フレグランス
石鹸の匂いがした。
姉貴が床に座り込みながら首を横に振っている。
買い物かごをいっぱいにした主婦達が、チラっと見ては何もなかった様に通り過ぎてゆく。
姉貴は口をとがらせ、おふくろにパッツンにされた前髪を揺らし続けた。
両手に握ったおもちゃのシールが二つ。
怒鳴りつけられ、しぶしぶ一つを返しに行く。
目に涙を溜め戻ってきた姉貴は、おふくろに頭を撫でてもらっていた。
清香から香るシャンプーの匂いは殺人的だ。
甘く切なく癒され、全てがどうでもよくなって欲求だけが残る、そんな誘惑。
負けるわけにはゆかない。
そう願えば願うほど、清香は茶色く染めた長い髪を振り続ける。
「わかんない」
俺の部屋で、この場所で、この香りを嗅ぐのは何度めか。
三回目のデートで初めて清香の小さな体を抱いた。
壊れてしまいそうで躊躇したが、乱暴に扱った。
壊れやしない。
彼氏とどんな事をしているのか知っていたから。
「わかんない」
甘い匂いがさらに充満する。
告白し、彼氏と別れる事を望んだ俺に対するオーバーアクション。
でもね、一つに決めなきゃならない。
二つは同時に手に入らない。
欲求に耐えながら、別れなければ別れると言った俺の言葉に髪の揺れが止まった。
「・・わかった、彼氏と別れる」
目に涙を溜め、見上げたその顔はこの上なく愛しい。
良い子だ。
頭を撫でてあげるよ。
でも知ってるんだ。
姉貴は、シールを戻すフリしてポケットへ入れた。
切なかったよ。
ズルイと思った。
おふくろは姉貴を信じたんだ。
清香を抱きながら確信する。
信じる者は救われる。
間違いない。
信じた者には信じた全てしかないから。
疑いようがないから。
確証のない苦しみを味わなくてすむから。
だから俺は清香を信じる。
清香も俺を信じてくれ。
幸せになろう。
あの時、俺のポケットにシールが三枚入っていようとも。
初めて描きました!
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