-属性宝(アビリティー・トレジャー)-
急いでゼノンの部屋に向かってバイクで走った。
ほとんど法律違反のスピードで走る。
…【属性宝】をなぜシャドウロジック国皇がゼノンに…?
ゼノンはデスロスト連合国の次期国皇…つまり皇子だ。
しかしそれでも世界の運命を左右する武器を送りつけられたのは何かあるに違いない。
程なくして、到着。
Ζ組の寮の階段を駆け上がって、最上階にあるゼノンの部屋に到着する。
「…ずいぶんと早かったな。」
ドアをノックすると、ゼノンがすぐに部屋から出てきてうなずく。
「150キロで吹っ飛ばしてきた。」
…完全に法律違反だなこりゃ。
「ええ…。そんなに急がなくていいんだぞ?」
「でも、お前の用の方が大事だからさ。」
ゼノンに案内されると、質素な部屋の真ん中に重苦しい鞘が置かれている。
その中から真紅のオーラが地面を染めるほどに滲みだしているのが分かった。
「…本物…だな。」
オーラは純粋で密度の高い火属性のもの。
すべてを焼き尽くすような…そんなものだ。
「直にさわったのか?」
ゼノンが首を振る。
「俺にはオーラを『見る』力はないからな。感じることしかできないから、もし危険なものだったら死んでいただろうよ。」
ゼノンの父親…シャドウロジック国皇から届いたメッセージは【使うべき時に使え】の一言だけらしい。
「とりあえず…痛っ!」
鞘に手をかけた瞬間、焼き付くような痛みが体を走った。
「…忘れてた…。俺には火属性が扱えないからこれには触れられない…。」
「大丈夫か?」
軽い火傷程度ですんだものの、まさかオーラで火傷するとは思わなかった。
氷属性の効果で急激に冷やして応急処置。
…恐ろしいなこれは。
「…重いな。」
ゼノンが丁重に取り出すと、烈火のように真っ赤な柄の短い両刃斧が現れる。
「使うべきに使え…?こんなもの、何時使えっていうんだよ…。」
「世界の秩序、変わっちゃうぞ…。戦争を一振りで終わらせられる強さを持ち合わせてるって言われるくらいだからな。」
ゼノンと暫し黙り込む。
「…これは俺が厳重に保管しておく。」
誰もさわらないだろ…と思いつつ、頷くとゼノンはにこっと笑って右手で俺の頭に手をやる。
「この件は俺に任せろって。」
「…はあ…。」
ゼノンは遠い目をして手を離し、俺を見つめる。
「…俺たち、昔の関係に戻れるかな?」
「は?」
「…昔みたいにいっつも一緒に行動してさ。一緒に戦闘の訓練を受けて、一緒に遊んで…。確かに俺はデスロスト連合国の皇子で、お前はアルカディア王国の王子で、全く違うけどさ。俺…お前と溝が出来ているような気がしてならないんだ。このごろ、お前は俺に話しかけてくれないし、死にかけたのも知ったのは冷さんからだ。」
…確かに、このごろは冷のことや冬月のことを気にかけてゼノンとは話をしていなかったような…。
「…俺は何時までもNEXTの仲間だ。…それじゃあ不十分なのか?」
「…お前…熱でも出たか?」
彼の目に涙がたまっているように見えて、思わず聞いてしまう。
「幾ら英雄は色を好むって言ってもな、お前の場合は人が多すぎるんだよ!」
キレられた。
「いや…俺は…。」
「お前の近くにいる女子を一人一人言ってやろうか!え?冷さんだろ?華琉さん小山さん紫玄ちゃん、夜尉葉、雨海ちゃん、流華ちゃん、愛、シャロン、シルバにブライア!10人以上じゃないか!」
うわぁ…。
「ところで、トパーズは?」
そう聞きながら周りを見回すと、隣の部屋からひょこっとトパーズが顔を出して俺に手を振った。
「お前、俺のトパーズまで!」
「…俺、帰る。」
トパーズをゼノンから奪うはずなどないというのに。
バイクを押して学園街から出ようとすると、後ろから愛に呼び止められる。
「…愛?」
「お兄ちゃん…今度空いてる?」
同い年の従姉妹のはずなのだが…。
言動、容姿共々小学生…。
「どうした?」
「…ん、二人で遊びに行きたい。」
まあ、実際妹のようなものなんだし。
「別にいいけど…。何時?」
「いつでも…。」
緊張なんかすることないのに、愛は指をもじもじと動かして俺を見つめた。
「…じゃあ、今度の日曜日とかどうかな…?」
…日曜日は【ソキウス】全員で1年の戦闘訓練の様子を見に行くんじゃなかったのか?
「その後で…いいから。」
「なら、いいか。」
この前、俺が虹色の姫と勝手に呼んだ7人は全員α組だった。
これも奇遇だろうか。
「うん…ありがとう。」
愛はそれだけをつぶやくと、小さく手を振ってどこかに去っていってしまう。
その後ろ姿を見つめるしか、俺には出来なかった。
「先輩…。もうダメ…。」
夜尉葉が俺の目の前でうずくまっている。
息は荒く、身体は汗ばんでいた。
「…こんな程度で?…巫女の実力ってこの程度か?」
「先輩…が強すぎるんだって…。」
ここは練習場。
夜尉葉と能力面での訓練中だ。
内容としては、能力と体力のみで戦うというもの。
冷のこの前言っていた意味がよく分かった。
この人は…あまり強くない。
大怪我をしない程度には威力を抑えているものの、夜尉葉の身体には凍傷などが目立っていった。
「…女子の身体に傷が付くのもあまりよくないことだと思うけど、…ゴメンな。」
「先輩が強くしてくれるなら…それでもいい。もっと強くならなきゃ…。」
兄にも認めてもらえない、と夜尉葉は苦笑する。
「…やっぱり心に突き刺さるな。…兄貴にあんなにもきついことを言われると…。」
「夜尉葉はきっと強くなれるよ?」
夜尉葉が俺の方を疑問の顔で見つめた。
「俺は今回マークした7人しか1年生は【ソキウス】に入れるつもりないから。十分に夜尉葉たちを強くするから。」
…来年はなにが起こるのだろうなんて、俺たちに走る由もない。
去年だって、なにが起こるのか分からなかった。
だから…可愛い後輩たちに少しでも成長してほしいから。
「せ、先輩は、兄貴のことをどう思ってる?」
「大切な仲間だと思ってるよ。…おっと、冷。」
冷がランチボックスを片手に練習場に入ってきた。
「NEXTも夜尉葉ちゃんもお腹すいたでしょ?はい、夜食。」
冷の気遣いにはいつも感謝する。
「サンドイッチでよかったのかな?」
「おう。」
「夜尉葉ちゃん夜尉葉ちゃん。日曜日、戦闘訓練でしょ?【ソキウス】は全員見に行くからね。」
「うん…。」
夜尉葉は少しずつ…少しずつ俺たちとの生活に慣れて行っている。
「パパ…。」
そんなか細い声が聞こえたのは、その直後だった。