国日本において、一般人として非常に恥ずかしいことなのだが、冬休みを目の前にした十二月二日。僕は襲われた。

 人に、では無い。

 真冬の路地裏で、クリスマスに浮き足立つ街の路地裏で、僕は、殺し合いに巻き込まれることになった。

 あくまでも、僕が自主的に殺し合いに――骨肉相食む地獄のような戦いに、飛び込んでいったわけではないことを、ここに明記しておく。

 先に言っておこう。最初から最後まで、頭から尻尾まで徹頭徹尾、僕に拒否権など無かったことを。







 クリスマス。

そう世間が浮き足立っている時期である。

外を歩けばネオンの輝きが道を照らし、葉を落として厳しい冬に向けて養分を蓄えているだろう街路樹の枝にも、果ては自分の家の屋根にまでも電飾が飾られ、ちかちかとした明かりを人々の網膜に焼き付けている。

ことしは過去に類を見ないほどの猛暑だった。その影響で、節電節電と騒がれていたが、ネオンの主達はそんなことは二の次らしい。

大体、いくら発光ダイオードで電力消費量を抑えているとはいえ、それですべての発電所が悲鳴をあげながら「節電を心がけましょう」と呼びかける羽目にならなくてすむ訳ではないだろう。

 そもそも、クリスマスまではあと五日もある。いまからはしゃぐ必要もないだろう。

 今日は二十一日だ。

 そんな事を考えながら、僕は町の中心から離れるように歩いていた。

 町のはずれに、小高い丘をまるまる飲み込む自然公園がある。今僕が向かっているのもそこだ。

 偏屈もので有名なゼミの先生は、冬休みにもかかわらず、僕たちに風景の写生を課題に出した。それも、きちんと「外出して描く事」と釘まで刺して。

 文学部のゼミで、写生が宿題って…。

 そんなわけで、僕はこの寒空の下、町中から彼女がいない事を暗に揶揄されながら歩いているのだ。

 ……いや、まあ、揶揄されている云々はただの被害妄想だが。






「……寒い」


 場所を移して、自然公園。結構な高台の上に、更に丘があるここは、僕の住む町の人々から「町が一望できる場所」と親しまれ、その雰囲気からよくデートスポットにもなっている。

 だけど、こんな十二月の真冬に、しかも町の中心から離れたここに来る人などいるはずもなく、公園に他の人の姿は見えなかった。


「確かに風景は良いけど……それにしても寒い…」


 ぼやきながら、持ってきた筆洗い用の小さなバケツに水を汲みに行く。水道から水を汲み、再び町と対面するベンチに腰掛けた僕は、バケツを脇に置いてスケッチブックと鉛筆を手に取った。

 そのまま、鉛筆で薄くスケッチをしていく。

目の前の町は、赤くなり始めた空と、気の早いイルミネーションの光にはさまれていた。その様子を見て僕は、初めて見る町のような印象を受けた。

 そんな印象は頭の隅に追いやり、僕はスケッチを仕上げにかかった。今僕が画こうとしているのは、もうすぐやってくる夕焼けの、茜色になるたった少しの時間だ。その時間がやってくる前に、下書きを終わらせてないといけない。






「よし、大まかには出来たかな」


 鉛筆の線で描かれた風景と、今僕が見ている風景を横に並べてチェックしてみる。…といっても、スケッチブックを掲げただけだったりするのだけれど。

 僕はペンケースに鉛筆をしまい、かわりに絵の具セットを取り出す。めぼしい色をいくつか取り上げて、左手のパレットに出して混ぜ始める。

 さっきまで膝の上で鉛筆を受け止めていたスケッチブックは、持参した小型の台で目の前に固定されている。

 そうこうしている間に、空の赤色はだんだんと暗くなっていく。もう太陽は沈んでいる。ここからはスピードが勝負だ。

 すっかり頭上とおなじ色になった絵の具を、いざスケッチブックに塗ろうとした時、その声は突然に降ってきた。


「絵を描いているの?」


「へっ? え、ええ」


 あまりにも唐突だった為、僕の手と思考は固まってしまった。どうやら、いつのまにか誰かが後ろに立っていたらしい。そんな事にも気がつかないくらいに集中していたのか、と思いながら、ゆっくりと振り向いて、そこで僕はまたしても固まってしまった。


「あ、ここの風景を描いているのね?」


 振り向いて、そして初めて僕はその誰かと正対するつもりだったし、当然そうなるのだろうと思っていた。

 しかし、そうはならなかった。振り向いた先には、女の子の顔があった。

いや、そりゃあ、声の高さや口調からして女性だろうとは思っていた。でも、文字通り「目と鼻の先」に

女の子の顔があると、誰が想像出来るだろうか。


「あ、あの…」


 どうにかそれだけの言葉を絞り出すと、その子はこちらに顔を向けた。

 至近距離で。

 至近距離で!

 いや、至近距離と言っても、普通の人が想像するのはせいぜいが五センチほどだろう。

 甘い。

 今、僕とその子との間には、一センチもない。

 まさしく超至近距離だと言っても、全く過言ではないだろう。

 というか、混乱していて自分が何を考えているのかわからなくなってきた。


「ごめんなさい、驚かせちゃった?」


 ゆっくりと、女の子が前屈みだった姿勢から身体を起こしていく。


「あ、いや…」


 というか、さっきから僕、おおよそ言葉と呼べるものを発していない気がするんだが…。


「いつもの時間に散歩してたら、初めて見る人がおもしろそうなことしてたから……。ごめんね?」


 そういって、片手を顔の前で立てる彼女。その顔は、さっきの至近距離から見たときから確信していたが、とても整っていた。すっと流れたように高い鼻や、ライトブルーの光をたたえる眼、小振りな唇、絹糸のような金髪。パーツの一つ一つもそうだが、全体のバランスも整っていて、僕は綺麗だという感想し

かもてなかった。


 というか、むしろ。


 整いすぎていて――恐ろしくもあった。

 均衡が取れすぎている。

 比喩ではなく――美しすぎる。

 僕は、その女の子から視線を外す事が難しくなっていた。

 完全に、魅せられていた。

 魅力に――惹かれていた


「うふふ」


 そんな僕の視線などまるでないかのように、彼女はベンチの後ろから僕の隣までぐるっと回ってくると、腰を下ろした。

 そのまま、興味津々といった様子で僕の前にあるスケッチブックをのぞき込む。

 うお……。

 遠目からではわからなかったが、いや、近すぎてさっきは見えなかったが、厚めの上着に隠されていた二つの固まりが激しく自己主張をしていた。

 特に僕は何かを言う事はないが、眼福とだけ言っておく。


「あなた、今日初めてここに来たの?」


 じっくりと、しかしばれないように首から少し下を見ていた僕は、その言葉で視線を上にすべらせた。

 と同時に、僕はライトブルーの瞳に射抜かれた。

 いつの間にか、スケッチブックから顔を上げていたらしい。


「あ、ああ。この時間には、今日が初めて、ですが…」


 というか、どういう口調で話して良いのかがわからない。敬語なのかタメで良いのか、よくわからなかった。

 同年代のような外見だけれども、その、なんというか。

 彼女の纏っている、オーラというか雰囲気というか、そう言った感じのなにかが、僕を惑わせているような。そんな、気がした。

 惑わされて、いた。彼女に。


「ふぅん」


 と、彼女は素っ気ない返事を一つして、空に目を向けた。

 空は、僕の好きな、短い間しか輝かない茜色の空は、僕が固まったり下心をあらわにしたりしている間に、見事に過去に流れていた。


 有り体に言ってしまえば、日が沈んでいた。


「あちゃー……」


 今日はデッサンがさわりだったとはいえ、少しでも色を塗ることができればいいな、と思っていただけに、結構ショックだった。

 まあいいや、明日にでもまた来よう、と考えたところで、僕は横を向いた。

 視線の先には、手持ち無沙汰といった感じで、長い足をぶらぶらとさせている彼女。

 何かをしているようではなく、かといって何かを考えているわけでも無さそうだった。

 そんな事を考えながら見ていたら、彼女はゆっくりと口を開いた。


「ねえ、幽霊って、本当にいると思う?」


 その問いかけはあまりにも唐突で、僕はその意味するところを理解するまでに数秒を必要とした。

 そんな事を藪から棒に聞いてきた彼女は、どこか探るような眼でこっちを見ていた。


「いるとは思うよ。でも、僕が見えるようには、なって欲しくない、かな」


 慎重に、言葉を選んでそう答えると、彼女はあからさまに、とまでは言わないが、どこかほっとしたような表情を見せた。


「じゃあ、妖怪は?」

「いると思う。遇った事は無いけども」


 その答えが気に入ったのか、彼女はテンションをあげてもう一つ質問をしてきた。


「じゃあ、ドラえもんは?」

「関係無くなった!」


 叫んでしまった。


「設定では、ドラえもんは2010年に生まれたらしいんだけど……。どこかで見た? ドラえもん」

「見れるか!」


 というか、なんでそんな細かい設定を知っているんだ…


「なんだ。……つまんない男だね」

「ドラえもんにあっていないだけで、どうして初対面の人にここまで言われないといけないんだ!?」


 ぐさっと来る!

 心が痛いよ!

 思わず、僕は屈み込んでしまった。


「ご、ごめん…。大丈夫?」


 心配してます、といった表情でこちらを見つめる彼女。……本当に、ころころと表情が変わるな…。


「いや、大丈夫…大丈夫だから、ねえ、近い、近いって」

「本当に?」

「ああ、本当だから…離れてくれ」


 彼女は、さっきと同じくらいの至近距離から僕の目を見つめていた。嫌、というわけではないのだが、やけに緊張してしまう。

 と、そこで彼女は僕の顔から離れ、思い出したかのような口調で僕にこういった。


「ところであなた、名前は?」


 名前を聞いたらまずは自分が――とか、そんな事が思い浮かばないでもなかったが、僕はどうしてだか、至極あっさりと名前を口にした。


「永瀬。永瀬遙だ」

「じゃあ、ハルカ。私は……」


 と、そこで彼女は口をつぐんだ。その表情は、まるで楽しい夢から覚めたかのような哀しみをたたえていた。

 意図がわからない僕は、彼女を見てるしかない。そんな僕の前で彼女は、肩にかかる程の長さの金髪を左右に振った。


「…いや、そうだね。私の名前なんて、知らない方がいいよ。私の名前を知って、いいことなんて――」


 ひとつもないから、と彼女は吐き捨てるように言った。


「じゃあねハルカ。楽しかったよ。でも、夜は出来るだけ、ここには近寄らない方がいいよ。じゃあね」


 矢継ぎ早にそれだけの事を言うと、彼女はベンチから立ち上がった。僕はそれを、あっけにとられて見ている事しか出来ない。


――また会わない事を、祈ってるよ。


 そう言って、彼女は僕の前から去っていった。

 嵐のように、といった表現が一番しっくりくるだろう――


 あっというまの出来事だった。


 向こうから声をかけてきたのに、とか、思うところが無いわけではなかったが、それよりも、僕の頭からは。

 彼女の――最後まで名乗らなかった彼女の、金の髪が翻る様子が。

 それに、別れ際の、寂しそうな彼女の表情が――

 焼きついたかのように、いつまでも離れなかった。



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